第14話 騎竜

 シャルロッテの大きさはナッツを超え、いよいよレージとも目線がそれほど変わらなくなってきた。

 くぃーんと鳴く声は相変わらずかわいいが、見た目はだいぶ大人びてきた感じだ。同時期に産まれた他のドラゴンよりも2倍くらい大きく、成長速度が類を見ない。

 最初は広いと思っていた竜房も、狭いとは思わないもののスペースが埋まっていく感覚がある。

 すでに、竜房で寝泊まりすることにも慣れてきた。

 弓の扱い方を教わってから数日、レージがこの世界に来てから1ヶ月以上が経過した。

 弓の練習は欠かさないのはもちろん、様々なことをコツコツと重ねて、日々の生活はとても充実していた。


「そろそろいけるんじゃない?」

「え?」


 テルがなにを言ってるのか一瞬わからなかった。


「ひとりで乗れるんじゃないってこと」

「あー、いや、えー?」


 曖昧なレージの返事にテルは納得しない。


「だって、もうドラゴンに乗ることも、目を開けて空を飛ぶことも大丈夫になったんだよ?」

「いや、そうなんだけど、心の準備が……」


 情けない言葉なのはわかっている。

 ただ、やはりレージには自信がなかった。


「じゃあさ、ひとりが怖いなら、私が一緒に乗ってあげるからさ」

「それじゃいつもと一緒じゃない?」

「違うって。レージが前で、私が後ろってこと」


 なるほど、自分で手綱を握って、ドラゴンを操縦しろということか。


「うーん」


 歯切れが悪くなる。

 ひとりで乗ったこともなければ、ひとりで手綱を握ったこともない。

 なんとなく後ろでテルのやっていることを眺めていただけだ。

 とはいえレージの洞察力としては、完璧にドラゴンを操るイメージができていた。

 後は心の問題だけなのだ。


「ほら、がんばってみよ!」


 テルの一言に背中を押された。


「うん、やってみようか」


 レージは決心した。何かあった時に、テルが後ろにいてくれるのは本当に心強い。

 テルがこの牧場で一番大人しいドラゴン、サマンサを連れてきた。


「レージも知ってると思うけど、この子だったら大丈夫。ちょっとやそっとのことじゃ動じないし、すごく従順だから」


 うん、またフラグが立った音が聞こえた気が……。

 そんなことを思っててもしょうがないので、サマンサに鞍などを乗っけて準備を整える。


「頼んだぞサマンサ」


 サマンサは小さく頷いた気がした。

 ドラゴンは賢いため、こういった言葉を掛けることで人間の気持ちを汲み取ってくれる。

 準備をしている後ろでシャルロッテが心配そうにレージを見ていた。


「ロッテ、大丈夫だよ。がんばってみるから!」

「くぃーん!」


 応援してくれてる気がした。

 準備もでき、まずレージがサマンサに跨る。

 そしてテルの手を掴んで後ろに乗せた。

 二本の手綱を握る手に力が入る。手綱は一本を薬指に掛かるように、もう一本を小指に掛かるようにし、両手綱とも親指と人差し指の間を通す。こうすることで、それぞれのハミを通してドラゴンへ指示しやすくなるのだ。


「ほらほら、肩に力が入ってるよ」


 ぽんぽんと肩を叩かれる。


「ありがと」


 大きく息を吐き、空を見上げる。

 落ち着く。心が澄み渡っていく。思考がクリアになって、集中力が高まる。

 正面を向いてすぐに、手綱を少し引き、足で扶助を行った。

 サマンサは大きな翼で一回二回と羽ばたき、そして勢いよく上空へ跳躍した。

 手綱に強い抵抗を感じる。


「あんまり手綱を握りすぎないで。サマンサの邪魔をしないように意識してみて」

「はい!」


 レージは一瞬、馬術の練習をしている時のことを思い出した。指導に対して大きな声で返事して、真面目に取り組んでいて楽しかった日々だ。

 小指側の手綱を少し緩め、サマンサの口の中にあるハミの感触に神経を注ぐ。

 上空20mに達したくらいだろうか、手綱を少し強く引き、体を起こす。


「レージって本当によく見てるよね。言うことなしだよ」


 お褒めの言葉に照れてしまう。


「怖くない?」

「うん、大丈夫」


 手足に力が入ることを確認し、平衡感覚も問題ない。

 これまで、テルの後ろに毎日乗って、徐々に慣れてきた成果だろう。地道なことの積み重ねが大事なのである。


「よしよし。そしたら、旋回は手綱を左右で使い分けつつ、足で扶助だよ。翼の動きと首の動きを意識してみてね。あとは縦にぐるって回ったり、急降下したりって色々と技があったりするんだけど、追々教えてあげるね」

「うん、とりあえず水平直進から水平旋回していくね」


 一度だけ父親に連れられて航空機のショーを見に行ったことがある。技のイメージはあんな感じなのだろう。

 そういったかっこいい技も早くやってみたいが、まずは基礎だ。基礎がなければ応用もない。

 この前の狩りの時に、帰り際のジュウシが言った言葉を思い出す。


「基礎、基本、応用。木で言えば基礎は根を張ること。基本は幹を太くすること。そして応用は枝葉を実らせることだ。覚えておけ」


 その言葉が心に刺さった。焦っていきなり大技をやってもダメなのだ。

 それは弓だけじゃなく騎竜においても一緒だ。

 レージは扶助を行い、水平にサマンサを飛ばした。

 そして右の手綱をほんの少し開き、左足で扶助を行う。右へ旋回する。ぐるっと一周して元の軌道へ戻る。

 割と思い通りにいくという感覚が、レージにとって嬉しかった。馬術の技術はもちろん活きている。

 一定リズムに翼を羽ばたかせているわけだが、そのリズムに合わせて乗っている胴体部分が上下する。その揺れを腰と足で吸収する。そうすることで、安定した騎乗をすることができた。また、翼に合わせて首が動くので、それに合わせて薬指と小指で手綱とのバランスを取らなければならない。


「次は左に――!」


 左に曲がろうとしたその瞬間だった、右後方からものすごい勢いで見知らぬ黒いドラゴンが突進してきた。

 ギリギリのところで当たらなかったものの、死角から突然現れたため、大人しいサマンサも驚き動揺してしまう。バランスを失い、一回二回と横回転する。


「くっ!」

「きゃっ!」


 レージは手綱を引き、サマンサのバランスを整えようと体を起こした。

 テルもとっさにレージにしがみつき、一緒に体を起こす手伝いをしてくれる。

 サマンサはなんとかバランスを持ち直し、翼を一生懸命動かして、正常な飛行に戻ることができた。


「なんだ……?」


 レージが視線を上に移すと、黒いドラゴンが見下ろすようにホバリングしていた。

 乗っているのは金髪の少年だった。


「リゼル! 危ないじゃない!」


 テルが思いっきり叫んだ。

 リゼルと呼ばれた少年は、強気な眼差しでコチラ、というかレージを睨んでくる。


「フラフラ飛んでんじゃねーよ」

「なっ……!」

「ちょっとリゼル! ここはうちの牧場敷地内なんだよ!」

「テル、そんな奴に構ってるヒマがあったら、今度のエアリアルリングの練習でもしたらどうだ」

「余計なお世話だよ! レージ行こっ!」


 ドスンと背中を叩かれる。

 痛いんですけど……。

 リゼルはふんと鼻を鳴らして、黒いドラゴンと共に去っていった。

 あいつ、謝ることもしないのか。


「あいつ、なんなの?」

「リゼルっていって、近くの大きな牧場の跡取り。同い年で小さい頃はよく遊んでたんだけどね」


 ものすごく失礼な奴だ。

 絶対にわざと死角からスレスレを飛んできたんだ。

 レージはもやもやしながらサマンサを地上へ降した。


「レージ、ごめんね。なんか絡まれる感じになっちゃって」

「いや、テルが謝らないでよ。それよりエアリアルリングって?」

「空中に魔法のリングをたくさん設置して、ドラゴンに乗った状態で順番にそのリングを通っていくっていう競技なの」

「へぇ、そういうのがあるんだ」

「うん、まだもう少し先だけど、この地域で一番大きなエアリアルリングの大会があるんだよ。その大会は各牧場のドラゴンの品評会を兼ねてて、それによって王国がどれだけドラゴンを買い取ってくれるかが決まるの」

「それにテルが出る予定なの?」

「うん。去年は私が優勝して、リゼルが2位だったの。今年も私がもらう予定だよ」


 ものすごい自信を感じる。


「優勝すると、竜騎士になるための試験の一次試験を自動的にパスすることができるんだよ。って言っても一次試験は筆記試験だから、免除されてもされなくてもどっちでもいいんだけどね」


 その筆記試験というのがどんなものか想像つかないが、文字の勉強からやっているレージにとっては受けたいと思えるものではなかった。


「さて、そんな話はいいとして、今日はここまでにする?」

「そうだね。なんか興がさめた感じがあるし。また明日、しっかり集中して練習するよ」


 レージはサマンサをポンポンと愛撫し、それから飛び降りた。

 地面に足を着いた瞬間、ものすごい疲労感から膝が笑ってしまう。

 ドラゴンに騎乗するというのがどれだけ体力を使うことなのか、そして落ちたら死ぬ可能性のある空中で精神的にすり減るということを、身を持って実感した。これまでの後ろに乗ってるだけでは到底味わえない体験だ。


「あはは、レージ変なの! 生まれたての子ジナーみたい!」


 ジナーがどんな生き物か知らないけど、要は子鹿みたいって言われているのと同義なんだろう。

 カッコ悪い姿に、くそーと思いつつレージも笑ってしまった。

 この疲労感は決して嫌なものじゃない。

 空を飛ぶという圧倒的な爽快感に、レージは魅了されていたのだ。

 もっと自由に飛び回れるようになりたいと、そう強く思った。

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