8、最近、どれもこれも種類が細分化しすぎてる気がするわ。その3

「ここみたいね」


 不意に声が聞こえ、顔を上げてみるとどうやらエニグマが体験学習をする教室の前に着いたようだった。

 教室の中に入ってみるとすでに多くの人がいた。

 見渡してみると友樹の言っていた通りファミリーが多い印象を受けた。

 彩玉県立大学と春日部北高校は出口の方向は逆だが同じせんげん台駅を最寄駅としている、なのでこの大学の化学の出し物にファミリー層が多く来ているということは、俺たちの文化祭の時も来てくれる可能性が高いということ、これはひとまず一安心だ。


 とゆうか大学の実験設備やばいな。

 机は高校に置いてあるやつと同じような一つに八人座れる長机なのだが、その上に何やら大掛かりの機械の先端に大小様々なガラス製の器具が取り付けられている装置が置いてあったり、教室の端の方には中に入れた試験管やビーカーをくるくる回し続ける洗濯機のような装置も置いてあった。

高校に置いてある装置だけでも使い方が分からないものがほとんどなのに、それと比べ物にならないぐらいの数の実験装置が置いてあるぞ! 

 ここにいるとなんだか大学の授業についていけるか心配になるな。

 俺はあれだな、オープンキャンパスに行って逆にやる気を失ってしまうタイプだな。

 そんなことを考えていると周りがざわざわと騒がしくなっていくのを感じ、教壇が置かれ周りより二十センチほど高くなっているところに目を向けると何やらエニグマの部員らしき人たちがようやく教壇の上に上り始めたみたいだった。


「レディース アンド ジェントルマン、本日はエニグマの『面白化学体験型学習! 特別なものなんて要らない、身近なものだけで摩訶不思議なことを起こしてみせます!』におこし下さい」

「「「「「ありがとうございます」」」」」


 そういうと壇上のエニグマの部員五人がそろって頭を下げ歓迎してくれた。

 おそらくは五人のうちの一番右に立っている明るい茶髪を肩まで伸ばしている女性が本日の司会を務めているのだろう、先ほどの口上を言っていたのもこの人だ。

 何か違和感を感じ、よくよく壇上の五人を見てみると全員が茶髪というわけではないけれど皆ハキハキしていて、まぶしくて目を覆いたくなるようなリア充オーラ全開の笑顔を浮かべていた。

 なんでこいつら化学系サークルなのにこんなに陽キャっぽいんだ?

 俺の化学系の部活の印象は地味眼鏡や根暗オタク、コミュ障ぼっちなど人生を謳歌していますなんて口が裂けても言えないようなやつらの集まりなんだが……

 大学は化学系のサークルであろうと陽キャが入ってくるのだろうか? それとも、もともと陰キャだったやつらが大学デビューをして陽キャを演じているのだろうか?

 どちらにせよ、あまり関わりたくない人たちではあるな。


「本日の体験学習ではなかなか割れないシャボン玉をつくりたいと思います、まず皆さんは準備がされているところに座ってください」


 それを聞くと各々好きな場所に立っていた人たちが一斉に机の方に移動し始めた。

 俺たちは流石に教壇の近くは恥ずかしいということで一番教壇から離れた席に座った。


「皆さん、席に着いたようですね。では、説明を始めたいと思いま~す。使うのはシンプル、この実験で使う普段やつよりきれいな水そしてどこの家庭でもある食器用洗剤と洗濯のり……って洗濯のりは最近使わないか。まぁ、それは置いといて次は今回の実験の鍵を握るもの、砂糖で~す。ついでにハチミツとグリセリンも用意しました」


その言葉に教壇の近くに座っている子供たちが一斉に反応した


「なんで砂糖?」

「食べられるの?」

「きっと甘くして食べやすくするんだよ」

「やったー、甘いの大好きー」


 いや、流石に食べられはしないだろ、砂糖の前に洗剤入ってるぞ! 

 まぁ、確かにシャボン玉の液を口で吸っちゃって苦さが口の中に広がってきた時、これが甘くて美味しかったらな~なんて呑気なことを考えたことはあるが、それはないだろう。

 そもそも、美味しいシャボン玉ではなく、割れないシャボン玉と言ってたしな! 


「皆さんの目の前にある洗剤などはどれだけ使ってもらっても構いません。足りないようでしたらいくらでも追加しますので、あと砂糖とハチミツ、グリセリンはどれか一つ入れるだけでもいいし、三つ全て入れても構いません。皆さん自由にシャボン玉をつくってくださ~い」


 え? 説明終わり?

 慌てて周りを見てみるとほとんどの人が何をすればいいのか分からず沈黙しフリーズ状態だった。

 その空気を察したのか司会の子の隣に立っていた黒髪ロングで先輩感を醸し出している女性が慌てて司会の子からマイクを奪い説明を付け足した。


「えぇ~と、あっ、一応、正しい操作手順と代表的な分量はこの黒板に書いてあります。この分量通りに作ってもらってもいいですし、自分なりにアレンジしてもらっても大丈夫です。目の前のものを好きに使って自分だけの割れないシャボン玉をつくってください」


 自分たちが立っている教壇にある黒板を見ながらそう続けた。

 話をまとめると、一応模範解答はあるが、それに従わず自由に作っていいということだ。


「なんで、砂糖を入れるんですかね? 有名なのって洗剤と洗濯のり、水だけですよね」

「それは、シャボン玉の水分が蒸発しないようにするためね」

「蒸発って、水が百度になったときにするやつですよね。いくらなんでもそれは」

「水が百度にならないと蒸発しなかったらいつまでたっても洗濯物は乾かないわよ」


 あ~、言われてみればその通りだ。百度になったら乾く以前に洗濯もの縮こまって着れなくなるだろう。

 水は沸点である百度になる前に蒸発する、言われてみればその通りなのだが化学の目線からみると俺は違和感を感じてしまう。

 だが、悩んでる俺を気にせず宝生先輩は説明を続ける。 


「砂糖を入れると水と砂糖がくっついて蒸発しづらくする。また、砂糖、ハチミツ、グリセリンで水をどれだけ蒸発させづらくするかが違うのでしょうね」

「詳しいですね、宝生先輩。それも実際にやってみたんですか?」

「いえ、高校の化学の資料集のコラムに載っていたわ!」


 宝生先輩は胸を張り自信満々にそう言ってきた。

 いや、自慢できるようなことじゃないだろ、さっきキュウリのハチミツ乗せをやってことがあるってやつ実は恥ずかしかったのか?

 というか、胸を張るな、胸を!

 いつもはきっちりとした制服だからあまり主張が激しくないが今日は私服、しかも結構カジュアルな感じだ、その破壊力は俺の息子を一瞬で石化させるさながらメドゥーサの魔眼にも匹敵する伝説級だ。

 白と黒のストライプ柄のTシャツのその部分だけ異様に歪んでるんだよ!

 そんなの見ようとしなくても目が吸い寄せられてしまうの確定じゃないか! 今日ここまで見ないように努力してきたのに……

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