第13話 狩り
「狩りにいくぞ」
ジュウシを先頭に、テルとレージは後ろをついて行く。
テルは買ったばかりの槍を背負い、レージはもらったばかりの弓を背負っていた。
テル曰く、ジュウシはオーイツの古い知り合いらしい。
テルは小さな頃から知っており、槍術も教えてもらったことがあるそうだ。
「レージは仕掛けてある罠に掛かった小さい魔物を回収していって。私とおじさんでちょっと大きめのやつ倒してくるから」
「別行動なの? なんか迷子になりそうだな……」
「大丈夫! 風の魔法で小屋まで案内してくれるように掛けてあるから」
「そんな便利魔法が! 風の向かう方向に行けばいいってことだね」
それなら大丈夫だと、罠の設置箇所の説明を受け、小屋と罠の場所の往復することを承諾した。
「じゃ、なにかあったら大きな声で教えるんだよ。そんな遠くには行ってないと思うからー」
「ぇ、ちょっと待って。なにかあったらって、なにがあるのさ」
「うーん、危険な魔物が出るとか?」
「出るの?」
「この辺だったら出ないと思うけどね。もう少し森の奥が縄張りだしー」
なんとも不安を煽る、というか出現フラグが立った音がした気さえする。
とはいえ、それを理由に小屋でお留守番してるなんて言えない。
「まあ、わかった。なにかあったら大声で助けを呼びます……」
「じゃ、行ってくるねー!」
大きく手を振りながら、先に行ったジュウシを追って走って森の中へ消えていった。
大自然の中で、独りぼっちはなんとも心細い。
だが、グダグダとネガティブに考えていてもしょうがない。
「よし、かんばろっ」
頬を手で張り、気合いを入れてから罠の設置箇所に足を向けた。
目印となるマークを見つけて、罠を発見。見事にうさぎのような小型の魔物が捕まっている。
殺してしまうと腐敗が始まり、肉質が落ちてしまうため、足を縛って逆さにして木の枝に括り付ける。そうすると、頭に血が上って勝手に気絶してくれるのだ。
テルからレクチャーを受けたことを実践し、3匹くらい捕まえたらいったん小屋へ戻った。
小屋に戻る時は、追い風になるように歩くことで自然と小屋に着けた。
魔法が便利すぎる……!
小屋に着いたら、物干し竿みたいなところにウサギモンスター略してウサモン(仮称)を吊す。
こうしておけば、後でジュウシが血抜きをしてくれる。
ウサモンは体は小さいものの肉付きが良くて脂がのっていてうまいらしい。繁殖力が高く、最近は多すぎるくらい繁殖しているからどんどん狩ってねとテルから言われた。
「さて、次の罠のところにいきますか」
虚しいとわかっていても、独り言を言って気分を高める。
罠巡りのついでに、山菜とキノコ採取も行なっていく。
といっても、テルから教わったわかりやすいものだけだ。特にキノコは毒のあるものが多く、触っただけで痺れてしまう強烈な真っ赤なキノコもあるのだそうだ。
レージは小屋から持ってきた肩掛けの鞄に山菜などを入れて行き、次の罠の場所を目指した。
ガサガサガサ
茂みに動く音がする。
レージは警戒心を高め、音の鳴った茂みの方向に身構える。
まだ慣れない矢筒に手を伸ばし、弓をゆっくりと構えた。
バサッ
飛び出してきたのはウサモンだった。
「おどろかすなよ」
レージは胸を撫で下ろしつつ、あることを閃く。
ウサモンを狩って、弓の練習にしよう。
構えた弓に再び力を入れる。
すばしっこく、ちょこまかと動くウサモンに、殺気を悟られないように静かに照準を合わせる。
距離にして言えば10mはない程度。
ウサモンは特別警戒している素振りはないが、とにかくその辺を動き回っている。
ふぅっと息を吐き、集中を高める。
右手の矢を放し飛び出した矢は、すぐにウサモンの首を貫通した。
矢を放すことに全く躊躇しなかったと言えばウソになるが、この異世界で生きていくということは、こういうことなんだと飲み込む。
「やればできるもんだな」
この成功体験はレージにとって嬉しい誤算だった。
ただでさえ動く的に矢を当てるのは熟練の弓使いでも難しいとされている。そのうえ的は小さくちょこまかと動く魔物だったため、マグレの要素があったにしてもレージのセンスの高さが窺えた。
もちろん本人に自覚はなく、この感覚を忘れずに地道に練習しようと真面目に考えているだけだった。
ガサガサガサ
射抜いたウサモンに手を合わせ、回収している最中、再び近くの茂みから音が鳴る。
「また練習相手のお出ま……は?」
小さな魔物であるウサモンだと思ったレージは、その魔物の足元しか見えていなかった。ただ、なにか違うぞと思って、視線を上げて絶句する。
そこには、3mはあろうかという大きなクマみたいな魔物が佇んでいたから。
レージとクマの距離はおよそ15mほど。
視線はコチラを向いている。
一気に緊張感が高まる。背中が冷える感覚があり、これは逃げなければやばいと本能が告げる。
クマのモンスター略してくまも……もといクマスターが2足歩行でレージに近づいてくる。
レージは視線を外さないように後退しつつ、矢を抜いた。
やらなければやられる。
「誰だよフラグ立てたやつ」
恨み節を言っても何も解決しない。
ただ、大声でテルたちを呼ぼうにも、大声を出した瞬間に突っ込んできそうで、どうすることもできない。
小さく息を飲み、弓矢を構える。
こういう時に狙うのは定番の目だろう。定番ってなんだという話だが、全身毛皮で覆われた中、唯一矢が通りそうなのが目だからだ。
距離は徐々に詰まっている。緊張感が半端なく、レージは無意識に焦ってしまう。
後退するレージが後ろにあった木にぶつかった瞬間、自分のタイミングじゃなく矢を放してしまった。
放たれた矢はクマスターの顔の横を通り、そのまま向こう側の木の根本に刺さった。
やばい。
思った瞬間にクマスターは前方へ跳躍し、ガーと大きな口を開きながらレージに襲い掛かってきた。
とっさにしゃがめたのはレージの反射神経が良かったからか、ただ単純に腰が抜けたからかはわからない。
クマスターの鋭い爪はレージではなくその後ろの木をえぐっていた。
真上を見上げるとクマスターがいる。
「こ、こんにちは」
引きつった笑みでレージは挨拶してみた。
通じるはずもなく、クマスターが再び振りかぶる。
大振りが来るのは明らかだった。
レージは横に跳躍し、そのままの勢いでゴロゴロと2転か3転した。しかし、腰の矢筒が邪魔で勢いが殺されてしまう。
思ったより距離が稼げなかったが、さっきまでレージがいたところに爪が通っていったことを思えば、悪い選択ではなかった。
「助けてー!!!!」
この状況になったら、いつ大声出しても変わらない。
そう思ったレージはすぐに助けを呼んだ。
この声が、テルかジュウシの耳に届けと強く願う。
それと同時に時間を稼ぐ必要があった。
矢を抜き、後ろへ跳躍し、しゃがんだ体勢ですぐに弓矢を構えた。
ただでさえ数本しかまだ弓矢を撃ったことがないのに、正しいフォームから程遠い体勢で、綺麗に矢が放てるイメージがまるでわかなかった。しかし、そんなことは言ってられない。
どんな状況でも諦めたら死ぬ。
レージの精神状態は、一種のトランスモードへと移行していた。言うなれば逆ギレだ。
「考えろ、考えろ、考えろ」
自分に言い聞かせるように、ぶつぶつと呟く。
幸いにもクマスターの体勢はまだ整っていない。
パッパッと周囲を見渡し、何ができて何ができないのかを整理していく。
矢筒の矢は残り3本。周りは木々や茂みが生い茂っている。隠れる場所はあるが、恐らく嗅覚で見つかってしまうだろう。
木に登るのはどうだろうか。と思ってすぐにやめた。どの木も幹が太く、枝分かれしているのはレージが跳躍しても届かない位置ばかりで、とっさに登れるような木は見当たらなかったからだ。
使える魔法はあるか。風はそよ風程度、火はカイロ程度。役に立つとは思えなかった。
そうこう考えているうちに、クマスターの体勢が整い、大きく身を屈めて飛びかかってくる体勢になる。
レージはすぐに矢を放った。
矢はクマスターの肩に刺さったが、全然浅い。
ちょっと気にしたくらいで、特にどうという感じでもなかった。
レージにとってはそれで良かった。
一瞬のスキの間に自身が走り出し、クマスターとの距離を少しだけ取ることに成功した。そして瞬時に次の矢を構える。
クマスターもすぐに襲い掛かってくる。いくら距離を取っても、すぐに詰められてしまうどころか、一気に攻撃の届くところまで来てしまった。
次の矢も放ち、ほぼ同時に後方へ跳躍する。
矢はクマスターの足をかすったものの、大したダメージにならない。
勢いすら止まらなかったが、再びクマスターの攻撃をかわすことができた。
クマスターの攻撃は基本的に大振りで、読みやすいというのが幸運だった。
「目に、あたれっ!」
再び瞬時に弓矢を構え、目を狙う。しかし、そううまくはいかない。
目を狙われているとわかったのか、とっさに左手で顔を覆い、矢はクマスターの左手で弾かれてしまった。
「まじかよ……」
矢筒は空だ。
再びジリジリと後退し、後ろにあった木にぶつかる。
クマスターにも状況がわかるのか、余裕を持ってレージに近づいてくる。
そして、レージは腰を落とした。
「まだだ!」
諦めたわけじゃない。
最初に放った矢が刺さっていたのがこの木の根本だったからだ。
すぐに矢を抜き、木の根本に生えていたド派手で真っ赤なキノコを鏃で貫く。
そしてすぐに弓矢を構える。
クマスターは勝つという確信を持って、勢いよく襲いかかってきた。
「くらえっ!!」
レージはすぐに矢を放つ。狙いはクマスターの顔。しかし目ではない。
クマスターが襲ってくる時に必ず大きな口を開けるとわかっていたレージはクマスターの口を狙ったのだ。
見事に口の中に矢が刺さる。
同時に一瞬クマスターが怯んだ。
そして、ブルブルと震える。クマスターは口から出ている矢を掴み、抜いて、強い憎しみを込めた目でレージを睨む。
しかし再び襲ってくることはなかった。
クマスターは完全に麻痺していた。口からは泡が吹き出し、立っているのもやっとで次の行動に移れないでいた。
この間に逃げれば……。
そう思った瞬間だった。
一本の矢がクマスターの頭蓋骨を横から射抜く。
鮮血と共に巨体がドシンと倒れた。
「生きてるようだな」
「レージ!」
離れた位置から声がした。
ジュウシとテルだ。
レージは安堵からか、完全に腰が抜けてしまった。
「大丈夫?」
テルが駆け寄って声を掛ける。
「だ、大丈夫……奇跡的に……」
声にも力が入らない。
「よくやったな」
ジュウシの短い一言に嬉しくなる。
あぁ、生き残った。そう実感する。
「だが、ビリリダケを食わせたな。こいつの肉は無駄になったな」
「え?」
あれ? もう俺の命よりもメシの話?
「ビリリダケは猛毒だから、それを食べた生き物は食べれないんだよ」
「ぇえ?」
あれ? テルも?
こっちは本当に命掛けで、なんとか生き残ったのに、温度感違いすぎません?
「次からは毒に頼るな」
「無茶言うなっ!」
思わず突っ込むも、相手がジュウシであることにすぐに気付く。
「ぜ、善処します……」
歯切れ悪く、視線をそらす。腰が抜けたままでめちゃくちゃカッコ悪い。
そんなレージを見て、テルはケラケラと笑っていた。
どこまでが冗談でどこまでが冗談じゃないのか誰か教えてくれ、マジで。
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