第5話 共に空を眺める

あぁ、弥砂羽に電話しなければならない。結婚して東京で暮らすハーフの従妹とは、実の姉妹のように育った仲だ。弥砂羽の方が母に似ている。


弥砂羽が交通遺児となって我が家に引き取られたのは、私が小学二年の夏休み、弥砂羽はまだ保育園に通う幼児で、両親の死を聞かされていなかった。


弥砂羽は誰とも口を利こうとしなかった。声を出せば、其れが言葉になる前に泣いてしまいそうな脆さを感じさせる子供だった。栗色のショートヘアとミルクでできた白い肌、人形のような顔をしていた。


何故、自分の親は自分を他の家に預けたまま迎えに来ないのか……


落ち着きのない所作や瞳孔の開いた濡れた双眸の深さに、弥砂羽の不安と孤独が現像されていた。


「みいちゃんのお父さんとお母さんは死んじゃったんだって。だから待ってても来ないんだよ」


そう教えてやったのは私だ。


弥砂羽と一緒に寝るようになって十日も経たないうちに。


私は弥砂羽のオネショ癖に嫌気がさして、意地悪を言ってやったのだ。弥砂羽はきょとんとして暫くじっとしていたが「もうお父さんにもお母さんにも会えないんだよ……」と追い討ちをかけると、弥砂羽は布団の中でぶるぶると震えて涙を溢した。


「よしよし、泣いてもいいよ。お姉ちゃんの他には誰もいないからね。いっぱい泣いてもいいよ」


弥砂羽は止まらなくなって声をあげて泣きじゃくった。


弥砂羽の小さな肩が、すぐに壊れてしまいそうに心許なく思えて「みいちゃんはいい子だから、姉々が本当の妹みたいに可愛がってあげる。姉々のお父さんもお母さんもみいちゃんにあげる。だから、みいちゃんはもう私の妹だよ。姉々は何処にも行かないからね。ずっと傍にいるから……」と抱き竦めた。


私は、弥砂羽を慰める為に実の両親を従妹にくれてやり、着せ替え人形やままごとセットをくれてやり、小さくなった服を恩を被せてお下がりにした。


私は親に甘えることが下手だったから、しっかり者の頼りになる姉を演じた。


両親の死を、漠然とながらも受容したことで、弥砂羽のオネショ癖は止んだ。弥砂羽は知りたかったのだ。自分が預けられた理由、両親が迎えに来ない訳を。オネショはストレスの産物だった。


「みいちゃんが悪い子だからかと思った……だから迎えに来てくれないのかと……」


私の家族の誰とも距離を保って祖母にさえ抱っこされようとしなかった弥砂羽が、私にだけは心を許した。大人たちが隠していた重大な秘密を教えてやったせいだろう。


軒先でチューインガムを噛みながら空を見上げていると、いつの間にか栗色の頭の弥砂羽が傍にやって来て、私の手を握るか身体をくっつけるかして立添う。私はポケットからチューインガムを出してやり、弥砂羽は其れを半分にして噛む。そうやって、二人で壁に凭れて暮れてゆく空を眺めた。昭和の空は今よりも色濃く……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る