第9話 買い食い禁止令
私はよく買い物をした。弥砂羽が家に来てからと言うものほとんど毎日、駄菓子屋でお土産を買って帰った。
「早くイチネンセイになりたい。ガッコー行ってお菓子をもらう。姉々にも分けてあげるね……」
弥砂羽は、学校はお菓子をくれる処だと勘違いした。
ある日のホームルームで担任が『買い食い禁止令』を出した。校門の正面に店を構える文房具屋兼駄菓子屋某商店は生徒のオアシスだったから、不満の声があがった。
誰かが、皆が買わなくなったらオアシスが倒産するではないかと抗議した。生徒らは拍手したが、担任は冷ややかに言った。
「皆さんは学校に何をしに来ているのですか。駄菓子屋さんを儲けさせる為に来ているのですか……」
食べ盛りだとか共働きだとか意見が出尽くして教室が静かになると、担任は前述の言葉と繋げてフォローするかのように見せかけて、更に買い食い禁止令の駄目押しをした。
「大丈夫です。文房具を買うなということではないので、店が潰れることはないでしょう」
私はでしゃばって呟いた。
「だったら文房具店に駄菓子を置かないようにと言ったらどうですか……」
担任は、一人一人の自覚が大事なのだと言ったが、苦し紛れにしか思えなかった。
トイレの匂いは元から絶たなきゃ駄目という、昭和に流行ったコマーシャルがある。その後も、校門正面の店には堂々と駄菓子が並べられ、私も堂々と其の店で買い食いを続けた。成績には無関係だったからだ。
実は、そうなるまで私が利用していた下校途中の小さな店は、元オアシスから鞍替えした生徒らで繁盛を極め、かっての常連客であった私の入り込む余地がなかったからだ。
オバサンは表情でゴメンねと合図を送りつつ私を待たせる。辛抱の利かない私にはもう常連の資格はない。
一方の、人気のなくなったオアシスのお菓子のコーナーでクジを引いていると、その店のオバサンが心配そうな顔をした。
「学校で禁止令が出たそうだけど、先生に見つかったら叱られるんじゃない……」
「そう思うのならお菓子を置かなければ。皆が他所の店で買い食いしているの知らないの。私ね、並ぶの嫌だから此処で買うことにしたんだよ。見つかっても見つからなくても悪いことは悪いこと。わかってやっているんだから心配するふりなんかしなくてもいいよ」
苛ついてぶっきらぼうに言った。
もっと大人のやり取りができたのにと、今は思う。
悪行を自覚して行う場合は、其の報いを覚悟しておくのは当然だが、実は未だに買い食いの何処がいけないのかわかっていない。親は共稼ぎで忙しく、育ち盛りの子供に必要なおやつを用意する時間もない。そんな家庭の子供達が増えていた昭和の、つまらない思い出。
弥砂羽は、私の噛んでいたチューインガムを欲しがった。半分頂戴とせがまれて、口の中から摘まみ出した其れを引き伸ばして見せびらかしてやると、弥砂羽はむきになって私を呆れさせた。
弥砂羽の親は一体どんな躾をしたのかと、子供乍に訝るほど、熱烈だった。そして、心優しい私は可愛い弥砂羽のおねだりに負けて……
負ける訳がない。ちゃんと準備してた。買い食い禁止令を破ってまで、準備していた。弥砂羽、心配するな……からかうのも面白いが、苛つく……
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