クローバーズ ヒル

御法川マドンナ

1話完結

そこはクローバーに覆われた緑の丘で、

一本の大きな木が天に向かって大きく枝葉を広げていました。

空気の中には金色の光の粒が無数にくるくると踊っていて、そよ風は緑のいい匂いを運んでいました。


木の周りには沢山の人たちが集まっていて、楽しそうにおしゃべりをしたり歌を歌ったりしています。 

子供たちは走り回って遊んだり木の枝に掛けたブランコを漕いだりしていました。


小さな女の子と戯れていたオレンジががった柴犬が、ユウくんに気が付いてお座りをすると、白い石に座っていた藤色の服を着た老婦人が立ち上がりました。


「ユウくん・・!」

声がユウくんのお母さんとそっくりでした。

小走りに近寄ってきてユウくんの小さな肩をそおっと抱くと、ユウくんの顔を大事そうに見つめて

「ユウくん、よく来たねぇ、覚えてるかい?おばあちゃんよ。」


ユウくんが幼稚園に上がる前に亡くなってしまった、おばあちゃんです。ユウくんのお母さんを産んだ人です。

ユウくんはちゃんと憶えていました。


お父さんのお盆休みに遊びに行ったときに、お砂糖をかけた甘いトマトを食べさせてくれた、一緒にお庭で花火をしてくれた、優しいおばあちゃんです。

おばあちゃんからは懐かしい静かな匂いがして、ユウくんは嬉しくなりました。


「よく来たねぇ。えらかったね、がんばったね。

おばあちゃん、なんにもしてあげられなかったけど、ここからいつだってユウくんを見守っていたんだよ。ほんとによくがんばった。えらかった!」


ユウくんは病気のことを思い出しました。


「ぼく、・・・がんばれなかった」


「がんばったさ! ユウくんはがんばって、がんばりきってここに来たんじゃないか。

そら、もう痛くないだろう?苦しくないだろう?」


「・・・・・ほんとだ・・!」

ユウくんはびっくりしました。

息が苦しくありません。

あまりに楽なので、息をしていることさえ忘れていたのです。


それに、なんということでしょう!

ユウくんは立っています。緑の丘を、クローバーの上を歩いています!

嬉しくて嬉しくて、叫びたいくらいです。


「ぼく、げんきになった。元気になれた!」

周りの人達が拍手をしてくれました。みんな笑顔です。

「お母さんとお父さんに教えたいよ!」


「今すぐは無理だなあ」

ギターを弾きながら歌っていたお兄さんが言いました。

「でも、必ずまた会えるよ。ここに来ない人はひとりもいないんだから。

 ここに来たら誰にだって会えるのさ。」


「そうだよ。」

と、女の子が犬を撫でながら言いました。

「私だって、コタロウにまた会えたもん。」


犬はおなかを見せてひっくり返り、全身を女の子に撫でてもらって満足そうでした。

おばあちゃんは微笑んでいます。

ここは再会の場所なのです。



お兄さんのギターから優しいメロディーが溢れて、丘の上を包みます。

「君は、君の好きなことをして待っていればいいのさ。

 僕は歌が好きだから歌っているよ。

 僕の恋人だったひとは、またここで会えたときには他の人の奥さんかもしれないけど、僕が音楽を続けていたと知ればきっと喜んでくれるよ。」


「私はレース編みが好きだから、編み物をしているわ」

おばあちゃんは編み棒と糸の玉の入った大きな籠を見せてくれました。

「ほら、あそこに立っている綺麗な娘さんのワンピース、私がレースで編んだのよ。

 とても似合っているでしょう?

ユウくんにはコットンのセーターを編んであげましょうね。」

「え~、いいよ。女みたいになっちゃうから」

「あら、ちゃんと男の子らしいのだって編めるわよ。

 どこへ行ったかしら、私が上着を編んであげた男の子。」

おばあちゃんは籠を木の下に置いたまま、上着を編んだ子を探しに行ってしまいました。



ユウくんは足踏みしました。 

ぴょんぴょんジャンプしてみました。

クローバーはふかふかしています。

呼吸は楽で、気分はとてもさわやかです。


「ぼくの好きなことって、何だろう?」

キラキラとした緑の梢を見上げたとき、背中にトン、と何かが当たりました。

びっくりして振り返ると、同い年位の男の子達立っていて、

真ん中の子はサッカーボールを持っています。

「なぁ、サッカーしようぜ」


サッカー。

サッカー!

ぼくはサッカーがしてみたかった。

元気になったら、お友達とサッカーがしたかった。





ユウくんは出来立てのお友達と一緒に丘を駆け下りて行きます。

丘の下には、サッカーにうってつけの広場があるのです。


丘の途中でおばあちゃんとすれ違いました。

おばあちゃんはユウくんが走っているのを見ると、「イエイ!」と叫びました。

ユウくんも「イエイ!」と叫び返しました。


おばあちゃんは、ユウくんのお父さんとお母さんに今のユウくんの姿を見せてあげたいと思いました。

今すぐに見せてあげられたらどんなにいいでしょう。

・・・けれど大丈夫、必ず見られます。

ここに来ない人はひとりもいないのですから。



ユウくんはクローバーの丘を鳥が滑空するようにぐんぐんと駆け下りて行きます。

丘は、光と歌と命で満ちています。

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