9、祭りは準備が一番楽しいとか聞くけど、それは何の責任もない人の意見だよな。その2
「宝生先輩の意見はもっともです。よくわかりました。でも! 嫌なこと、苦手なことでも進んでやらなければ一位にはなれません」
今、すべきことは宝生先輩の人前に出ることへの心理的な恐怖を取り除くこと。不安な要素を潰していきなおかつ、やらなければいけないという使命感を焚きつけれなければならない。
「ステージ上には俺と佐倉さんも立ちます。何かミスしてもフォローしますよ、だから大丈夫です」
宝生先輩は何も口には出さず、上目遣いで潤んだ目を向けてくる。手はスカートの裾をしわが出来るほど強く握り、足は綺麗に揃えられわずかに震えている。
不安要素は先ほどの問答でほとんど消した。それでもまだ、恐怖心を抱いているならそれは一朝一夕で克服できるものではない。
なら、今すべきことは使命感つまりやってやるという前向きな気持ちを芽吹かせて少しでも恐怖心から目を背けさせることだ。
「俺、化学部好きなんですよ。何してるのか、何がしたいのか全く分からない部活ですけど何故か落ち着くんですよ。自分の居場所って感じがするんですよ。宝生先輩は違いますか?」
「……違わないわ」
「ですよね。この部がなくなるなんて想像できませんし、したくもありません。実感湧きませんよね、当たり前にあるものがいきなりなくなるって言われても。しかも、それを言ったのが威厳の欠片もない俺ではなおさら。」
「……そうね」
「でも、本当なんですよ。このままだと確実になくなります。何か行動を起こさなければ……確実になくなります。」
「……」
「俺はそんなの絶対に嫌だ! この居心地のいい空間にいつまでもいたい……だから、俺は行動します、確かに人前に出るのは緊張するし、失敗したら恥ずかしいけど……守りたいものを守るためなら仕方ないって腹をくくります」
「……」
「それに……笑われたとしても、どうせ覚えてないですよ。人は忘れる生き物ですからね。俺なんて今日の授業の内容をすでにほとんど忘れてますからね」
いたずら小僧のようににっしっしと笑顔をつくり、最後は冗談めかして締める。
宝生先輩はフッと短く笑うと顔をあげ、まだ少し不安が滲んでいる目をまっすぐ俺に向けてきた。
見ると手はスカートを握るのを辞め、緩く握った状態で足にのせられている。先ほどまで震えがちだった足と肩は力が抜かれ自然体に戻っている。
これはあと一押しだ! と思いここまで温め続けていた渾身の一言を言おう上半身が前のめりになる。
そして、いざ言おうと喉の開きを感じ腹に力をこめると、聞こえてきた声は俺のものではなかった。
「私も頑張るので雪先輩も一緒に頑張りましょう」
呆気にとられ、一体どこから聞こえてきたのかと目線を動かしてみると宝生先輩の右隣に座っていた佐倉さんがじゃれつくように宝生先輩の腕に自分の腕を絡ませていた。
宝生先輩はそれを拒むのではなく、むしろ佐倉さんのほうへ上半身を傾け、じゃれつきを受け入れた。
「そうね。佐倉さんがそういうなら頑張ってみようかしら」
そして、何のためらいもなく俺が必死になって引き出そうとしていた言葉を佐倉さんに向けて発した。
それを聞くと佐倉さんは俺に向かって子馬鹿にしたような笑顔を向けてきた。
さっきまで静かに見守ってくれていたのにここで横やりを入れてくるとか、本当に俺に手柄を渡そうとしているのか疑問になる。
目の前で佐倉さんが猫のように身を寄せ、宝生先輩はそれを受け入れ甘やかすように頭をなで、腕を佐倉さんの背にまわしている。
はぁ~結局、男がどれだけ言葉を弄しようと、女同士の友情には手も足も出ないってことか。ほんと、嫌になる、嫌になるが……美少女二人がじゃれ合っているのはとても目の保養になるので今後ともよろしくお願いします。
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