第9話 制服と重なった思い出
かぎっこちゃんが倒れてから一か月。
あの日からアタシはSNSやゲームを自分から遠ざけていた。
自分のやってしまったことが怖くて逃げだしたんだ。
きっと恨まれている、こんなことをして恥知らずな、ってさげすまれている。
わかってる、臆病なことは。
それでも、怖いんだ。
こうして自分のことがまた嫌いになっていくんだな。
ただそれでもやる気はおきず、殻に閉じこもるように布団を頭からかぶって横になる。
次の瞬間、いきなり視界が明るくなった。
「真昼間っからこんな引きこもるんじゃない。 布団干せないでしょうが!」
布団を抱えて、お母さんがアタシに怒鳴る。
「布団干さなくても死にはしないでしょ。返して」
「却下」
抗議するも、母は断固として許さない、という口調だ。
「鬼ば……」
「なんか言った? ろくでもないこと言うなら食事どころか家電のコードも抜くけど」
「なんでもないです、お母様♪」
よろしい、と言うとお母さんが布団を持ってさっさと出て行ってしまった。
うちの家庭は母の独裁体制である。うっかり心の声が漏れようものなら粛清されてしまうので、逆らわない方が生き延びるためには大切だ。
母に布団を奪われてしまったことで身体を起こし、どうしようか、と思案する。
学校までまだ時間はあるし、特に早起きしてもやることはない。
ぼんやりとした頭のまま視線をさまよわせていると、ふとクローゼットが開いていたことに気づいた。その中にしまっていた制服がない。
慌ててリビングに行き、母を見つけて問いかけた。
「お母さん、アタシの制服は!?」
「ああ、そこにアイロンかけて干しといたよ」
あっけらかんと言われてリビングの欄間のところを見ると、ぶら下がったハンガーに制服がかけられていた。
見つけてアタシはほっとする。友達とのこともあって、しばらく着てなかったけど、それでもおねーさんとの思い出もある大切なものだ。
「なんでアイロンなんかかけたの?」
質問には答えずに、これ、とお母さんがアタシに紙袋を渡した。中身はお菓子の箱だ。
「なにこれ?」
「お見舞い品」
「いや、なんで?」
「アンタの知り合い、かぎっこちゃんって言うんだっけ? 近所の病院に転院してきたんだよ」
……はい?
「昨日電話がかかってきてね、すっごく礼儀正しくてかわいくて、いろいろ聞いたらゲーム友達だっていうじゃない、驚いちゃったわ」
……はいい?
「で、その子のお母さんとも話をしたら意気があっちゃって。で、二人ともぜひ勝子にも会いたいって言うからどうぞどうぞって言っちゃった。というわけで失礼のないように準備してやったから、今から行ってこい」
思考が追い付かないアタシに対して、畳みかけるようにお母さんが言う。
いや、待て待てマミー。
「な、なんでかぎっこちゃんが入院してんの!?」
「あら、アンタ知らなかったの?」
お母さんから問われて、言葉に詰まる。自分から閉ざして連絡を拒んでいた。そのことに今更ながら罪悪感というか、言いようのない気まずさが浮かぶ。
「い、いろいろあって連絡とってなかったから知らなかった。……だから、アタシに行く資格はないし行きたくない」
「そう? なら、そのかぎっこちゃん無理をおしてでもお礼言いたいって言ってたからね。アンタが来ないって言ったら家に直に来ちゃうかも」
え。入院してるってことは具合が悪いわけで、それで無理に家に来ちゃうってことは……。
「心配してくれているのに放置しただけでなく、健気で病み上がりの子を家に来させるなんて、うちの娘ったらなんてひどい子なのかしら」
心配、放置、健気、病み上がり、ひどい。演技的に言う母の言葉だが、ぐっさぐっさとアタシの心に刺さる。それはまともに一か月連絡してなかったという罪悪感も相まって深くえぐってくる。
連絡を拒んでいた手前、気まずい。
(でも、会いたいって言ってくれているし、あの時とは違う)
自分に言い聞かせて、どうしたいのか確かめる。
閉じこもってしまっていたけど、ずっと気にかかっていたのは確かだ。
行けるものなら本当は行きたい。
「わかった、わかりました、行きます、行かせていただきます!」
「さすがー、男前女子」
観念するようにアタシが言うと、棒読みで母が言葉を返した。
母に指摘を入れたいところだが、言おうものなら機関銃のごとく言い返されるだけなのでここはこらえる。
「じゃあ、ちょっと着替えてくる」
「なに馬鹿なこと言ってんの。アンタの私服で病院に行くには恥ずかしいから、ちゃんと制服を着ていきなさい。身分証明にもなるし」
「え」
部屋に戻ろうとしたアタシをお母さんが引き留めて制服を指さした。
「けど、アタシ定時制だし」
「定時制でも全日制でも制服は一緒でしょ?」
「でも……」
お母さんが働いているのは、以前、アタシの友達が運び込まれた病院だ。
かけられた熱いお茶とブラウスについた染み、友達の叫び声、ベージュ色の病室。
連鎖反応のように生々しく記憶がよみがえる。
やる気を出した気持ちがしぼみ、怖くてにぎりしめる手が震えだす。
「大丈夫だから、ね?」
握りしめすぎて白くなった手を母が持ち上げて両手でやさしくさすりながら言い聞かせる。
大丈夫だから、怖くないから、と。
「大切な思い出に、辛い思い出が重なったままなのは辛いでしょう? そろそろ塗り重ねてきなさい。アンタは大切な時に間違ったことをする子じゃないって、ちゃんと知ってるから」
そう言い聞かせるお母さんの手は、昔怪我したアタシをあやしてくれた時のように、温かかった。
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