第12話 とおい近所のおねーさん

「そのあと、その友達は退院して学校に通えるようになったけど、他の人から気を使われるような生活になってしまった。それも間もなくして、他の学校に編入になっちゃった。アタシは、倒れた一件のあと、あの子と話す機会もなく分かれることになった。ただ、あの子の生活を踏みにじったまま学校に通える気にならなくて、全日制から定時制に移ったんだ」


 話し終えて、アタシはため息をついた。

 母さんや牛脂さんには一部しか伝えていない。

 全部を話したのはこれがはじめてだった。


「ごめんね、かぎっこちゃん、重い話しちゃって」


 見ると、かぎっこちゃんは目に涙を浮かべてぽろぽろと泣きだしてしまっていた。


「ああ、ごめんごめ……」

「ごめんじゃないです!」


 慌てて謝ったアタシにかぎっこちゃんが一喝した。


「最初牛脂さんから話を聞いた時にはその人、なんてヒドイ人なんだろうって正直思ってしまいました。けど、話を聞けば聞くほど、その人の気持ちがわかって、でもかつさんの気持ちもわかって……!」


 話せば話すほど、かぎっこちゃんの目からぼろぼろと涙が流れていく。

 ここまで泣かせてしまうつもりはなかったのに。

 涙が止まらないかぎっこちゃんを前に、慌てたアタシはかぎっこちゃんの頭を胸に抱きよせる。

 あのときお茶をかけられれ濡れた箇所がかぎっこちゃんの涙で濡れていく。


「すみません、かつさんの味方をしたいのに。でも、その人の気持ちもわかるんです」

「うん」

「言いたくなかった気持ちもわかるんです。他の人と同じように遊んだり、楽しいことをしたかっただけなんです。避けられたりしたくなかっただけなんです」

「うん」

「きっとわたしが同じ立場に立ってたなら、同じような気持ちをかつさんにぶつけてたかもしれない、そう思ったら何も言えなくて……!」

「うん」


 しゃっくりをあげながら話すかぎっこちゃんの言葉を聞きながらアタシはうなずく。

 かぎっこちゃんが言ってくれてることは、あの時もあの後も聞いてくれる人が誰もいなかってしまった友達の叫びだった。

 その言葉を聞きながらアタシはどこか、救われた気持ちになっていた。


(ああ、そっか)


 あの子の味方で居てくれる人が、悲しさをわかってくれる人がいてくれたことがうれしかったのだ。

 かぎっこちゃんの背中をさすりながら、ずっとわだかまっていた自分の思いにようやく気づいて納得することができた。


 かぎっこちゃんが深呼吸して少しずつ落ち着いてくると、アタシの胸元から離れた。



「すいません、かつさん。せっかくのかわいい制服なのに」

「いいよ、別に。そんなに着る機会のないものだしね」


 ブラウスには涙の染みがついてしまっていたが、気にはならない。

 お母さんも、まあ、許してくれるだろう。


「けど、友達さんが言えないことをわたしは言えそうです」

「ん?」

「かつさん、わたしを助けてくれてありがとうございます。勇気を出して、一歩踏み出してくれて、辛い気持ちをぶつけられても人を助けることを踏みとどまらなくて良かったです。もし、傷つけて、そのあと同じようなことがあった時、それでかつさんのやさしい気持ちを遮るようなことになってしまったら、言ったことを後悔してたと思います。……わたしが、その友達さんだったら」


 かぎっこちゃんが微笑みかける。陽だまりのようなあったかい笑顔なのに、その顔が滲んで見えなくなる。

 友達の気持ちも、病気を打ち明けられてしまう怖さをわかりつつも、それでもアタシのしたことを、かぎっこちゃんは肯定してくれていた。


「かつさんのやってしまったことは間違いなんかじゃないです、昔のこともわたしのことも。かつさんはやっぱりやさしくて、すごいおねーさんのような人です!」


 そう言うと、かぎっこちゃんが胸をはってとびっきりの笑顔でアタシに微笑みかけてくれた。その笑顔が涙で滲んで見えなかったことを、あとになって、ほんの少しだけアタシは後悔した。



 かぎっこちゃんと盛大な告白大会をした後、かぎっこちゃんのお母さんがやってきて、すごく感謝された。

 両親としてはかぎっこちゃんの体調がずっと心配だったのだが、共働きしているためずっとついていることができず、心配だったのだそうだ。

 アタシが変な電話をしてしまったことについても、むしろそれだけ切羽つまった声で言ってくれたからでこそ、良かった、と逆に言われてしまった。


「あの子のことを知って、心配してくれる人がいて本当に頼もしいです。もし良かったら、これからも愛理と遊んでやってくれませんか?」


 その問いかけに、アタシはもちろんです、と答えた。

 病院を出るころにはすっかり夕方になってしまっていた。

 おねーさん。

 かぎっこちゃんが言っていた言葉を思い出して、涙で濡れた制服を握りしめる。

 近所じゃなくて、とおーくのだけど。

 頼りなくて、ちょっとしたことで傷ついてふさぎ込むけど。

 制服をめったに着ない上に、似合わないけど。

 それでも。


「アタシもおねーさんに近づけたかなあ」


 オレンジ色に光る夕陽に手をかざしながらおねーさんの姿を思い出す。

 程遠いかもしれなくても、それでも年下の子から見て、少しでも頼れるおねーさんに見えているなら。

 ふさぎ込んでいた昨日よりも少しだけ、自分のことを誇れるようになった気がした。


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