第7話 お金と悪辣な企み

虹丸は白いTシャツを着ている。衣替えの時は薄いブルーのダンガリーだった。


何だか箪笥の中身が知れるので、そう衣装持ちではなさそうだ。


ペールカラーの淡いシャツも似合いそうだし、鮮やかな紅や忘れな草色も。


男のファッションも21世紀間近な近頃は華やかになった。衣服の華やかさに負けないだけの器量良しなのだから、少しは着るものに金をかけたらどうかと思うのに、実はそう思わせる無骨さが虹丸の魅力だったりする。


心憎い奴だ……なんて心酔している女性客は他にもいるようだ。

尤も、自分の店を構えるのが夢だと言うので、切り詰められる処は切り詰めて、賢く貯蓄しているのだろう。


此のゲーム喫茶クラスの店なら何時でも#営__や__#らせてあげられると言おうとして思い止まった。経済観念の皆無な私の資産は、資産と言っても些細なものだが、其れは家族の管理下に置かれている。私の自由になる額はほんの僅かな紙切れだけだ。


こっそりP小説を書いたとて、その稼ぎなど微々たるもので精神性と実生活のギャップには著しいものがある。そして、そうやって赤貧暮らしに喘いでも、私の浪費癖は治らない。

 

時々思うのだけれども『お金』ってナニ……


何故『お金』などと言う訳のわからん数字で世の中が動くのか。『お金』と言うものは実際に存在するものなのか。ただの観念の産物だろう。コインはまだその形状に金銭の由来を留めてはいるが……


しかし紙幣となると、何だ此れは、此の薄汚れた紙切れは……印刷技術を世界に誇る日本の造幣局が、何で不細工な男どもを大量に堂々と日本中にばら蒔いて……よもや過去の業績を賛美しろと言うのではあるまい。こんな世の中しかつくれなかった先人たちの顔を覚えてどうすると……


現代の日本人はことお札について美的感覚が0値にある。小野小町も卑弥呼も天照大御神も愚鈍な男の肖像で踏みつけにされている。情けない。


写真がない。小野小町も卑弥呼も天照大御神も写真がない。なるほど、捏造技術はあるが創造的美女を描く美的感覚が欠如していると。なるほど、なるほど。


私が許す。私とは何者だと問うのは後回し。私が許す。恥じろ。男女平等、男女同権の先進国日本。日本の紙幣はぎゅっと握りしめて離したくないというほどの美しい顔をしていない。だから私の手元に残らないのだ。私が許す。今から作れ。抱きたくなるような美女を……写真がない想像無理捏造できない安室奈美恵は考えさせてと言うのであればお札廃止だ。廃止。醜いお札は手元に残らない。物価の対価はお金以外の何かにすればいい。天才の出番だ。


ううむ、此の責任転嫁は我ながら見事だ。つまり、私の浪費癖は『醜いお札』を造幣局に刷らせるお国の責任なのだ。


しかし、だからって言い訳にはならないか。笑える。


虹丸は今日もカウンターの隅で苦そうなコーヒーを前に、アキラだか寄生獸だかの単行本マンガを読んでいるのだろう。キャベツやレモンや玉ねぎをスライスして、アイスコーヒーとアイスティーを作り置きする。後は時々、客のオーダーとゲームの呼び出しに応じ、マンガを読んでいる。


暢気そうにしているがなかなかしっかり見ているなと思う処は、灰皿を取り替えるタイミングが絶妙な点だ。あれは才能かもしれない。


けれども先ほどのお国の責任論を展開したらば、自律神経失調症かもっと不都合な何というか闇とかが見抜かれて今までの時間はカタストロフィを迎えるだろう。


カタストロフィなんて言ったって虹丸と私の間には喫茶店従業員と客という関係の他には何も成立していないから、私個人の静謐なカタストロフィに過ぎない。


そして私はまた#寒閨__かんけい__#に#逼塞__ひっそく__#して猟奇Pを原稿用紙に引っ掻き続けるのだ。一語一句が凶器となって、テルテル坊主どもの精神を破壊すべく脳味噌のシワの一本一本を切断するPを目指して……


21世紀は今よりもっと高齢化社会になり、より高度な情報化社会になるという。そして教育の現場だけでなく企業も社員も「偏差値」で判断される時代になるという。


勿論、判断基準になるのは『お金』だ。お金を稼ぐことのできる者、企業に益々お金が集中する。貧富の差が大きくなる。21世紀は貧富の差が広がる。


此の1997年に既にそうなっているって……そうだよね。それは何かが循環しているからだ……悪辣な何者かの意思によって、悪辣な企みが世界を巡り……日本にも上陸した……


人間は、お金の支配から解かれると自由になれるだろうか……

次は何に支配されようとするのだろうか……


私は自分に支配されて自分から逃げ回っている……


人間はお金を欲して其れを獲得する為に突き進む。

私個人は自分の欲するものを獲得しようとすらしないで逃げ回る。


***

紫式部の二千円札はミレニアム平成12年発行開始。この小説の時代にはまだ発案もされていない。

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