9、祭りは準備が一番楽しいとか聞くけど、それは何の責任もない人の意見だよな。その1

9、祭りは準備が一番楽しいとか聞くけど、それは何の責任もない人の意見だよな


彩玉県立大学の文化祭に視察に行った二日後の月曜日、世間的にはゴールデンウィークという新学期の疲れをリフレッシュするための重要な長期休みだが、俺たち三人は朝からいつも通り化学室に集まって、佐倉さんに形だけの報告をしていた。

ちなみに席は八人掛けの机で俺の正面に宝生先輩と佐倉さんが座っている。……佐倉さんへの報告ってことだから宝生先輩は俺の隣に座って欲しかったなぁ~、あれ? 普通隣に座るよね。なのになんで佐倉さんのほうに座ってるの? 嫌われてる? もしくは臭い? 俺もしかして臭い? だから少しでも遠くに座ってるの?

 俺が自分の制服の匂いを入念にチェックしていると、佐倉さんが全て見て来たくせに、さも今初めて聞きましたといわんばかりの感想を述べてくる。


「へ~、高校の文化祭と違うところ結構ありますね、大学の文化祭って」

「そうだね。でも、部活の出し物は基本同じような感じだったから参考には出来ると思うよ」


俺も佐倉さんに乗っかり何もしらない風に答える。

 この歪な関係を宝生先輩に知られたくないという一点に関して言えば俺と佐倉さんは協力関係にある。

 目線だけでちらっと宝生先輩を見てみると胡散臭さなど一切感じず、ただただはばたき祭について真剣に考えていた。

 胸の奥に鈍痛を感じながら、この調子なら多少粗があってもばれないなと安堵した。


「なら、そろそろ本格的にはばたき祭について決めましょうか。準備する時間を考えたら開催が今月末でも時間がないですからね」


 すべて知っている佐倉さんへの説明という無駄な時間を取り返すため俺は早速本題に切り出した。


「そうね、そうしましょう。まず、一番の問題は私たちも他と同じように体験学習をメインにするかよね」

「実際に彩玉県立大学の文化祭でも評判よかったみたいですし、それでいいんじゃないですか?」

「そうね。実際化学系の講義をするって言われても難しいことは出来ないのよね」

「私なんてまだ一年生、入学して一か月も経ってないので化学の知識なんて全然ないので講義は遠慮したいです」

「三年生になってもそこまで深い知識はつかないわよ。授業のほとんどが受験対策用だから問題を解くための知識をメインに教えられるから」

「そうなんですか、知的な感じになれると思ってましたのになんか、一気に上級生になる楽しみが消えました」


 宝生先輩と佐倉さんが各々意見を交換している。

 確かに、講義は俺たちにとって敷居が高い。俺たちは日夜化学の研鑽を行っている科学部と違い、毎日何をするわけでもなくだらだらと過ごしているだけの部活だ。そんな俺たちが化学についての専門知識なんて知るわけがない。授業内容ですら怪しいぐらいだ。

 だからと言って、体験学習だけをするのも危うい。去年の科学部の順位は五位、俺たちが今年取らねばならないのは一位。一位と五位の間は偶然で埋められるほど甘くない。

 なら何をすればいいか? 俺はそれを彩玉県立大学の文化祭中ずっと考えていた。

 専門知識と特殊な技術を使わず、体験学習と同等もしくはそれ以上にお客の心をつかめるものはなんだ? 

 文化祭から帰るときに感じた胸のもやもやの正体は何なのか? 

 その答えは文化祭の後、宝生先輩と別れ一人で冷静になって考えるとあっさり出た。

 落ち着きのある大人の男を装っているつもりが案外、舞い上がっていたらしい。

 俺は見つけ出した起死回生の一手をいまだ脱線しまくっている意見交換をしている二人に語気を強めに述べる。


「体育館のステージを使いましょう!」


 そう、これこそ俺が考え出した至高のアイデア、ステージパフォーマンスである。

……まぁ、大講堂で見たダンスのパクリなのだが。

 斬新な考えには否定的な意見がつきもの。

 だが、自称出来る男である俺はそこの対応も事前に考えてある。


「そもそも体育館を借りられるの?」という宝生先輩の意見には

「さっき、担任の先生に確認したら大丈夫だって言ってました」と答え。

「人前に立つのは恥ずかしいのだけれど」という宝生先輩の意見には

「見せるのはあくまで実験なので俺たちのことなんて見てませんよ」と答え。

「何を言えばいいかとか覚えられる気がしないんだけど」という宝生先輩の意見には

「ステージ上の机にでも台本を置いとけばいいんじゃないですか」


 と答え……ってさっきから宝生先輩しか意見を言ってこないんだけど! これ絶対佐倉さん事前に知ってただろ! 俺がこの考えに気づくためにわざわざ写真で脅迫してまで大講堂でダンスを見させただろ!

 そう思い、佐倉さんのほうを見てみると何か? とでも言わんばかりのきょとんとした顔を向けてきた。

 これは確信犯ですね。

 どうせ、俺からステージパフォーマンスをするという考えを言わせて、宝生先輩に俺が頼りになるところを見せつけようとしたのだろう。実際は全て佐倉さんに誘導された結果、俺が自分一人で見つけ出したわけじゃないのに。

 再び、佐倉さんのほうを見てみると今度は気づいちゃった? といたずら混じりの笑顔を向けてきた。

 完全に手のひらの上で転がされている。このまま借り物のだけで好感度を上げるのは性に合わないので、ここは自分でも頼りになるところを見せるべく、会議の進行係をかって出る。


「宝生先輩の意見はもっともです。よくわかりました。でも! 嫌なこと、苦手なことでも進んでやらなければ一位にはなれません」


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