第3話

ヒカリ、ハルトの背中にしがみついて――


○ハルトのマンション・寝室(夜)


ヒカリ「あっあっ」

アクアリウムの青い光だけが灯っている薄暗い部屋。

ベッドの上。

――裸のヒカリ、ハルトの背中に爪を立て喘ぐ。

ハルト「(微笑んで)ヒカリちゃん、かわいい」

ヒカリ「ハルトさんっ……すごいっ。ほんとに初めてなのっ?」

ハルト「……(黙って激しく)」

ヒカリ「あっ」

汗をにじませ頬を紅潮させたヒカリ、積極的にハルトの上に乗っかって……。

×      ×      ×

制服姿のアヤミ、腕を組んでこちらを睨みつける。

×      ×      ×

アヤミ、嬉しそうに「ハルト君」と呼んでいる。

×      ×      ×

ヒカリ「あーっ(絶頂)」


〇同(日替わり・朝)


鳥のさえずり。

カーテンの隙間から明るい光。

ヒカリ、床に落ちたブラウスを拾い袖を通す。

ベッドでまだ眠っているハルト。

うつ伏せでうなじを見せている。

ヒカリ、近づいて、

ヒカリ「(愛おしそうにハルトの髪をなで)……」


〇納骨堂・前(朝)


襟を正し、おそるおそる門をくぐるヒカリ。


〇同・中・階段(朝)


更衣室に向かって階段を下るヒカリ。

コツコツと靴の音が聞こえてくる。

登ってくるアヤミに出くわす。

ヒカリ「(うわずった声)あ、アヤミさんおはようございますっ」

アヤミ「おはよう、いつもより早いのね」

ヒカリ「ええ、はいっ(笑顔を作って)」

と、階段を駆け下りる。

一人になってから、

ヒカリ「ひゃー」

と、両手で顔を覆って叫ぶ。



〇同・中庭(昼)


鯉の餌を持ってやってくるヒカリ。

ポケットから震えるスマホを取り出し、

ヒカリ「(見て)……!(ぱっと明るい表情)」

画面にはハルトからのライン『またすぐ会いたい。ヒカリちゃん中毒になりそう』が。

ヒカリ、豪快に大量の餌をパーンと撒く。

ヒカリ「あっはははは!(笑いが止まらない)」

折り重なるくらいに一気に集まってくる鯉たち。

一斉に丸い口をパクパクさせ不気味な光景だ。


〇ハルトのマンション・部屋(夜)


アクアリウムに一匹の青いベタ(熱帯魚)が泳いでいる。

を、見ているヒカリがハルトに、

ヒカリ「一匹で寂しくない?」

ハルト「この種って一緒に飼うと殺し合っちゃうからさ。闘う魚って書いて”闘魚”っていうやつで」

ヒカリ「まじで? 怖っ……ねぇアヤミさんとあれから会ってないよね」

ハルト「うん、なんで」

ヒカリ「確認だけど、私たちのこと秘密にしてるよね」

ハルト「そんな失礼なこと俺しないよ、途中まではそのつもりでアヤミさん誘ってたし。そんなことよりさあ……」

ハルト、ヒカリの服の裾へ手を滑りこませる。

ヒカリ「またぁ?」

と、甘い声で応じるヒカリ。

愛撫を続けながらもふと顔を上げ、

ハルト「交尾のためにメス飼ってあげた方がいいかなぁ」

と、あっけらかんと言うハルト。


〇ヒカリ、ハルトのデートのモンタージュ


ヒカリの部屋。ヒカリ、作った料理を並べハルトが食べている。

×      ×      ×

助手席で笑うヒカリ。ハルトの運転でドライブ。

×      ×      ×

ジュエリー店。ヒカリが上品なシルバーのハートのピアスを鏡で合わせている。を、ハルトも見ている。

×      ×      ×

ハルトからプレゼントを受け取って喜ぶヒカリ。

手をつないで歩く二人の後ろ姿。


○納骨堂・受付カウンター(日替わり)


もらったピアスを付けているヒカリ、アヤミと隣り合って受付している。

アヤミ「それ、かわいい(と、ヒカリの耳元を指さし)」

ヒカリ「あっ(髪でピアスを隠すように)ありがとうございます」


○同・中庭


ヒカリ、池の鯉を見ている。

 鯉 「(アヤミの真似で)それ、かわいい」

ヒカリ「(ニヤっと)誰からもらったと思います? フフ」

 鯉 「アヤミさん、不憫ねぇ……」

水面に映りこむヒカリの微笑み。


○同・女子ロッカー(夕)


着替えているヒカリ、アヤミ、ノノカ。

アヤミ、ブラウスを脱ぎキャミソール姿になる。

と、ブラウスの襟で隠れていたネックレスが胸元にきらりと輝く。

ヒカリ気づいて、

ヒカリ「アヤミさんもつけてたんですね、可愛い」

アヤミ、照れて両手で覆うようなしぐさで、

アヤミ「ありがとう」

ノノカ「えー見せて見せて!(と近寄り)」

アヤミ「やだあー(と、言うがまんざらでもなく)」

ヒカリ、ブラウスのボタンを外していると、

ノノカ「なんかーノノカ気づいたんすけど」

ヒカリ、一瞬ギクリとするが、

ノノカ「二人とも最近きれいになったっていうか女子力上がった?」

ヒカリ「そんなことないでしょ」

ノノカ「だってぇ、ヒカリさん前にも増して胸おっきくなってません?(と、覗き込んで)」

ヒカリ「(赤くなって)ちょっと!(慌てて服をかぶって)気のせいだってば」

ノノカ「ホルモン活性化ー、もしかして彼氏すか? 彼氏っすよね絶対」

ヒカリ「ちーがーいーまーすっ」

ノノカ「えーアヤミさんは」

アヤミ「ええっ、いないけど」

ノノカ「うそー、つまんない」

キャッキャしている3人。


○黒味


ヒカリの声「でも、そんな浮かれた日々も、あっと言う間に終わってしまった」


○ハルトのマンション・寝室(夜)


事後のヒカリとハルトがベッドで横になっている。

ヒカリ、うとうとしながらアクアリウムを見る。

新たな水槽が増え、赤と黄のベタが泳いでいる。

ヒカリ「増えたんだ」

ハルト「そっちはメス。2匹闘わして残った方を青とお見合いさせようかなって(笑って)」

ヒカリ「残酷ー。ハルトってサイコパス?」

ハルト、ヒカリに背を向けスマホをいじっている。

ヒカリ「……」

ハルト「……ヒカリごめん、課長に付き合えって言われて」

ヒカリ「(眠そうに)なぁに」

ハルト「(にっこり)だから、もう帰って」

ヒカリ「ええー、今?」

ハルト「今」

ヒカリ「やだーひどい」

ハルト「ごめんて、でもこれも仕事の一部だし。送ってくから」

ヒカリ「(渋々起き上がって)じゃアイス買って」

ハルト「いーよ」

ヒカリ「フフ」

ヒカリ、身支度し始める。

ハルト、ベッドに落ちたヒカリの髪の毛を拾って、

ハルト「(見て)……」

思い立ったように粘着クリーナーでベッドやカーペットを掃除し始める。

ヒカリ「ハルトって綺麗好きだよねーいつも部屋片付いてる」

ハルト「(目は合わせず)うん……潔癖だから」


○ヒカリのマンション・部屋(日替わり・夜)


ヒカリ、スマホでハルトのインスタグラムを見ている。

ヒカリ「(目を皿のように)……」

画面。ハルトのフォロワーをくまなく開いて写真、コメント欄を熟読していく。

ヒカリ「……!」

ギャルっぽい女がパフェの前でキメ顔している写真。

女が持ったスプーンの背に何かが映り込んでいるようだ……。

ヒカリ、親指と人差し指でピンチアウトし画質限界の最大サイズにする。

と、水色のネクタイをしたハルトっぽい男が……!



○ヒカリのマンション・部屋(日替わり・夜)


涙で目が赤いヒカリ、ハルトが話すのを聞いている。

ハルト「ひどくない? 確かに最近会える日は減ったよ。だからって何で信じてくれないの」

ヒカリ「携帯だっていつもパスで見れなくしてるし」

ハルト「会社兼用だから当然だろ。機密保持契約って知らないのか? コンプライアンス厳しいんだからさ」

ヒカリ「(鼻をすすって)……」

ハルト「もういい。そんなに嫌なら俺たち……」

ヒカリ「それはいやっ」

ハルト、スマホのライントークのトップ画面をヒカリに見せる。

相手先は、『係長』『課長』や仕事関係ばかりが並んでいて女の影はないように見える。

ハルト「(ダルそうに)これでわかってくれる? 会話も見たい?」

ヒカリ「(首を振り)いい……ごめん」

ハルト「(ほっとし)」

ヒカリ「私ハルトが好きだから不安で。これからもずっと一緒にいたいよ。ねぇ結婚とか考えてる……?」

ハルト「……そりゃ、考えてはいるけど」

ヒカリ「!(感激し、ハルトの腕に抱きついて」

ハルト「……」


〇納骨堂・中(日替わり)


アヤミ、ヒカリを呼び止める。

アヤミ「赤石さん、今日終業後時間ある?」


〇同・中庭(昼)


アヤミの声「話したいことがあるの」

ヒカリ、しゃがんで池の鯉に向かって、

ヒカリ「ついに、バレた……?」

 鯉 「でも、ハルト君はヒカリを選んだんだよ。結婚も考えてるって言ってたし、アヤミが今更何を口出しできるの」

ヒカリ「そうだよね。彼氏を奪ったわけじゃないし、何にも悪いことしてないもん」

 鯉 「そうよ、堂々となさい」

ヒカリ「(うんうんとうなづく)」


○カフェ・中(夜)


ヒカリ、アヤミと向き合いテーブルにかけている。

ヒカリのアイスコーヒーは手を付けられていない。

ヒカリ「(恐るおそる)話って……(見上げ)」

アヤミ「ふふ、単刀直入に言っちゃうとね、私結婚するの。仕事は続けるつもりだけど、その報告」

ヒカリ「(意外)あ、そうなんですね。おめでとうございます」

と、ほっとした様子でアイスコーヒーのストローに口を付ける。

ヒカリ「お相手の方って――」

アヤミ「(はしゃいで)赤石さんも会ったことある人だよ。この間飲み会にも来てた水沢ハルト君て覚えてる?」

ヒカリ「!(衝撃で言葉が出ない)……」

アヤミ「(饒舌に)はーっ。何か言えてすっきりしちゃった。彼の親御さんがどうも堅い人らしくって――」

ヒカリ「(話が入ってこない)……」

アヤミ「(小声になるが嬉々として)ほら、婚前交渉は許さないタイプみたいで、付き合ってること口止めされてたの。はるクン、あ、彼が私に迷惑かけたくないって――」

ヒカリ「……」

アヤミ「でも、結婚となるとね、さすがに隠し通せないよね。私もちゃんとしたい方だし」

ヒカリ「(意識遠のき)……」

アヤミ「(ようやくヒカリに気づき)あれ、何か顔色悪いみたい」

ヒカリ「(ふり絞って)いつ頃からお付き合いされてたんですか」

アヤミ「うーん、いつだっけ。あの飲み会の前後くらい? あれ、やっぱり具合悪そう、大丈夫?」

ヒカリ「……(コーヒーを指し)ちょっと冷たすぎたみたいで、気分が……やっぱり帰ります」

席をを立つヒカリ。


○ヒカリのマンション・部屋(夜)


暗闇の中、「スー」「ハー」と息を吸っては吐く音が繰り返し聞こえる。

ただならぬ様子のヒカリがいる。

ヒカリ「(荒い呼吸で)落ち着け、落ち着けヒカリ……」

日記を書こうとしているのに、渦巻きのようなものを書きなぐっているだけだ。

泣いているのか笑っているのかわからない表情で、

ヒカリ「確かに、片鱗はあったよ? だから私言ったじゃん」

と、日記帳を強く放り投げる。

ヒカリ「くやしい。やっぱりくやしい。私を選んだんじゃないのかよ。何でアヤミなんだよっ」

と、怒りに任せその辺の服やマグカップを投げまくる。


〇同(日替わり)


締めきってベッドに横たわっているヒカリ。

スマホには職場からの不在着信が何件も来ている。

ヒカリ「(死んだ目で見るが)……」

また、目を閉じる。


〇音楽室(ヒカリの回想・音声オフ)


セーラー服のヒカリ(15)、吹奏楽部の練習でアルトサックスを吹いている。

手を止めてヒカリの演奏に聴き入る部員たち。

演奏が終わると、皆に拍手され笑顔になるヒカリ。

を、不満げに見ている先輩の曽宮リョウコ(17)。


〇同(ヒカリの回想・ヒカリの声以外音声オフ)


ヒカリの声「どこで間違ったんだろう」

帰り支度をしているヒカリ、曽宮を見つけ挨拶するが、無視される。

曽宮、他の部員を見つけすり寄っていく。

ヒカリに視線を向けながら何かを耳打ち。

突っ立ったままのヒカリ。


〇同(ヒカリの回想・ヒカリの声以外音声オフ)


ヒカリの声「気づいたら、いつも奥歯をかみしめていた」

吹奏楽部員が集まっている。

黒板に『コンクール 選抜メンバー』の文字。

『A・サックス』その下に『曽宮 赤石』と並んで。さらにその下に正の字で票を書き足していく部長。

大差でヒカリが負ける。


〇コンクール会場(ヒカリの回想・ヒカリの声以外音声オフ)


ヒカリの声「波風を立てないことだけが私の生きていく術だった」

トライアングルを鳴らしているヒカリ。

意気揚々とサックスを吹く曽宮。

×      ×      ×

トロフィーを抱え輪になって笑う部員たち。

その輪から外れ気味のヒカリ、口元だけの笑顔。


〇黒味


ヒカリの声「でも、本当の私はそんなにお人好しじゃなかった」


〇寝室(ヒカリの回想・ヒカリの声以外音声オフ)


ハルトの上、騎乗位で激しく上下動するヒカリ。

恍惚の表情を浮かべ……。

ヒカリの声「もしかして、この喜び、この熱狂は、アヤミさんへの歪んだ怒りだった……?」


〇ヒカリの部屋(現在)


ヒカリ、はたと気が付いたように起き上がる。

ヒカリ「(目を見開き)……こんなことやってる場合じゃない」


続く

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