幕間~宝生雪の憂鬱その2

朱染君のことは憎からず思っている。

でも私はわたしが大嫌いだ。

私なんか一緒にいては朱染君に迷惑が掛かってしまう。

私は人見知りな性格のせいでいろいろよくない噂が流れている、

私と一緒にいては朱染君までよくない噂の餌食になり傷ついてしまうだろう。

何より、私はダメな女だ。

考えが甘く、人とまともに話せない。

少し仲良くなって話せるようになっていくとたちまち高慢で偉ぶっている嫌な女になってしまう。


私は朱染君一緒にいるべきじゃない、朱染君は少し変態なところと私と同じ人見知りなところはあるがいたって普通の男子高校生だ。

私から離れ、佐倉さんのような普通な女子高生と一緒にいたほうが彼は幸せになれるだろう。何故化学部に入ってくれたかは分からない、でも、本当に朱染君のことの幸せを考えるなら私から遠ざけたほうがいい。

そう思った。何度も何度もそう思った。

しかし、一回たりとも朱染君を拒むことができなかった。

朱染君を自分から遠ざけようとするたび、胸がチクチクし唇が重くなり言おうとした言葉が言えなくなった。

言いたいことを伝えるのに緊張してしまういつもの初対面の人と話すときの人見知りとは全く違う言いたいことを伝えるのが嫌になるのだ。

頭では伝えなくちゃいけないと思っているのだが頭以外のすべてが朱染君に別れを切り出すのを拒んでいるのだ。

 正直な話、化学部が廃部になってしまっても別にいいと思った。

先輩から受け継いだこの場所を失ってしまうのは申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、自分から別れを切り出せないなら学校に、自分以外の誰かに自分たちの縁を切ってもらいたかった。

 でも、そんなことを考えているにもかかわらず、朱染君の新入生歓迎案にはすべて協力したし、新入生が入部してくれないことに焦りも感じていた。

朱染君と話し遊べるこの空間が壊れてしまうことを心の底から恐れた。

 頭では一緒にいてはいけないと思いながら、心では一緒にいたいと望んでいる。

 こんな気持ちをなんていうのだろう。独占欲?それともただのエゴだろうか?

 どっちもしっくりこない。

本当はわかっている、この気持ちの正体を。

本当は朱染君のことが…………………………好きだってことを。

新入部員勧誘に絶望していた時に入部してくれた人、私をよくない噂を聞いているはずなのに私に対しても普段通り接してくれる人、自分までも噂の餌食になるかもしれないのにいつも一緒にいてくれる人、私に対して一点の曇りもないまぶしいまでの笑顔を向けてくれる人、苦しい時も楽しい時もいつもそばにいてくれる人。

 そんな人のことをいつの間にか好きになってしまったということはわかっている。

 でも、私はわたしが嫌いだ。

私自身のことさえ好きになれない私が他の誰かを好きになるなんておかしな話だ。

違和感を覚える、やってはいけないことをしている気になる。

 朱染君への恋心を心ではわかっていても頭で理解することはできないし、してはいけないと思っている。 

だから、朱染君に一緒に下校しようと言われた時、私の内側は激しく乱れた。

恥ずかしさ、罪悪感、嬉しさ、そしてそれに対する自分への嫌気、これらの感情が私の奥底から一気に噴き出してきて私の内部はぐちゃぐちゃに乱れ、すぐに返事をしてあげることが出来なかった。

そんな沈黙をどう思ったのか朱染君は佐倉さんも一緒に下校しようと誘っていた、それを聞いた時安堵した。自分の内部の混沌とした状態から抜け出せると思い安心した。

でも心の奥底、意識しなければ気付かないような深いところに残念に思う自分がいた、一緒に帰りたいと願ってしまう自分がいた。本当に嫌になる。

佐倉さんは用事があるとのことで結局二人で下校することになり、また、頭と心が混沌に飲み込まれてしまった。

下校中はうまく話せなかった。朱染君が会話を盛り上げようと色々話を振ってくれたが、頭の中が色々な感情で埋め尽くされていて話の内容が全く入ってこず、心無い返事しか出来なかった。

そんな自分に嫌気を感じている時、朱染君が猫の話、正確には私がつけてる猫のストラップの話を振ってきた。

少し前までは沈黙にならないようにするための当たり障りのない内容だったのにいきなり私に直接関わる質問が来たので驚いて大きなリアクションを取ってしまった。

でも、そのおかげで少しだけ頭の中のモヤが晴れた気がした。

 猫の話題を話しているときは驚きと同志を見つけた喜びで舞い上がってしまったがその後は普段と同じように話せたと思う、朱染君と話せば話すほど頭になかのモヤが晴れていく気がした。

 朱染君と関わるかどうか考えることで頭にモヤがかかっていたのに朱染君と関われば関わるほどモヤが消えていく気がした。

 そして、せんげん台駅に着いたとき朱染君から衝撃的な言葉が発せられた。


「明日も一緒に帰りませんか!? 二人で。」


 この言葉を聞いたとき、一瞬思考が停止して何を言っているのかわからなかった。

だが、徐々に意味を理解し始めて初めに湧いてきた感情は「嬉しい」だった。

この時は何故か罪悪感や自己嫌悪は湧いてこなかった。嬉しだと少しばかりの恥ずかしさが湧いてくるだけだった。

 恥ずかしかったが一番初めに湧いてきた感情が「嬉しい」では答えは決まっているだろう。

すぐに快諾するのは何か軽い気がしたので少しばかり抵抗してから朱染君の提案を受け入れた。

 それから一緒に改札をくぐり、別々のホームに向かった。ホームへつながる階段を下っているときちょうど私が乗る電車が駅に入ってきた。

時間が経つにつれて頭が冷静になり状況をはっきり理解できるようになり、理解にするにつれて自分の頬の朱色が徐々に濃く、ほんのり熱を帯びていくのを感じる。朱染君のいるホームと私がいるホームは隣り合っている。

こんな顔を朱染君には見せたくないと思い、勢いよく階段を駆け下りちょうどホームについた電車に乗り込んだ。

電車の中、一人で考える。

どうして私は朱染君の下校デートのお誘いを断れなかったのかを。

理由は簡単嬉しかったからだ。

なら、何故あの瞬間罪悪感や自己嫌悪が浮かんでこなかったのか。あれだけ朱染君から離れたほうがいいと考えながら、何故あの時そのような気持ちが浮かんでこなかったのか。

考えても、考えても答えは出ない。

当然だ、すでに答えは出ているのだから、出ている答えを見て見ぬふりをして何故と悩んでいるのだから。

 私は朱染君に幸せになってほしい。

人付き合いが苦手でこんなめんどくさい私にすら笑顔を向けてくれるのだ、幸せになるべきだと思う。

 朱染君の幸せに私は必要ない、私が近くにいると朱染君はかえって不幸になってしまう。

だから、私は朱染君の近くから離れたほうがいい。

わかっている、わかっているのだが離れたくない、一緒にいたい。

 私はわたしが分からない。

 そんなことを考えている間に電車は目的の駅についていた。電車を降り、家までの道を歩きながら考える。決して答えの出ない疑問を考え続けた。

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