第18話 魔法合宿④
魔法合宿三日目の午前中は昨日の続きで、ひたすら自分たちが伸ばしたい魔法を放って魔力制御の精度を上げる練習だった。
昼食を食べて、もうひと頑張りするかと中庭に出てきたレージたちだったが、中庭にあった木偶の坊が片付けられていることに気がつく。
「午後は違うことをやろう。なんだと思う?」
オルンガの質問に全く検討もつかない。
「お昼寝ですね」
「ふむふむ、違う」
マリルの回答は即否定された。
一体なんのための合宿だと思っているのか。
「いつものパターンなら模擬戦だろ?」
「その通り。パターンとか言われるとちょっと心外だが……これから一対一の模擬戦を順番に行ってもらう」
レージは対人戦が初めてだった。
テルとは手合わせしたことがなく、素振りとか、的当てとか、全部独りでできる鍛錬しかしてこなかったからだ。
「ルールは簡単だ。風船を腰に括り付けて浮かせる。この風船を先に割った方が勝ちだ。これから君たちには特殊な防護障壁魔法を掛ける。そうすることで、低ランク魔法や威力の低い物理攻撃で怪我をしなくなるから、思う存分戦いなさい」
「全力を出してもいいのです?」
「あ、マリルは刃を返すようにね。さすがに君の剣技は貫通すると思うから」
目的は相手を倒すというよりは風船を割ることとなる。
ただ、相手を倒せば風船も割れるという脳筋発想をされると、怖い。マリルは本当にそう考えてそうで怖い。
「いちおう言っておくと、魔法合宿だから魔法を使うイメージを忘れないように。生死は掛けてないから、勝つことが全てだと思わないこと。じゃあまず、マリルとレージから」
「いきなりかー」
「手加減はしないのです」
レージとマリルが風船を括り付けてから前に出る。
模擬戦とはいえ、異様な緊張感がある。
「はじめっ!」
オルンガの言葉と共に、マリルが左手で刀を抜いた。
「覚悟するのです!」
前方に駆け出す、というよりも跳躍して距離を縮めてくる。
レージは弓を構えつつ、トンットンとバックステップをし、マリルの風船目掛けてシンプルに矢を放った。
恐らく避けられるだろうけど、距離を取るための牽制になると考えていた。
キンッ
マリルは避ける動作は一切せず、刀で矢を討ち落とした。そして、勢いを殺すことなく突っ込んでくる。
「マジで……」
矢とマリルは正面衝突をしたわけで、単純に止まって討ち落とすよりも難易度が格段に高い。
現実離れした動きに動揺しかけたレージだったが、ここが異世界であることを思い出し、常識をインプットし直す。
「えいっ」
次の矢をつがえる前にマリルが間合いに入り、刀を横薙ぎに一閃。
瞬時に弓で受けるも、受けきれずに後方へバランスを崩した。
刀の刃が返っていたから良かったものの、刃の方でまともに受けてたら弓ごと切られていただろう。
レージはバランスを崩しながらも次の一手を模索する。
矢筒から矢を取り出し、風魔法で鏃に膜を張り、スクリュー回転をかける。
そしてその矢を弓につがえることなく、マリルの風船に向かって手首のスナップを使って投擲した。
追撃の構えに入っていたマリルは面食らい、咄嗟に横に跳躍して避けた。
その間にレージはバックステップをして距離を取る。
「どんだけ身体能力高いんだよ」
「言い忘れてましたけど、わたしは駆けっこで負けたことないんです」
いや、身体能力の自慢として駆けっこって表現はどうなのよ。
などとツッコミを考えてる間に、マリルが低い姿勢となって突っ込んでくる気満々な雰囲気になる。
接近戦は覚悟しなければならない。それくらい速いし、相手から見えている以上は矢が当たらないと考えた方がいい。
それを念頭に、対処を考える。自分が勝てる方法を絞り出す。
再びマリルが前方に駆け出し、レージとの間合いを詰めてくる。
「ファイヤーボール!」
マリルが魔法を使って先手で牽制してくる。
「ウォーターボール!」
対抗となる同ランクの魔法を放って相殺するも、その飛沫を切り裂くようにマリルが突っ込んでくる。
マリルの間合いギリギリまで詰められたところで、
「アースウォール!」
レージは教科書に載っていた魔法を思い出して地面に手をつき、土魔法の土壁をコの字型に形成した。マリルの前と横の三方向を囲む形だ。
「こんな魔法、マジレボの前には無意味なのです!」
軽く横薙ぎするだけで土壁が粉々になる。
その瞬間、レージは取ったと思った。
「うわっと!」
マリルは放たれていた矢を上半身を捻って回避する。
パンッ!
マリルの頭部の後ろでふわふわ浮いている風船に矢が当たった。
「あー! 風船守らないといけないの忘れてたのです!」
「勝者、レージ!」
なんとか勝てた……。
時間にしたら割とすぐに決着がついたが、さっき食べた昼食が全部消化されたくらい疲れた。
マリルの身体能力と魔法無効の前に苦戦したものの、マリルが猪突猛進にただただ突っ込んできてくれたから勝てたようなものだ。
そしてなにより、この風船を割るというルールでなかったら勝てなかっただろう。
つまり、本当に生死を掛けて戦っていた場合、レージはいとも簡単に死んでいただろうと思う。
「レージ、やりますね。くやしいです! わたし、今までの魔法合宿の模擬戦で負けたことなかったのに」
「いや、本当に紙一重だったよ。一瞬だけでも死角を作れたら、なんとか五分五分くらいにできるかなって感覚だった」
むぅと悔しさを隠さないマリルの頭をポンポンと撫でる。
「レージ、素晴らしかったよ。特に最後のアースウォールの使い方が良かった。その後すぐに、矢に対して風魔法を使って投擲する判断の早さ。君はよく考えて戦っているのがよくわかる」
「ありがとうございます」
オルンガの講評に嬉しくなる。
「マリルはもう少し動き方を考えよう。速さにかまけて直線的な動きが多すぎる。それに苦手とはいえ魔法をもう少し有効的に使ってみよう。例えば、水魔法のボールレインで相手を撹乱して隙を作ったりね」
「はーい。くやしいです……」
マリルは心底悔しかったのか、ぶーたれた表情でぶつぶつくやしいですと呟いている。よほどの負けず嫌いなのだろう。
ボールレインは教科書に載っていた水のEランク魔法だ。複数の水の球体を相手の頭上に出現させ、順番に相手に当てる魔法だった。
なるほど、空中という三次元に注意を逸らすことで、マリルという一番速い本体を活かす戦法というわけだ。勉強になる。
「レージ! 次は負けないです! だからまたやりましょう!」
マリルがピシッとマジレボを突きつけてくる。
「断る」
もう、こんなチート級の存在とは戦いたくありません。
「なんでですかぁ!」
半泣きのマリルをよそに、『戦い』という現実世界では体験したことのなかった経験に、レージは少しだけ自信をつけられた気がした。
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