10、根拠がないのは予想ではなく思いつきだよな。その1
10、根拠がないのは予想ではなく思いつきだよな
斉藤先生の協力のおかげもあり、俺たちはあの(五月)日(七日)の放課後に具体的な計画を九割程度つくることができた。
斉藤先生の化学知識はとても役に立ったが、この急激な進捗の一番の理由はそれではない。一番貢献したのは顧問つまり責任者という立場である。
大小の違いはあるが責任には恐怖がつきまとっている。だから、人間誰しも責任を負うことを恐れる。責任の片棒を担ぎたくないから『イイね!』とは言えても決定は出来ない、実行できない。
だから、明確な責任者の存在だけで進捗を大きく生むことが出来た……ここまで持ち上げたけど、斉藤先生なにか問題が起きても責任とらず、なすりつけてきそうだなぁ……
そこからは奮闘の日々が続いた。
あまり知られていない専門的な薬品は出来るだけ使わず、身近なものを主に使うことになったので材料はすぐに調達できた。
ならすることはただひとつ、試行錯誤だけだ……全然ひとつじゃないんだよなぁ
手順、セリフ、進行の確認は当然として、見たときのインパクトを最大限高めるために手順や材料の組み合わせを何通りも試した。
また、パフォーマンス中の照明やBGMなどの演出にも頭を悩ました……結局、佐倉さん一人で決めたんだよな~、他二人が使えなすぎて……
* * *
何かが破裂する音が聞こえる。
打ち上げ花火? と思ったがそれはないだろう、音が聞こえてくるのは教室内のスピーカーからだ。おおかた、文化祭の始まりを盛り上げるための演出だろう。
本日、五月三十日は春日部北高校の文化祭、通称はばたき祭の一般公開日
土曜日しかも天気に恵まれ、予報では一日中快晴ということもあり、去年と同じかそれ以上の来場者がくることが予想される。
「朱染君、外ばかり見ないで手を動かしなさい」
凛とした声が聞こえ、窓の外を見るのをやめ振り返る。
見ると、宝生先輩がバタバタと化学室内を駆け回り、机の上に液体が入った容器を並べていた。
俺たちは結局、化学パフォーマンスだけでなく子供向け体験学習もすることにした。
俺たちはこのはばたき祭で一位を取らなければならない。なら、多少無理をしてでも二兎を追うべきだという結論になった。
「見た感じ、そろそろ体験学習の準備終わりそうだな」
ぽつりと独り言を言う。
宝生先輩は忙しそうにしているが、仕事量はあと少しだろう。
「あれ? そういえば佐倉さんはどこ行ったんですか?」
化学室にご主人様を自称する性悪後輩がいないことに気づく。
「佐倉さんならクラスの出し物の手伝いに行ったわよ」
へー、リア充じゃん!
部活という大義名分があるのに、それを使わずクラスの手伝いをしてるのか。
俺なんて今日は当然のこと、部活の出し物を一切しなかった昨日も『部活で忙しくて~』とか言ってクラスに一切顔を出さなかった。
宝生先輩は全ての準備を終えたのか椅子に座り、上半身を机に預けて疲れを全身で表していた。
「お疲れ様です。十一時開始の体験学習までまだ二時間ぐらいあるのに準備終わっちゃいましたね。」
「頑張って働いたのに、不満?」
「いえ、あれだけ悩んで何をするか決めたのにその準備はあっという間に終わるんだな~と思いまして」
「準備なんて事前に用意してたものを机に置くだけだけ、一瞬よ」
子供のような無邪気で少しいたずら心の混ざった笑顔を向けてくる。
可愛いやら気恥ずかしいやら抱きしめたいやらで頭と心がごちゃ混ぜになり、化学室内きょろきょろと見渡す……ミスがないかチェックだけだよ! 別に宝生先輩の笑顔が可愛すぎて直視できないとかそんなんじゃないよ!
「そ、そうですね。あと出来ることと言えばビラ配りぐらいですかね。」
「……お願いするわ」
先ほどまでの笑顔は虚空に消え失せ、宝生先輩は自分の足元に目線を落とし、全身で気分の落ち込みを表していた。
「いや、宝生先輩もやりましょうよ」
「……私が知らない人に声かけられるわけないじゃない」
「これから俺たち体験学習を開くのですから悩んでいる子がいたら話かけないとですよ!」
「……人前で話すのは目をつむることで克服したけど……話しかけるのは盲点だったわ」
「あぁ~もう! 俺も一緒に行くんで二人でビラ配りましょう」
「……二人で?」
「二人で、です。俺が声かけるんで宝生先輩がビラを渡してください」
「……二人で……文化祭中に二人だけで……フッ、フフ……フフフフフ……」
何が不気味な笑い声が聞こえてくるが垂れ下がった長い黒髪が邪魔して宝生先輩の表情が分からない。
笑っているってことはめちゃくちゃ可愛い女神スマイルを浮かべているのだろう。よかった、そんな笑顔を見ては心臓が止まってしまう可能性がある……ほんと、表情が見えなくてよかった。
「それで、私が頑張ってクラスの手伝いをしているときにイチャイチャしてたんですから当然進展ありましたよね!」
場所は変わらず化学室、時間は少し経って十時四十分
俺たちは体験学習前の最後のミーティングのため化学室に集まっていた。
「先輩と雪先輩の仲が深まるのは良いことです。えぇ、良いことです。……ただ、自分が頑張っていたときに裏でイチャイチャしてたって知ると無性に怒れて来るんですんね!」
佐倉さんが俺の足を踏み、ぐりぐりと痛めつけてくる。
宝生先輩が席を外しているのをいいことに笑顔で取り繕うことすらしない。徐々に俺を踏む足に力が入り、いつの間にか踵でガシガシと何度も俺の足を踏んでくる。
「イタッ、痛いよ、佐倉さん。悪かったから謝るからそれ止めてよ」
俺は必死に懇願するが佐倉さんの顔色は一切変化しない。いや、本当に痛いんですけど、これ絶対赤を通り越して青になってるよ。
「痛いのは当然ですよ。痛くしてるんですから」
「さっきも言ったけど、イチャイチャって感じじゃなかったんだよ。大変だったんだから、宝生先輩人見知り過ぎて」
当の本人がいないことをいいことにあること無いこと……いや、実際にあったことを振り返る。
「ビラを渡そうと来場者に話しかけても宝生先輩、下を向いて微動だにしなくなってビラを配るどころじゃなかったんだよ。そもそも、相手の目すら見れないんだから」
「それの原因、人見知りだけではなく、好きな人と一緒にいるところを見られるのが恥ずかしいからじゃないかな~、この前は相当勇気振り絞ってたのか。雪先輩可愛い~」
手を口元に当てうつむきがちに何かを言ったようだが、聞こえない。……口元が少し緩んでいる、また何か企んでいるのだろうか。巻き込まれたくないな~
「まぁ、そんなわけで全然ビラ配れなかったんだよ」
途中、ビラも自分で配ろうとしたがやめた。宝生先輩は本当に時々だがビラを渡そうと頑張っていた、それを見て余計な心遣いだなと思いやめた。
いや、なんで俺、先輩かつ好きな人に母性を感じてるんだよ!
「残ったビラはどうしたんですか?」
「友樹、友達に全て任せた。科学部のビラ配ってたし、配るのが一枚から二枚もなっても労力はあんまり変わらないだろ」
「先輩って少し亭主関白なところありますよね」
亭主関白? それ、現代の男として致命的じゃね……
後ろから扉が開く音がして、宝生先輩が化学室に入ってくる。
「そろそろ、時間よ。始めましょう」
喝と言うには優しすぎる部長の一言で俺たちの心は引き締まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます