第14話 実健『インプットされたシステム』

バレーボールのレシーブとか、あるいはスパイクのタイミングがずれて掌が痺れる感覚は、打たれるボールには無いよね。でも虹丸は呻く。


「あっ、そぅお、食べちゃったのね。ぜええんぶ、食べちゃったのねえっ……」


フォークで胸や腹を縦横無尽に掻き滑る。仰け反る姿は虹丸だから美しい。フォークは茸を引っ掻き睾丸を撫でて滑る。


「此れ、なあぁんだ」


デコレートフルーツを咥えて言うと、発音が可愛くなる。


「見えない」


「答えて」


「ミカン」


「ブーッ。間違えたから罰よ。食べてちゃって」


虹丸の口に黄桃を押し込む。柔らかい果肉が噛み潰される微かな音。


「当たっても間違っても罰な訳ぇ……」


「当ったり前でしょんが……ねぇ、其れより半分頂戴……」


「えっ……マジ……食ったよ……次はちゃんと半分残す」


ピシッと平手打ち。


誰が食うか。


生きて行く力。全ての欲望の源はPに還元すると言う学説がある。権力志向、名誉欲、学究意欲、自己顕示欲、生活の意欲、其の他の欲求がPから発生すると。PをS欲と言っても良いのかな……自分を誇示し、自己の存在理由を明確にしたいと。その単純で明確で究極が例の行為だ。虹丸の茸が意欲を示している。


虹丸の身体にスーパーで買ったミートスパゲッティーを這わせて、フォークでくるくる巻き取った其れを食わせてやった。虹丸は口の回りがミートソースで汚れたが、唇の端っこに付着したミートソースに舌で触れると、舐め取ってほしいと甘える。フォークで腹を引っ掻く。フォークは、強く押し付ける方が性感に繋がるのか、弱いと擽ったがって笑う。性感はソースで汚れていない肌に移行して行くようだ。其処はそっと触れるだけで微弱電流が流れるらしい。


つまらなくなった。

虹丸が堪らなくなった分、私はつまらなくなる。反比例する。私も此の実験は初めてだが、関心が長続きしないことが判明した。逃避願望の限界。


今は1997年だから……あれは1960年代の中頃か、邦画ホラーを家族で見に行った。芸術家が裸のモデルを200号くらいの画布に転がす。色とりどりの絵の具を身体で塗りたくる場面が印象に残った。


美術教師は裸体のモデルを縛った上に目隠しをして、200号のキャンバスの上で身体中にミートスパゲッティーを這わせ生卵を割入れて転がした。モデルは髪の長い素顔の美しい女だったが、最早、目隠しをしたテルテル坊主に変貌してしまっている。


虹丸の毒茸は膝の裏でクライマックスを迎えた。モデラートとアダージョ緩急の変化の果てに、フォルテ、カンタータ。


黄桃の匂う口が「ヤバい……」と呻く。虹丸にも独立した人間性があったはずなのに、コンピューターでインプットされたシステム通りに反応する疑似人間のように思えて……


最も人間らしい行為ではなかったか……


其の時々の感情に支配される人間も面倒臭いけれど、到達点に達してテルテル坊主になってしまった奴もなんだかね……ザーメンの臭いの中で薄汚れたティッシュのように見える。


暫く冷めていると、息の整った虹丸が


「紐をほどいてくれ。今度はおれの番やし……」


とカタカナでほざいた。


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