6.神様が本当にいるなら一発と言わず百発ぐらい殴りたいよなその1

6、神様が本当にいるなら一発と言わず百発ぐらい殴りたいよな


 宝生先輩と下校するようになってから一週間がたった。

 この一週間の経験を踏まえて、俺は残酷な事実に気づいてしまった。

 女子と一緒に下校しても特別なことは何も起こらないという事実を知ってしまった。

 なんでだよ! 漫画やアニメだと男女が一緒に歩いてたら不良に絡まれ男がかっこよく不良を撃退したり、迷子の子供を見つけて一緒に母親を探してあげるっていうイベントが日常茶飯事に起きてるじゃん!

 そういうイベントを経て男女の仲が深まっていくんじゃん!

 しっかりしろよ、ラブコメの神様!

 起承転結の転つまり二人の関係性が大きく変化するイベントを起こさないと日本からカップルが消失し続けてさらに少子化が加速していくぞ。

 だから神様、俺のところに特別なイベントを起こしてください。なんでもしますから。


* * *


そんなくだらないことを考えながら本日最後の授業である古典を受けていた。

いまいち古典を学ぶ価値を見出せず、徒然なるままに窓の外の景色に目を向け、校庭の桜の木が一枚、また一枚と花びらを舞い散らせている姿に四月の終わりを感じていると器キ~ンコ~ンカ~ンコンと授業終了の鐘が鳴り、日直の号令とともに教室に喧噪に包まれた。

ほどなくして、帰りの会が始まり一時的に静かになったが、何をするわけでもない形式的な会だ、すぐにお開きになり部活に急ぐ生徒達やこの後遊びに行く生徒達によって再び教室が騒がしくなった。

そんなうるさい場所から早く出て静かで落ち着ける化学室に行こうと荷物をまとめ椅子から立ち上がった時、教卓の上から声をかけられた。

すぐにでも化学室に行きたいと逸る気持ちを抑えて、教卓の方に目を向けると短い黒髪をワックスで後ろに流し、魚の柄が入ったネクタイと釣り竿の形をしたネクタイピンを付けたスーツ姿の男性が立っていた。

俺のクラスの担任を務めている中川大輝先生だ。

珍しく中川先生が俺に声をかけてきたようだ。

ここで逃げてもこのイベントが明日に伸びるだけだと思い、重い足取りで教卓まで行くと、「話があるからついてこい』と生徒指導室に案内された。 


 始めて入ったが生徒指導室は普通の教室の半分ぐらいの大きさしかなく、置いてあるものも教室の中心に大きな机と椅子が計四つ、二つずつ向かい合っておいてあるだけの簡易的すぎる教室だった。

 あれ? 俺なんかした?

 俺に話があるなら教室ですればいいじゃん、なんでわざわざ生徒指導室なんて他に誰も来ない場所に連れこまれたんだ?


 まさか中川先生、俺の処女を狙って……………

 いやいやいや、流石にない………のか? 

 中川先生は見たところ三十半ば、まだまだ現役のはず。

 しかも、近年の日本は性の自由化が指数関数的に進んでいる。

 可能性としてはゼロではないのでは?

 落ち着け、朱染あさひ。俺は慎重な男だ。

この先何が起きるかを前もって予測し、最適な未来を手に入れるんだ!

この後、何が起こるかなんて想像するに容易い。


「そろそろ、素直になれよ、まぁプライドの高いやつは嫌いじゃないけどな。」

 「そ、そこは、あっ、だめ、声が、声が聞こえちゃう」

 「仕方ねぇやつだな、これで満足か」

 「へ、ふぇぇ〜、き、き、きすなんて」

 「これなら声は出ないだろ。まったく要求の多いやつだぜ」

 「そんなことない、あっ、そ、そこは、そこはだめぇ〜」

 「ここか? ここがいいのかぁ?初めてのくせに敏感な奴だなぁ」

 「ら、らめぇ~~っ、そんなに奥までいれちゃらめぇなぁのぉ~~~~」

 ……………………………………………………………………

 いや無いな。確か先生は結婚していたはずだ。

万が一にも先生が両刀使いの可能性はあるが、流石に結婚してる身で校内で生徒に手を出すことはないだろう…………というか、そう信じたい。

これから宝生先輩と甘々な青春を送ろうとしているのにここでメインヒロイン登場とかシャレにならない。

そんなありもしない妄想から意識を取り戻し、周りを見渡してみるとすでに中川先生は俺と向き合う位置の椅子に座っていて、早く座れという視線を俺に向けていた。

俺どれくらいの時間妄想の中にいたんだろ、声とか出てなかったよな。流石に聞かれてたらいろんな意味でヤバすぎる。

胸の中にもともとあった不安と新しくできた不安が混ざり、化学反応することで爆発的に俺の心をかき乱してきた。土下座一つで許してくれるなら全然しちゃうレベルで悪い予感をビンビン感じた。

要するにめちゃくちゃ帰りたかった。

だが、そんなことを考えても死刑宣告をされるのが遅くなるだけだ。

俺はMじゃない、Nつまりノーマルだ、じらしプレイなんてお呼びじゃない。

だから、迷いなく一歩を踏み出し、中川先生の正面の椅子に座った。

背筋を伸ばして顔は前を向け、手は軽く握った状態で膝の上、俺の思い描く紳士像を完璧に再現した。

すると、中川先生は俺の顔をしゃぶりつくような目で凝視してきた。

まさか、さっきの妄想‟中×あさ”が実現!

そんな一部のお姉さま方に絶大な需要がありそうな妄想を繰り広げていると、中川先生はゆっくりとそれでいて長くため息をすると一気に緊張感が跳ね上がるような声で話しかけてきた。


「我が校は公立高校、それ故に予算のことで毎年頭を悩ましている。そのことは知っていたか?」

「は、はい。詳しくは知りませんがそうなんだろうな〜程度には」

「そうか、なら話は早いな。ウチには十分な予算がない、しかも近年の少子化の影響で元々少なかった予算がさらに削られている」

「そうなんですか。………え? なんで俺にそれを伝えるんですか?予算を決めるのって生徒会とか教員陣ですよね?」

「あぁ、確かに予算案を考えるのが生徒会でそれを決定するのか教員だが、お前にも無関係じゃないんだ」

「え? 俺、ただの生徒ですよ。予算に関わる権限なんて持ってませんよ」


 中川先生は肘を机の上に置き、重ねた手の上に顎を置いて、いかにもこれから本題に入りますという雰囲気を醸し出してきた。

 俺が予算に関わっている?

予算っていうのは1年間の収入と支出の予定みたいなものだ。

俺に学校からお金が支払われている? …………いや無いな。お金を貰った記憶がない。

 なら、俺が所属している団体にお金が支払われているのか…………

 はっ!ヤバイ、それはヤバイ。聞きたく無い、耳を塞げ、黙秘権を行使するのだ。


「何言ってるんだ、お前は化学部に所属してるじゃ無いか。」


 間に合わなかった。ガッツリ聞こえてしまった。

 まぁ薄々は気付いてたよ。

 俺自身になんの心当たりがないってことは俺と密接の関わっている人が原因だと考えるのは普通だろ。


「お前の所属している化学部は毎年予算会議の時に問題視されてたんだ、ただ対処するのがめんど……いや、対処するためのいい案が浮かばず放置していたんだ。」

「いや、俺たちしっかり活動してますよ、活動結果を化学部の廊下に掲示してるじゃないですか!」


 俺は思ってもみないことを真剣な眼差しで言うことに成功した。

 あれ? もしかして俺って演技の才能あるんじゃね?

 そんな俺の渾身の演技をものともせず、中川先生は全てを知っているような口ぶりで続けた。


「そうか、ならお前達なんで化学実験室に行かないんだ?」


あっ、終わった。すべて筒抜けだわ。

「まぁ学校のスローガンとして生徒の自主性をうたっているからな、いきなり廃部なんてことにはしない。来月末にある文化祭で自分たちの活動成果を発表し、俺たち教員が納得するような結果を出せ」

「いい成績って具体的にはどうすればいいんですか?」

「来月末に行われる文化祭、通称はばたき祭で来場者人気投票の部活動部門で一位をとれ、そうすればいったんこの話は白紙に戻す」

「いったん……ですか。はい、わかりました」


 俺は椅子から立ち上がりこの話し合いが始まった直後から聞きたかった質問を目の前の人物にぶつけた。


「なんで、この話を部長の宝生先輩ではなく俺に言うんですか?」

「あいつには昨日放課後、生徒指導室に来るように言ったが、…………逃げやがった!」

「そうだったんですか。では、失礼しました」


 そういって、いつもより深く頭を下げた。

 やばい、なんか笑いが止まらないわ。

 確かにさっきラブコメの神様にお願いしたの俺だけどさ、もうちょっと空気を読んでくれよ!

文化祭の人気投票で一位をとれ? なにそれどんな無理ゲーですか?


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