断崖処刑人の最後の死ごと

ちびまるフォイ

スペシャルサンクス

断崖にはズタ袋をかぶせられた男がひざまづいている。

その背中には自分が立っていた。


「……」


断崖にひざまづく男の背中を足でドンと落とすと、

はるか下の岩場に落ちて死んでしまった。


断崖の端から戻ると、村の人達は拍手で迎えた。


「あの殺人鬼、ついに死んだのね!」

「よかったよかった!」

「これで安心して外に出られる!」


「処刑人ですから」


村の人が喜んでくれるのが誇らしかった。

断崖に立たされる罪人は村の総意で決まる。


今度、断崖に立たされたのは痩せた男だった。


「なあ、あんた助けてくれよ! ただ飯を食っただけじゃないか!」


「……」


「金はたまたま手元になかっただけなんだ!

 料理人を突き飛ばしたのも、妊婦に暴言はいたのも追われていたからで

 普段はそんなことしない! 悪かったと思ってる!」


「……」


「あんた人間なんだろ? だったらーー」


処刑人は男の背中を蹴って崖下に落とした。

体が潰れた音はあまりに遠くで聞こえない。


村の人達は拍手していた。


「あんな悪人死んで当然だ」

「これで村は良い人しかいなくなる」

「清らか村に悪人はいらないよ」


「「「 次もよろしく頼むよ! 」」」」


「ええもちろん」


自分の仕事には誇りを持っていた。


一定数以上の処刑総意が集まると刑の執行が行われる。

村の人達は、崖で行われる処刑が行われるか村からじっと見守る。


悪人を消してくれる執行人はある種のヒーローだった。


次の執行の日。

断崖にはズタ袋すら入らないほどの小さな子どもが座っていた。


「……!」


執行人は驚きのあまり声が出そうになった。

言葉もろくに話せないような小さな背中が断崖に立たされている。


「なにかの……間違いだよな……」


処刑のセッティングは村の人たちで行われる。

執行人は罪人の名前も知ることはあっても、姿かたちまではわからない。


まさかこんな小さな子どもだなんて。


執行人は断崖の反対にある村に振り返った。

村からはヤジのような怒号があびせられる。


「さっさと落とせ! なにやってんだ!」

「そんなガキ落としてしまえ!」

「はやくしろ! 落とすだけだろ!?」


急かされる声は群衆のうちの誰が叫んでいるのかわからない。

執行人は村に戻ると、近づくほどに怒号は収まっていく。


「あの、なにかの間違いですよね!? あんな小さな子どもが罪人だなんて……」


村の人は顔をそむけていた。


「あの子がなにか悪いことでもやったんですか!?」


誰も答えなかった。

執行人は断崖へと戻ろうとすると、村から遠ざかるたびに再び声がきこえる。


「騒がしいガキは死んでしまえ!!」

「村のルールを守れないやつはいらない!」

「年齢と罪は関係ない! さっさと死ね!!」


声の主はわからないが村の誰かが叫んでいるんだろう。

子供に事情を聞こうにも通じる相手ではない。


「……どうしよう」


悩んだ末に子供を開放して村に戻した。

村に近づけばあの怒号は聞こえなくなるのだから。

これはきっと間違いだったのだろうと言い聞かせた。


それきり、自分に執行人の仕事はぴたりと来なくなった。


この日を境に村では聞えよがしな噂をされるようになった。


(あの執行人、私欲で罪人を助けたそうよ)

(誰の投票で執行人やれてると思ってるんだ)

(言われたこともできないんなんてゴミだよ)


「あの……なにか?」


「いえ……別に……」


村の人は関わりを避けるようにして去っていく。

いつからこんなに村での生活がしにくくなったのだろう。

ついこの間まではヒーローだったのに。


「はあ……」


川べりに座って落ち込んでいると、後ろからいきなり袋を被せられた。

なにがなんだかわからないうちにボコボコにされて意識がとんだ。


目が覚めたときにはびゅうびゅうと風の音が聞こえる場所にひざまづいていた。

両手両足は拘束されて動くことはできない。


「まさか……」


じゃり、じゃり。


断崖の砂を踏みしめる音が背中のほうで聞こえた。

自分が罪人として処刑総意が集められてここにいることを悟る。


「……ここは、断崖なんだな?」


俺は別の処刑人に声をかけた。

応答はない。


「あの子は……どうなったんだ」


「あの子?」


背中の方で別の処刑人の声が聞こえる。


「お前も処刑人なら知っているだろう。俺が助けた子供だ」


「……死んだよ」


「どうして!?」


「私が処刑した」


言葉が出なかった。理解が追いつかなかった。


「あなたが処刑人をクビになったらか私になった。

 最初の仕事はあの子供をもう一度処刑するものだった。

 すごく抵抗があったよ。でも仕事を終えたらもう何も感じなくなった」


「なんで……なんで落としたんだよ!

 あの子はまだ子供だったじゃないか!」


「じゃあ、あなたみたいに見逃せというの!?

 そうすれば、あなたの代わりに私が処刑されるだけじゃない!

 村の総意は変わるわけがない! なにも変わらないのよ!!」


「君は……人間か?」


「人間に決まっているでしょう。何を聞いているの。

 執行に時間をかけすぎたら結託していると思われる。落とすわ」


「人間なら、最後のたのみを聞いてくれ」


「命乞いは聞かない」


「違う。たったひとつだけ。俺の処刑の際に叫んでほしいだけなんだ。

 俺は崖下に落としてくれて構わない」


「それなら構わない。私は村の総意にしたがって執行するだけ」


「ありがとう……」


「で、なにを叫べばいいの?」


俺は覚悟を決めた。


「俺へ処刑総意した人間の名前を叫びながら突き落としてくれ」


「わかったわ」





「この処刑に賛同したのは!村長! 漁師のサドー! 村娘のマリー!

 主婦のライラ! 不良のバルガ! それからそれからーー!!!」



この処刑を期に誰も処刑総意はされなくなったという。

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