5.女子の言う可愛いは信用できないが自画自賛する場合は例外か? 

5、女子の言う可愛いは信用できないが自画自賛する場合は例外か? 


 宝生先輩と初めての下校デートをした翌日の放課後、俺こと朱染旭はまたしても化学室で佐倉美玖と二人っきりという状況にいた。

 でも、今日の俺は違う。

昨日あれだけ宝生先輩と二人で話すことができたのだ、いまの俺なら女子と二人でもテンパったりせず話すことができるだろう。

そもそもテンパった行動をしてしまう原因は焦りや不安なのだから、いまの大人の余裕を身に着けた俺がテンパるわけがない。

 ふぅ、これでまた一段俺の男としての魅力が上がってしまったぜ。


「なに決め顔でずっと私のことを見てるんですか!先輩。気持ち悪いですよ」


 俺が自分の内面の成長に自画自賛していると俺の向かいに座っている元妖精、現在自称ご主人様が俺に向かって満面の笑みを浮かべながら流れるように毒をはいてきた。


「ひどいな! 佐倉さん。一回本性表してから、俺に対して本性全く隠さなくなったよね!ほかに人がいるときは前みたいに可愛く『あさひさん!』って呼んでくれるのに!」

「は? なんで、先輩と一緒にいる時にわざわざ可愛いを演じなきゃいけないんですか?    もう本性が知られてるのにしませんよ、めんどくさすぎます。『あさひさん』って呼んでほしい? おこがましいですよ、私に名前を呼んでほしいならしかるべき成果を出してください」

「あれ?そういえばそもそもの話、なんで俺に本性を見してくれたの? もしかして俺のこと気になってたり…………」

「そんなことあるわけないじゃないですか。今日の朝、顔を洗うとき自分の顔を鏡で見なかったんですか?」

「うぐっ! …………ならなんで俺には本性を見せたんだよ! 俺が佐倉さんの本性を学校中の人に広めちゃう可能性だってあったのに!」


 俺が先輩感ゼロで語気を強めに言うと佐倉さんは不意に立ち上がり満面の笑みを向けてきた。

 その後俺の驚き顔を見て小さく嘲笑し、手を腰に当て、無い胸を張って世界中の女子が最も言うことをためらうであろう言葉をしたり顔で発した。


「私は可愛いんです」


「私は自分が可愛いことを知っています。私が頼めば男子は嫌な顔一つ見せずにお願いを聞いてくれます。女子には少し妬まれることはありますがそれはこの外用フェイスで話しかければ何とかなります……あは! 私の人生イージーモード!」

「ずいぶん傲慢だな、佐倉さんが可愛いことは認めるが今の発言をしてる姿はこれっぽっちも可愛げがないぞ」

「当り前じゃないですか、私が先輩に可愛げを見せる意味がないですからね。」

「ぐは! ………」

「それで話を戻しますと私は可愛いんです。だから、いくら先輩が私の本性を学校中に広めようとしても誰も信じてくれませんよ。フツメンで人気もないあさひさんの意見より可愛くて人気のある私の意見を聞くに決まってるじゃないですか」

「今の佐倉さんの言動を動画にとって証拠にすればさすがにみんなも俺の方を信じてくれるんじゃないかな」

「いいですよ、私を動画に取っても。ただし、動画を撮った瞬間あさひさんは学校中から変態キス魔男のレッテルを張られることになるでしょうけどね」

「わ、忘れてた……………でも、その写真は俺が佐倉さんの奴隷兼主人公になるための保険だろ。今回のことには関係ない」

「その言葉、言ってて苦しくないんですか? 私は手持ちの使えるものは何でも使いますよ。使えるなら他のことのためにも使う、私ってリサイクル精神旺盛のエコガールなんですよ」


 思ってもみないことを言っているのに何故こんなに屈託のない笑顔を出来るのか不思議でならない。

 俺の『もしかしたら佐倉さん俺のこと好きかも』という妄想は佐倉さんの口撃によって瞬時に粉砕され、その口から続けて自分で自分のことを可愛いと発言が出てきたのには驚かされた。

ここまで自分のことを正確に分析して、それをはっきりと口に出せる女子は、昨今飽食時代に入りつつある二次元業界にだってなかなかいないだろう。


「ま、あさひさんで遊ぶのはこれくらいにしておこうかな、これ以上遊んでるといつまで経っても本題に入れなくなりそうですし」

「本題?」

「そう、本題つまり昨日の雪先輩との下校デートのことです」

「デ、デート! いやいや、あれはただ単に一緒に帰っただけでデートなんて高尚な儀式ではないよ、…………ない、よね?」

「は? 何言ってるんですか。男子と女子が一緒に下校したらそれは確実にデートですよ!なんでそこまでデートを神聖視してるんですか、昨日先輩は雪先輩とデートしたんですよ!」

「デート、デートしたんだ、俺、宝生先輩と」

「そうですよ!いい加減認めてください。話が一向に前に進まないですから。」

「そうだよね、昨日俺は、…………あれ? もしかして昨日の別れ際駅前で言った言葉って……………は、恥ずかしぃぃぃ~」


 俺は自分の顔を見られないため、自分の世界に閉じこもるため膝を抱えて丸まり顔を伏せてアルマジロポーズに変形し自分の身を外敵から守ろうとした。

 昨日の別れ際駅前で言った言葉、あれって普通の人目線で解釈すると愛の告白になるんじゃね。

あの時は無我夢中だったから恥ずかしいなんて感じなかったけど、俺めちゃくちゃ恥ずかしい発言してるじゃん。


「何か面白そうなことがあった気配がしますね。何を隠してるんですか? 先輩。怒らないので正直に言ってください」


 俺は外敵から身を守るため完全防御ポーズをとっていたのだが、その努力はむなしく外敵の高圧的な一言で俺の防御はこじ開けられた。


「べ、別に怒られるようなことはしてない! た、ただ少し昨日の自分の行動を思い返して死にたくなってただけだ!」

「へ~なら早く教えてくださいよ、昨日何があったのか。それとも、私をじらして怒らせてご褒美という名の調教をしてほしいんですか?ホント先輩ったらドMなんですからぁ~」

「ドMじゃないわ。俺はN、ノーマルだ!」

「へー、そうなんですか、そこはどうでもいいのではやく昨日の下校デートの話の続きをしてください」


 自分から俺のことを勝手にドMしといて、俺の反応には興味なしかよ。自己中過ぎるだろ、この女。 


「昨日は佐倉さんと別れた後、普通に帰ったよ、宝生先輩と話しながら。初めは沈黙が続いたけど徐々に話しするようになったかな」

「へー、それで!さっき先輩が言ってた恥ずかしいことって何ですか?」

「……え~と、それは…………」

「もったいぶってないで早く教えてくださいよ。早くしないと雪先輩来ちゃいますよ!…………まぁ私としては別に雪先輩から何があったか聞いてもいいんですけどねぇ~」

「あぁ~~、もう言うよ言っちゃうよ!俺は昨日、宝生先輩をこれから毎日一緒に下校しようって誘い、OKの返事をもらいました、まる」


 五感のうち人間が最も情報収集の時依存している視覚をシャットアウトし、一時的に思考を低下させた状態で勢いよく佐倉さんに昨日の出来事をぶつけた。

 何秒経っただろうか?無機質な時計の音が心をかき乱す。

 流石に反応がないことを不審に思い、ちらっと左目を少しだけ開けて、自分の前をうっすら伺ってみる。

 そこには驚きの事実であっけに取られている金髪美少女がいた。

 美少女って呆れた顔でも可愛いんだなっとどうでもいいことに感心していると今まで時間が止まっているのかと思うぐらい微動だにしなかった金髪美女もとい佐倉さんが唐突に長い溜息をし、俺に向かって残念な人を見るような目線を向けてきた。


「……あのですね、先輩? ……その発言のどこが恥ずかしいんですか?」

「え? いや、だって………俺、宝生先輩をその~………げ、下校デートに誘ったんだよ! しかも毎日! これって毎日あなたと一緒にいたいですってことじゃん…………ってことはつまり…………それって愛の告白みたいなものじゃん」

「はぁ? ………何言ってるんですか。」


 佐倉さんは再び椅子に座り、足を組み上履きで床をたたきリズミカルな音を奏でながら、まるで幼い子供を諭すような口ぶりで続けた。


「いままでだって先輩は雪先輩と二人っきりでいたじゃないですか、この化学室に。なのにどうしてそんなに恥ずかしがっているんですか?」

「………だって、下校ってことは外だよ。化学室なら誰にも見られないけど下校中は違う、どこで誰に見られてるか分からない。………誰かに見られるのはやっぱり恥ずかしい」

「はぁ~、先輩? それは自意識過剰ってやつですよ。先輩が思ってるほど周りの人は先輩を見てませんよ。通りすがりの人が興味をもって見てくるなんて有名人にでもなったつもりですか?」


 慈愛に満ちた優しい口調で話してるくせにところどころに毒が混ざってるぞ。この女、俺を諭したいのか、傷つけたいのかはっきりしろよ!

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