第10話 二人で登る
お母さんに送り出されて、病院にやってきたアタシはがっちがちに緊張しながら受付に声をかけると、苦笑されながら手続きの仕方を教えてくれた。
手続きを済ませたアタシは入院病棟に入り、受付票を頼りに病室を探していく。
「上坂愛理……ここか」
かぎっこちゃんの本名を口に出して、ネームプレートを確認していくと、個室の病室にたどり着いた。
こんこん、とノックすると、どうぞ―と元気な声が返ってきた。
「失礼しまーす」
職員室に入る時のような緊張感とともに入る。
見覚えのあるベージュで統一された家具の並ぶ病室。その部屋の中心にあるベッドに見覚えのある女の子がパジャマ姿で座っていた。
女の子がアタシの顔を見るなり、はっ、と驚いた表情を浮かべる。
「もしかして、かつさんですか?」
「はじめまして、かぎっこちゃん、もとい愛理ちゃん、かな?」
冗談交じりでアタシが返すと、かぎっこちゃんの表情がぱああ、と明るくなり、ベッドからジャンプするように降りて駆け寄ってきた。
「やっぱり、かつさんだ!」
「かぎっこちゃん、走ったら身体負担になるよ」
「大丈夫です! それよりも連絡とれなくてさみしかったんですよ」
むう、と不満そうにかぎっこちゃんが頬を膨らませる。
やっぱり怒ってるよね……。
「その、ごめんね。いろいろあって……」
この1か月、昔のことを思い返して連絡をするのが怖くて目を背けていた。拒絶されていないのでは、と片隅では期待していたこともあったけど結局踏み出すことができなかった。
どう話そうかと戸惑っていると、かぎっこちゃんが微笑んだ。
「わたしもかつさんに謝りたいことがあるんです。とりあえず座りませんか」
「そうだね」
まいったな、アタシなんかよりもかぎっこちゃんの方がよっぽど大人だ。
とりあえずここはかぎっこちゃんの提案どおり座らせてもらうことにした。
「かつさん、まずはありがとうございました」
座って一呼吸おくなり、かぎっこちゃんが切り出した。
「いきなり、どうしたの?」
「いきなりも何もわたしが倒れた時にお母さんに連絡とってくれたっていうじゃないですか。そのお礼です」
「そんな、いいよ。むしろあんな焦った連絡しちゃって申し訳なかったけど。よくお母さん信じてくれたね」
「それだけ、かつさんが真剣に訴えてくれましたから。それと、わたしの体調ももともと良くなかったので」
そう言うと、ぺこりと頭を下げた。
「かつさんがあれだけ心配してくれたのに、無茶しちゃってすいませんでした」
真剣な声音にアタシが目を丸くする。
「それは、その……心配すぎたかな、と思ったけど。SNSのメッセージ見た時にここの先生の名前があったから」
「はい、わたしの元主治医の先生なんです」
言いにくそうにかぎっこちゃんがうつむく。
そこでアタシもやっぱり言いたくはないのだな、と察した。
「その、言いづらかったら無理に言わなくても……」
「言いづらく、ないです。わたしはかつさんにきちんと話したいんです」
一息吸い込むと、かぎっこちゃんが口を開いた。
「わたし、心臓の機能が十分じゃない状態で生まれてきてしまったんです。生まれてから小学校3年生にあがるまで毎年のように手術を繰り返してて、ほとんど病院と自宅の往復の生活でした。学校にも十分に通えたことがなかったんです」
一つ語り始めると、滑らかに自分のことを話し始めた。勇気を振り絞るように。
「ようやく小学校4年生から学校に通えるようになったんですけど、医師の先生からは無理しちゃダメって言われて、結局みんなと同じように遊んだり、体育の授業をしたりすることはできなかったです。もちろん、同じように授業を受けられないのはなぜか、みんなが気にしちゃうので担任の先生が説明してくれたんです。けど、そうしたらみんなどうしたらいのかわからなくて、わたしのことを避けるようになっちゃって」
かぎっこちゃんの話を聞きつつ、想像する。
何か遊ぼうにも身体に負担をかけちゃうし、何か話したりしようにも喧嘩しようものなら身体に影響が出るかもしれない。そう思ったら、子どもであっても当たらず触らず、というように接してしまうだろう。
「だから、わたしは学校では友達を作れませんでした。寂しくて、お父さんに頼み込んでお下がりでゲーム機をもらったんです。それから一人でほとんど遊ぶようになりました。最初は一人用のゲームもやってたんですけど。寂しくて、オンライン、というものを知って、遠くの人とも遊べる、とわかってからやってみたいと思うようになったんです」
けど、そのオンラインでもいろんな嫌がらせにあってしまった。
「最初はなかなかなじめなかったんですけど、かつさんと何度かあのゲームでマッチングして、すごいやさしいプレイヤーさんだな、と思ったら話してみたくなって。かつさんと知り合ってからは、いろんなプレイヤーさんと交流ができて楽しかったです」
うれしそうに、かぎっこちゃんが微笑みかける。だが、その表情はすぐに曇った。
「けど、親しくなるほど、怖くなりました。わたしのことや、病気のことを知ってしまったら同じように遊べなくなるんじゃないかって。だから体調のことは隠して遊ぶようになったんです」
そこまで聞いて、なぜ心配してもあれほどかぎっこちゃんがだいじょうぶだ、と言い張っていたのかをアタシは理解した。
「言うのは、怖かったよね」
「はい、怖かったです」
「本当はこの間みたいな騒ぎにはしたくなかったよね」
ご両親の勤め先にまで電話をして、大騒ぎをして。本当だったら嫌だったはずだ。
問いかけると、かぎっこちゃんは首を振った。
「そんなことないです。そのおかげで、今こうしてかつさんとお話できているんですから。それで、気になることがあるんです。どうして、かつさんはこの間、知らせてくれたことを申し訳なさそうに話すんですか?」
純粋に問いかける瞳が、アタシのことを見つめる。
「すごく軽蔑すると思うけど」
「それでも聞きたいです。きっと無関係なことじゃないと思うんです。牛脂さんにも少し話を聞いてしまたんですが、こう言ってたんです。かつさんのおともだちの人の気持ちをわたしが理解できるかもしれないからって」
牛脂さん、かぎっこちゃんに話しちゃったのか。
ならこうして話してくれた理由にも納得がいく。
そこでふと気づく。
お母さんが送り出してくれたこと、かぎっこちゃんのお母さんと連絡を取り合ったって話していたこと。
「あの、かつさん。以前ハンティングゲームをした時にわたしを励ましてくれたじゃないですか。もし、わたしが何か応援できることがあるなら、かつさんが抱えているもので力になれるなら、力になりたいです」
ああ、ああ、そうか。
かぎっこちゃんの言葉の裏に牛脂さんだったり、お母さんの姿が見える。
見守っててくれていたのか。
(辛い思い出を塗り返す……)
ぐっとブラウスの胸元を握りしめる。
かぎっこちゃんが勇気を振り絞って打ち明けてくれたんだ。
なら、今度はアタシが応える番だ。
「重い話になるけど、いい?」
「はい」
力強くかぎっこちゃんがうなずいてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます