第8話 逃避
弥砂羽に電話した。元気そうな声を聞いて、何も話すことがないのに気づく。
弥砂羽は、元ヤンキーらしからぬ甘い声を出す。
「お昼の公演はどうかと思っているんだけれど、航空券、予約できそう……何日頃に来れるの……」
曖昧に答えながら、必ず行くと答える。
家の中で迷子の気分を味わう。
虹丸に救いを求めよう。逃げ場所を欲しがっているだけだが……
編集から、弥砂羽の声の余韻を打ち消す電話が入った……
何をしているのだ私は……何の言葉も生まれない……P小説家の端くれと言えども物書きには違いないのに言葉を失うなんて……
神よ、此の世のテルテル坊主どもは私にとって無益な輩です。どうか、憐れみを持ってテルテル坊主どもを撲滅してください。実は彼らは無益処ではない。有害な奴らなんです。どうか……どうか……
編集の電話は、ある変態から私のP小説に触発されて其の内容を踏襲し実践するとの告白文が届いたと……犯行声明か……後は覚えていない……
P業界があるからP犯罪の発生率を押さえることができているなどという一般人の都合の良い思い込みは、業界人には素晴らしく有難い幻想だ。此の業界に作り手の倫理観を問う者はいない。私は此の世に犯罪者を生んでしまったのかもしれない。
しかし、犯行予告者はP小説に触発されなければ一生加害者にならずに暮らせると断言できるのだろうか……
触発されたら実践するのか……
其の短絡さが恐ろしい。
しかし、人には、理性で抑えられない欲望などないはずだ。其の回路を誰が壊したのだ……
私達P作家か……私が生産者側か……
あぁ、テルテル坊主どもの短絡的思考回路を捻切ってやりたい。
うんと傷つけて良心を呼び覚まさせたい……
笑い仮面も仮面の下で呟く。
お前の其の回路こそが短絡的なのではないかと……
そして、もっと細やかに嗤う。
触発されたら実践するのか……
……A姉ぇ……隣に住んでいた一回り近くも年上の……
肉は待っていた。
私が煙草に火を点けるのを……
色白の綺麗な肉に押し付ける。一瞬のほんの少しの躊躇いは、其れが初めて試すことだったからだ。肉は呻いたが、まな板の上で抵抗は見せない。すぐに離したものの赤く焼けた肉は性感を刺激するのか、顔に悶えや喘ぎといった甘い陰を創った。
『判子を押してあげる。私のものと云う印に……』
などと言っておいたからかも。
二人で読んだ少女漫画に触発されたのは否めない。そんな場面があったのだ。私たちは触発されて実践した。短絡的に……
彼女が何から逃げていたのかわからない。其れでも、彼女がいたからこそ、孤独とか口にするのも気恥ずかしいそんなものを自覚したのかもしれない。私たちは、各々何かから逃げて世間から隠れて絡み合った。互いの個人的なストレスが繋ぎ合わせていた関係だったのだろう。互いが互いの逃げ場だった。
触発されて実戦する短絡的な人間像をストレスがつくるのだとすれば、地球人は全て犯罪者になりかねない。この星はストレスの吹き溜まりだ。その中で見事に生き抜いている人々も大勢いる筈だ。私は言いたい放題のくせに逃げることばかり考えている。少し、見直してみようか、自分のことから……
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