10、根拠がないのは予想ではなく思いつきだよな。その2

「本日は私たち、化学部の体験学習にお越しください」

「「「ありがとうございます」」」


 テンプレな挨拶から俺たちの体験学習は始まった。

 宝生先輩は本気で、佐倉さんは演技で『人前に立つの恥ずかしぃ~』と言ったので、司会は消去法で俺に決まった。


「本日の体験学習では皆さんにスーパーボールをつくってもらおうと思います。ただ、普通のスーパーボールではありません。今回は、絵の具にラメ、さらには砂鉄を用意しました。」


 いつも俺たちが何をすることもなく、だらだらと過ごしている化学室に今は多くの来場者が所狭しと押し寄せていた。

 当初、予定していた椅子の数では足りなくなり、急遽椅子を増やしたぐらいだ。

 なぜ? という疑問は来場者たちが口々に話している内容を聞き納得した。直前にあった科学部の体験学習で俺たち化学部のことを紹介してくれたみたいだ。

 所々で「科学部のやつは面白かったからこっちもきっと面白いよ」という声が聞こえてくる。

 科学部、俺たちを潰そうとする悪の組織だと思っていたが評価を改める必要がありそうだ。


「本日の大体の手順は各テーブルの上の紙に書いてあります。それ通りに作れば皆さんが想像するようなスーパーボールが作れると思います。」


 大きく息を吸い込む。

 これで彩玉県立大学の文化祭で学んだことを発揮する。


「ただ、先ほども言いましたが今回は絵の具だけでなくラメや砂鉄も用意しました。ラメを使えば宝石のような美しいスーパーボールが出来ますし、砂鉄を使えば磁石にくっついて動く面白いスーパーボールが出来ます」


 一息入れて、三人で合わせる。


「「「本日は是非、自分だけの特別なスーパーボールをおつくりください」」」


 大きな拍手が起こった。

 今まで緊張で来場者一人一人を見れていなかったが、見渡してみるとやはりファミリー層が多かった。

 子供が無邪気に手を高く上げ、笑顔で拍手を送ってくれる。それだけで満足した気持ちになれた。……まだ、挨拶しただけなのに……

 あれ? お父様、お母様からの拍手は小さいですね。親は子供の見本なのだからもっと大きく拍手した方がいいんじゃないですか、か! ……大人になると恥ずかしいですよね。

 体験学習は順調だった。

基本は、机の上に置いてあるものを混ぜるだけなので子供も楽しそうに手を動かせていた。


「暇そうですね、先輩」


 窓際の壁に寄りかかっていると、佐倉さんが声をかけてきた。 


「まぁ、暇かな。やり方は紙にしっかり書いておいたから、予想してたより俺たちを頼ってくれる子いないしね」

「どれだけ、質問が来ると思ってたんですか、そんなにしませんよ。先輩だって逆の立場なら質問しないでしょ?」

「そうだね、あまり目立たず一人でひっそりと作業を進めたいからね」

「は~、最近、比べる相手が雪先輩になってたから普通に見えてたけど、先輩も十分人見知りですよね」

「そこはあまり触れないで、最近結構頑張って、取り繕ってるんだから」

「これからもその調子で頑張ってくださいね」


 佐倉さんは笑顔で俺の頭に手を置き、細くしなやかな指で髪の毛の表面を優しくなでてきた。くすぐったいのに気持ちいいそんな不思議な感触だった。

 少しして流石に恥ずかしくなり、頭を引っ込めなでなでタイムを中断した。

 佐倉さんを見るのを気まずく思い、目を背けると子供に声を掛けられ戸惑い、何も伝わらないジェスチャーを必死に何度もしている宝生先輩がいた。


「お姫様がお困りですよ。私の主人公君」


 企みやからかいを一切感じさせない、俺を鼓舞する見ているだけで勇気が湧いてくる笑顔を向けてきた。

 今この時だけ、佐倉さんこそが『お姫様』と形容されるにふさわしいと心の底から思った。


「いっちょ、かっこいいところ見せびらかしに行きますか」


 壁から背を離し、歩を進める。

 すぐに俺の存在に気付いたのか、目のもとに薄っすらと涙を溜めながらも優しく微笑みかけてきた。

 前言撤回、『お姫様』という言葉は宝生先輩も魅力を表すためにつくられた言葉に違いない。

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