第19話 魔法合宿⑤
「次はフォルテとレージ。勝ち残りってことで」
今思いついたようにオルンガが言う。
正直、マリルとの戦いの疲れが結構ある。
とはいえ、全然動けないって感じでもないので、もうひと頑張りしようとレージは気合いを入れ直した。
「さっきは見事な戦いだったな。あのマリルに勝つとは恐れ入ったよ。俺も本気でいかせてもらうぜ」
「いやぁ、お手柔らかに」
両者が前に出て、風船をセットする。
「はじめっ!」
オルンガの合図でフォルテが両手を広げる。
「闇の天才の魔法カーニバルへようこそ!」
言葉のチョイスがなんかダサいんだよなフォルテは。
三枚目的なキャラは意図的に作ってるのか……?
くだらないことを考えつつ、弓を構える。
「まずは大地を揺るがす土魔法! アースシェイク!」
その技名はかっこいい!
と感動している暇はない。
その名の通り、地面を揺るがす魔法だろう。説明してから魔法を撃ってくれるため、予測を立てやすい。
レージは弓矢を構えたまま、姿勢を低くして地震に備える。
超局所的にレージの真下の地面だけ揺れ、突如として地面が浮き上がってきた。
レージとしても、沈下するか浮上するかのどちらかと予想していたため、この魔法を利用して高く跳躍する。
矢に風を纏わせて空中からフォルテの風船目掛けて放つ。
矢は重力の力も借りて超加速していく。
「華麗なる光魔法、レイ!」
突如、フォルテの頭上に光の球体が現れ、そこからビームのように閃光が放たれた。
その閃光は矢を消し炭にし、同時にレージの風船を襲う。
「バーストウィンド!」
レージは教科書に載っていた魔法を唱え、爆発的な風を自分の真横に発生させて空中で体勢を崩しながらもスライドする。
それによって、レイの閃光を避けることに成功するが、勢いが強すぎたために地上での着地に失敗する。
「ぐへっ」
体を打ち付けるように落ちたものの、すぐに両手両足でバランスを取り、立ち上がる。
「いてて、オルンガ先生の魔法がなかったら大怪我してたな」
「よく俺のレイを避けたな」
「まあ、勘に近いものがあったよ」
空中で無防備になるということは織り込み済みで、なにかあった時には無理やり避けようと決めていたからこその判断の早さだった。
間合いができたのはいいが、フォルテも遠距離タイプということを考えると決して良い状況ではない。
なにせ、フォルテはまだ一歩も動いていないのだ。
オルンガ先生はフォルテに対して身体能力を課題に挙げていた。
基本的に魔法でなんとかできてしまうが故なのだろうが、なんとかしてフォルテを動かすことができないだろうか。そこに突破口があるような気がする。
レージはフォルテの頭上に向けて手をかざす。
「ボールレイン!」
さっきオルンガが言っていた戦法を思い出す。
視線をバラけさせることで、隙が生まれるかもしれない。
水の球体がフォルテの頭上にいくつも出現し、次々へとフォルテを襲う。
フォルテはそれをひとつずつ魔法で撃ち落としていく。
マリルならこのタイミングで一気に近づけるだろう。しかし、レージにその速さはない。
「でも、これなら……!」
マリルよりも速いものがひとつだけある。
もちろん矢だ。
ボールレインを発動後、即座に矢に風を纏わせ、弓を構えた。
いい加減、この風を纏わせる魔法にも名前がほしい。
「ウィンドアロー!」
シンプル・イズ・ザ・ベスト。
マリルの魔法にインスパイアされた魔法だけど、徐々に慣れてきて矢に魔法を掛ける速度が上がってきた。たぶん威力も上がってきている。
その一直線に放たれた矢は、まだボールレインの対処をしているフォルテの風船を目掛けて飛んでいる。
「甘い! シャドウウォール!」
真っ黒で大きな壁が出現し、矢が飲み込まれる。
しかし、その瞬間レージの姿もフォルテからは見えなくなる。
「甘いのはお前だ!」
矢を放った直後に前方へ駆け出していたレージは、フォルテから死角となった瞬間に自身の後方にバーストウィンドを掛け、超加速でフォルテに接近していた。
ドクドクと出てくるアドレナリンによる高揚から語気を強めて、レージは叫びながら矢を投擲した。至近距離での投擲版ウィンドアローだ。
投げ出されてからコンマ数秒で風船の間近に迫る。
勝ったと思ったレージが本当に甘かった。
矢が刺さる直前、黒い闇が風船を覆い、矢を弾く結果となったのだ。
「レージ。これが魔力の違いだぜ」
あらかじめ風船には闇の障壁魔法が掛けられていて、危機の時に発動するようになっていたということだ。
しかも、レージの風魔法とフォルテの闇魔法がぶつかった結果、レージの風魔法が惨敗した形である。
「まだだ……!」
フォルテの至近距離にいるレージは、相手の腕を掴み、一本背負いをする。
高校の体育の授業で習った柔道だ。柔道部に比べたら下手くそではあるが、肉弾戦の苦手なフォルテが初めて体験する一本背負いに抵抗できるはずもなく、投げ飛ばされる。
そしてすぐに矢を取り出し、目の前でふわふわ浮いている風船に直接鏃を突き刺した。
パンッ!
パンッ!
ほぼ同時。
ふたつの風船の割れる音が、ちょっとだけずれて鳴り響いた。
「いてて……。ったくレージ、お前本当にすごいわ」
フォルテは受け身を取れず、もろに腰から落ちたため、腰をさすりながら立ち上がる。
「でも、俺の方が一枚上手だったな。距離が近いってのは俺にもアドバンテージがあるんだ」
「勝者、フォルテ!」
「マジかよ……」
オルンガの声に、自分が負けたことをレージは認識した。
レージには何があったのか全くわからなかった。
自分の矢の鏃が風船を刺すほんのわずかの差で、先に自分の風船を割られてしまったのだ。
「投げ飛ばされる直前にレージの影にシャドウニードルを発動したんだ。シャドウニードルは影が浮き上がって攻撃する魔法だ。それで、先に風船を割ったってわけよ」
「二人とも見事な戦いだった。レージは今回もよく考えて戦っていた。さっそくさっきマリルに言ったアドバイスを実践できていたな。それにフォルテが苦手な接近戦に持ち込むまでの工夫が良かった。ただ、はっきり言うが、フォルテは魔法のレベルが別格だ。最後はそこがはっきりと出てしまったな」
「はい、悔しいですが……。ありがとうございます」
フォルテの説明とオルンガの講評にレージはがっくりと肩を落とす。
悔しい! 悔しい! 悔しい! 悔しい!
負けることは本当に悔しい。
これまで、レージの人生は常勝の人生だった。
負けることが心底嫌だから、勝つことを続けてきた。
しかし、勝てない時があることも頭ではわかっているし、勝ちにこだわりすぎたから一度死んでしまったと理解している。
この敗北を客観的に捉えて、成長に繋げなければいけないと強く思っている。
「フォルテは様々な属性魔法を高いレベルで駆使できていた。戦いの中で使い分けができるというのは大切なことだ。苦手な接近戦のための奥の手も素晴らしかった。やはり魔導士になるべき逸材だな」
「いや、諜報部た――」
「魔導士になるべきだな。もっと体を鍛えるなら別だが」
遠回しだが、接近戦に課題があることを強く指摘してるんだろう。
それにしても――
「オルンが先生はなんであそこまでフォルテに魔導士を推すんだ?」
「先生は元魔導士隊の小隊長だったのです」
小声でマリルに質問したが、なるほどOBというわけだ。
魔導士協会は魔導士隊の天下り先なんだろうか。どうでもいいけど。
「さて、次はフォルテとマリルだ」
「げぇ」
「なんですか、げぇって」
フォルテはマリルと戦うのがよっぽど嫌なようだ。
渋々と前へでて、マリルと対峙する。
「はじめっ!」
「あーくそ、もうやるしかねぇ! 地獄の闇召喚魔法! スケルトンズ!」
フォルテが地面に手をつくと、地面が黒く染まり、そこから骸骨の剣士が複数体現れた。
それらがいっせいにマリルへ襲いかかる。
「あくまで魔法なのです」
マリルはそう言って次々と骸骨を斬り伏せ、粉々にしていく。
そして一気に間合いを詰める。
「アースウォール! からのレイ!」
さっきのレージの対マリル戦法に近い。
マリルの周りに死角を作り、壊したところをレイの光線が襲う。
しかし――
「アクアボール!」
咄嗟にマリルは水の塊を自身の頭上、つまりレイと風船を結ぶ線上に出現させ、光線を屈折させて凌いだ。
そして、間合いに入ったフォルテにみねうちをしてから風船を切った。
風船は破裂することもなく、スッと静かに真っ二つになって、遅れてゴムが縮まる音だけが木霊した。
「勝者、マリル!」
「やったー!」
「だから嫌なんだよ……っていうかみねうちする必要あったか?」
フォルテが患部をさすりながら、恨み節に言葉を投げる。
「念には念を、です」
「このやろ」
割とすぐに決着がついた形となったが、その中でもハイレベルだったと思う。
「フォルテの最初の魔法は闇B級の魔法で、簡単な魔法じゃない。それをいとも容易く斬り伏せたマリルはさすがだったな。そして負けた時と似たパターンだったが、マリルはうまく対応したな。光魔法の弱点を勉強していた証拠だ」
「同じ負け方をするのはバカのすることです」
「バカっぽいから同じ負け方すると思ったんだよなぁ」
「今度はみねうちじゃすまないですよ?」
マリルが刀に手を掛けるのと同時にフォルテは二歩三歩と後退してマリルと距離を取った。
怒られるのわかってるんだから言わなければいいのに。
「これで全員一勝一敗だ。有意義な模擬戦になったんじゃないか」
オルンガの言うとおり、有意義だったのは間違いない。自分の弱点はもちろんだが、強みも少しわかった気がする。
レージは初めて人との戦いであったため、手探りな部分もあった。
そういったちょっとした迷いとかがなくなることで、もっともっと強くなれるはず。
自分が同年代に対して、圧倒的な遅れがあるわけじゃないと認識できただけでも自信になったし、単純に強くなりたいと思った。
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