4.女子と二人で下校ってハードル高いよな

4、女子と二人で下校ってハードル高いよな


春日部北高校から最寄駅のせんげん台駅は徒歩で十五分程度、近くもなく遠くもないいたって平均的な距離のはずだが今はせんげん台駅がはるか彼方にあるように思える。

 その理由はいたって簡単、沈黙、その一言に限る。

佐倉さんと二人で話した時もそうだがやはり俺は女子と二人になると今まで以上にコミ障を発揮するみたいだ。ただこの沈黙は何も俺のコミ障が原因のすべてを占めているわけではない。


「明日は結構激しい雨が降るらしいですよ、宝生先輩。いやですよね、雨。登校中靴濡れるし、何よりなぜか気分まで陰鬱としてきませんか?」

「……そうね」

「お、俺明日体育あるんですよ。晴れだと野球なんですけど雨だとマット運動なんですよ。俺、マット運動苦手で、むずくないですか? 宝生先輩得意ですか? マット運動」

「……いいえ」


 この沈黙のもう一つの原因はこの宝生先輩の態度だ。

先ほどから俺の言葉を聞いているのか不安になるレベルの返事しか返ってこない。「ええ。」や「そう。」ばかりだ。

 しかも、顔をうつむけているせいでみずみずしく艶めいた黒髪で顔が隠れてしまい表情が分からない。

 ここまでくるともしかして俺と一緒に下校するのが嫌だったのではないかと思えてくる。まあ面白いことを言えていない自覚はあるけどさ。

 どうしたら言葉のキャッチボールをすることができるんだ? 

さっきから宝生先輩キャッチャー俺ピッチャーでみたいになってるんだけど、俺は投間●矢じゃないんだよ。

ここまで無関心な態度をとられると心が崩壊しそうになるわ。

 いったん冷静になろう。

俺は事前に女子と二人で会話するときのコツをネットで調べて紙にメモにしたんだった。

 宝生先輩にばれないようにできるだけ自然な振る舞いでポケットの中のカンニングペーパーに目を通す。

 

その一、女性は共感を大切にします。女性が何か言ったら「それは大変だったね。」などの共感を伝えましょう。


 ……いや、共感するっていうかそもそも女性のほうが何にも話してくれないのですが、こういう場合はどうすればいいんですかね! グーグル先生!

 心の中でグーグル先生に問いただしても当然答えが返ってくるはずもない。

 待て待て、なにもメモしたのはこれ一つではない。次だ、次。


その二、ゆっくりと落ち着いた声で話す。 緊張していると話すスピードが早くなりがち!ゆっくり話すことで自分だけでなく相手の緊張も和らげることもできます。


 つまり、大人の余裕ってやつをチラ見せしながら話せばいいんだな。

話すスピードはゆっくりで一言一言をしっかりと言うイメージで声は低めに話しなさいってことだな。それならこんな感じだろ。


「宝生先輩、最近春のわりに寒くないですか?今日なんて最高気温12度ですよ。本当に地球は温暖化してるのか? って疑問になってきませんか?」

「……そうね」


 ……いや、ダメじゃん。まあ俺の話のチョイスが悪かったのは認めるけどさ、さっきから宝生先輩の態度なんも変わってないんだけど、俺の問いかけに無関心を貫いてるんだけど。

いや待て待て、俺は会話のコツを3つメモしたんだ。

最後の一つのアドバイスがこの沈黙という名の暗黒世界を切り割いて会話という平和な世界をもたらしてくれると信じようではないか。


その三、女性の小さな変化を褒める。女性はただ可愛いといわれるより具体的な理由を挙げられてから可愛いといわれたほうが喜びます。女性のちょっとした変化に気づき肯定的に伝えてみましょう。


 ふむふむ、まずは宝生先輩のちょっとした変化を見つけなければいけないのか。

これはなかなか難問だな。とりあえず、上から宝生先輩に気持ち悪がられない範囲で調べてみよう。

 まずは、髪。髪型はいつもと変わらずストレートロングの黒髪を結ったりまとめたりしていない。シャンプー変えた? と言う選択肢もあるが実際変えたかわからないうえに何だか気持ち悪い気がする。

次は肌。いつも通り透き通ったように美白肌だ。化粧はおそらくしてないだろうから変えるとなると化粧水とか乳液だろうがそんな違いわかるわけない! シャンプー以上の難易度だぞ!

次は胸……はやめておこう、流石にやばい。次は指。次は服装。次は靴。次は……

全然ないんだけど! てか服装と靴を学校指定に指定されてるこの状況で男子が気付けるような変化って無いと言っても過言では無いレベルじゃね。

そこでふと宝生先輩のリュックサックに違和感を感じる。

リュックサック自体はいつもと変わらないものなのだがファスナーに今まで見たことのないなにかがぶら下がっている。


「あれ?宝生先輩」

「……なによ」

「可愛いですね、そのキーホルダー。猫ですかしかもぶさかわ、癒されますよね」

「ッ! ………好きのよ、猫」

宝生先輩は顔を少し赤らめ、これまでの返事よりも少し感情を込めて返してきた。

「いいですよね、猫。実は俺、家で猫飼ってるんですよ」

「本当に!」


今度はこっちに顔を向けて興奮した様子で返してきた。てか、顔が近い近い。

勢い余って危うくキスしかけるところだったぞ。目をキラキラさせちゃって、どんだけ猫好きなんだよ、この人。


「本当ですよ。しかも二匹飼ってます。俺が生まれたのと同時にウチに来たみたいですからもう結構な老猫ですけどね」

「二匹も。どんな! どんな猫を飼ってるの!」

「詳しい種類とかは知らないんですが、一匹はベンガルみたいな茶色と黒の縞々って感じですかね、もう一匹は黒色の毛にポツポツと白色の毛が生えてるって感じ、パンダの色逆って感じですかね」

「いいわね、猫を飼ってるってことは家に帰れば猫をもふり放題ってことよね!」

「もふり放題って、宝生先輩本当に猫好きなんですね」

「ヘッ!」


 俺の言葉を聞いて、ようやく正気に戻ったのか宝生先輩は顔をみるみるうちに朱色に染まりうつむいてしまった。

 しかし、俺はこんなことではあきらめない。

一度つかんだ会話のチャンスをみすみす逃がしてたまるか!


「宝生先輩の家ではペットを飼ってないんですか?」

「……えぇ、何も飼ってないわ」


 先ほどより声が小さく、答えるまでの間が開いてしまったがそれでも「えぇ」などではなくしっかりとした言葉を返してくれた。


「そうなんですか。ペット飼うのって結構大変ですからね。猫の世話をほとんど母親にやってもらってる俺が言っても説得力ないですけどね」

「……もっとその話を聞かせて、朱染君の家の猫の話」

「はい、もちろんです。」


 うれしさのあまり、心なしか声が大きくなってしまったが関係ない。ようやく宝生先輩と普通に会話ができるようになったのだ。

ありがとうございますグーグル先生、今後絶対の忠誠をあなたに。

 街灯に照らされることによって新たな魅力を引き出された桜が立ち並ぶ川沿いの道を通り抜け念仏橋を渡り少し大きめな道に出ると、道路の両端に立ち並ぶラーメン屋や居酒屋などから発せられる光とその店のお客から発せられる音によって目と耳を刺激される。

少し歩いただけで活気があるのが分かるほどだ。

その活気になかを俺と宝生先輩は二人で歩いている。

大きく盛り上がることもなく、かといって無言の時間が続くこともなく二人のペースで歩いていく。

少し前まで彼方に思っていた駅にもうすぐ着いてしまう。

早い早すぎるよ。 

まだ話したい事、聞きたい事いっぱいあるのに、二人だけで話したいことがいっぱいあるのに。


「もう駅ね。今日は朱染君と話せて楽しかったわ。去年までは二人だけで話すこともほとんどなかったし、先輩がいなくなった後は新入生歓迎で忙しかったからあまりこういったたわいのない話をする機会がなかったから」

「………そうですね」

「佐倉さんが入ってようやく廃部の危機から逃れたことだしこれからは去年みたいに部室でトランプやボードゲームをしながらたわいもない話をたくさんしましょう」


そういって宝生先輩はにっこりと笑いかけてくれた。

下校の序盤から考えると大きな進歩だ……でも、でも! まだ話したいことがたくさんある。

これっきりなんて嫌だ。

そんな考えに頭が侵食されていて恥ずかしいという考えが思い至らなかったおかげかつぎの言葉が自然と出た。

本来なら勇気を振り絞らなければ言えないセリフがまるで朝、家族に挨拶をするかのような自然さで俺の口から発せられた。



「宝生先輩!明日も一緒に帰りませんか!? 二人で」


 数秒たってようやく自分がなにか言葉を発したことに気が付いた。

そしてそこから再び数秒かけてようやく自分が発した言葉の意味を理解した。俺は宝生先輩を下校デートに誘ったんだ、しかも毎日。 

 宝生先輩のほうを見ると彼女も俺の発言の意味を理解するのに時間がかかっているようだ。 

 ヤバい。自分が言った言葉の意味を理解してから胸の高鳴りが止まらない。

心臓の鼓動がどんどん早くなっているのを感じる。体の中にある内臓という内臓すべてが徐々に上昇しているような感覚がする。このまま上昇を続けると口から内臓が飛び出してしまいそうだ。

顔がどんどん熱くなるのも感じる、というか全身が熱い。熱い熱すぎてかゆくなってきた。


「朱染君、それは私と一緒に下校したいってこと? 私と二人で学校から駅までの道を歩きたいってこと?」


 宝生先輩が言葉を発した瞬間、全身の筋肉が一瞬痙攣をおこし、鼓動の上昇が指数関数的に急激に伸び、もういっそ燃え盛っているのではないかと感じるぐらい全身が熱くなる。


「そうです!」


 しかし、何とかはっきりとした声で返事をすることができた。ここは虚勢を張るところだ。内心どんなに宝生先輩の返事にビビっていてもそれを悟らせてはいけない。毅然とした態度を保たなければいけない。


「そうなんだ……私、今年受験だから放課後、特別授業とか進路ガイダンスとかでなかなか学校からなかなか帰れないときあるよ?」


 もはや鼓動の上昇に耐えられなくなり心臓がはじけ飛び、全身に燃え盛っていた炎によって体中の水分が蒸発した……ような気がした。

 それでもまだ口は動く。

なら精一杯虚勢を張ろう。

もうすでに恥ずかしいと感じる器官は全身の熱で焼け焦げている。

だから、どんなことでも毅然とした態度で言える。


「別に構いません。いつまででも宝生先輩を待ち続けます。たとえ、下校時間が過ぎて俺だけ学校から締め出されても校門の前でいつまでも待ち続けます。俺は今どんなことよりも宝生先輩と一緒にいたい」

「ッッ! ……それなら一緒に帰りましょうか、明日からも」


 そう言うと宝生先輩は顔全体を朱色に染めてうつむいてしまった。

しかし、うつむきながらも目線だけは俺のほうを見ていた。

いわゆる上目遣いを無意識にしている宝生先輩の目元にうっすらと涙がにじんでいるのに気が付いた。

 その瞬間先ほど損傷した臓器が回復し、体中に水分が戻り血液が再び流れ始める……ような気がした。

 宝生先輩も緊張していた、俺の発言に真摯に答えるために勇気を振り絞ってくれた、この事実だけで今までの苦労が帳消しになるのを感じる。

そしてこれからも勇気を振り絞ろうという元気が湧いてくる。

 やっぱり、俺は宝生雪先輩のことがどうしようもなく好きみたいだ。

 本当に困ったものである。


「はい! 明日からもよろしくお願いします、宝生先輩」

「えぇ、明日からもよろしく、朱染君」


 それから一緒に改札を通って駅構内に入り、乗る電車が違うので別々になった。

電車を待っている間、向かいのホームにいる宝生先輩と話すことはできなくても見つめ合うことならできると思っていたが、宝生先輩がホームに上がってくると同時に電車が来てしまい、線路越しに宝生先輩と見つめ合うというイベントを発生させることはできなかった。

 まぁ別にいい。明日から毎日、宝生先輩と下校デートできるのだから。


 春日部駅の周辺はせんげん台駅周辺に負けず劣らず活気だっている。

しかし、今の俺には居酒屋や焼肉屋から発せられる光もその店の客から発せられる音も入ってこない。

それよりも熱い何かが体の中にあるからだ

 いつもなら春日部駅から自宅までは自転車に乗って帰宅する。

でも今日は自転車を押して歩いて帰る。

春日部駅から自宅まで歩くと三十分ぐらいかかるが気にしない。

今自分の中にある絶えず熱を発する正体不明の何かを冷ましてなじませるには三十分じゃ足りないぐらいだ。

 活気だっている駅前大通りを抜けて川沿いの道を歩いていく。

今自分の中にいるものの正体を本能ではわかっているが頭で理解するのに時間がかかりそうだ、しかも一人でいくら悩んでも答えは見えてこない気がする。宝生先輩と一緒でなくちゃ見えてこない気がする。本当に厄介なものを抱えてしまった。


 「明日、宝生先輩と何話そうかな~?」


そんなことを考えながら街灯しかない川沿いの道をゆっくりゆっくり歩いていく。

自分がどれだけ大きな一歩を踏み出したか気づかないまま、朱染旭は一年の成し遂げられなかったことのスタートラインようやくに立った。


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