第15話 ぶり返す核心

弥砂羽が小学校に入学した時、私は四年生になった。卒業するまでの三年間、弥砂羽のクラスを定期的に覗きに行っては弥砂羽が苛められていないか睨みを効かせる務めを果たした。


当時の地元の小学校はマンモス校で、千人以上の生徒数を以て社会の縮図を形成していた。進級する度に弥砂羽のクラスに行っては何処の教室でどんなクラスメイトと机を並べているのかチェックを入れ、親しい友人が出来れば校内で紹介し合う。


ハーフの従妹自慢をするわけではないが『お人形さんみたいに可愛い』と社交辞令抜きの感嘆符付き評価は私を喜ばせた。


弥砂羽が、ちょっかいを出す男の子がいると指さした。その子は利かん気の強そうな顔で、六年生の兄がいると言った。


其の態度を不快に思い、早速六年生の教室に行って、皆の前で『先輩の弟が私の妹を苛めているらしい』と伝えた。


其の六年生は、しぶとそうな精悍な顔つきをしていて、当時の私は見るなり不快に思った。


其の日、夕飯に出たグルクンの唐揚げを頭からバリバリ音を立てて食べ『弥砂羽へのちょっかいが止まなければ兄弟揃ってぶちのめさなけらばならないかもしれない…』などと、一度も喧嘩したことのない平和主義の私が何の脈絡もなく物騒な妄想に走ったりしたものだった。


弥砂羽も小さな口で一生懸命グルクンを食べていた。


現実は、私の危惧したような妄想を回避して、ちょっかいは止んだ。ちょっかいが続けば、チューインガムを噛みながら警棒振り回すヤクザ警官になったかもしれない。弥砂羽の教室に行くとき、私は警官立ち寄り所にパトロールに行くような気分だった。


弥砂羽も中の良い友達を連れて高学年クラスに表敬訪問に来ては『可愛い』だの『お人形さんみたい』だのと皆に言われて喜んでいた。


そんな弥砂羽は中学入学して暫くすると、私の妹だと言うだけで教師に一目置かれて居心地が悪いとこぼした。


私は目立つような生徒ではなかったし、頭の出来も大したことはなかったので、弥砂羽の気のせいだと思っていた。私自身は目的もなく生きていることに気づいてぽかんと過ごして高校生になっていた。



ある日、中学の生活指導の先生に会ってこんな会話になった。


『お前の妹は、お前とちっとも似とらんなぁ。素直で可愛げがあって……』


『先生、私、何か素直じゃないようなことが有りましたか……』


『うんうん、お前は学校で何か問題が起こると傍観者のふりをして表だった行動はしない奴だったなぁ。其のクセに、鎮火し始めたら誰も気づかなかった視点から問題の核心を突くような発言をしてぶり返しを図る嫌あぁぁぁな生徒だった。覚えがないとは言わせないぞ。そう言うことが何度もあったなぁ、お前がいた頃は……』


そんなに誉められると嬉しくなって


『何だか恨まれているみたいですけど、義妹は私とは別人格ですから、手加減してやってくださいね、先生』


と、たなごころを述べた。


熱血教師は大きな笑顔になって


『手加減も何も非常に優秀な生徒だよ、お前の妹は……』


と口を開けて笑った。


ナニか其れは……


弥砂羽が高く評価されたのが嬉しいのと自分を落とされた気分で複雑だったが、教師の高笑いは長くは続かなかった。栗色頭の弥砂羽は中二になると、何を思ったのか金髪デビューを果たして、生活指導に追いかけられるようになったからだ。


当時金髪は珍しく、金髪弥砂羽の名前は近所の中学だけでなく、うちの高校にも轟くようになって、私の方が『お前か、金髪弥砂羽の姉は……どんな奴かと思ったが……』と言われるようになる。


妹とは似ても似つかぬ地味な姉で肩透かし喰らわせてすみませんでしたね、皆さん……


其の頃の私は、プチ家出を繰り返す弥砂羽を探して町中自転車で走り回った。不良の溜まり場と目される場所は、全部巡った。弥砂羽は隠れんぼのつもりか、見つかると苦笑いして黙って家まで付いてくる。小さな頃に二人で眺めた夕焼けに包まれて……


『みいちゃん、あいのこのあいは愛情の愛だから気にするな。国際的だよ』そんなことを言った。


タオルで目隠しした虹丸の顔が、テルテル坊主に変貌してゆく。そうなったら、汚れた使い捨てのティッシュのように、感情もなく捨てることができる。

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