第12話 弓

 食糧は基本的に二種類の入手方法がある。

 買うか、採る(獲る)かだ。


「今日は知り合いの猟師さんと狩りに行くんだよ。レージも行く?」


 テルが満面の笑顔で、もちろん行くよねという雰囲気で言ってくる。

 もちろん行くのだが、なんというか、働かざるもの食うべからずとでも言う感じだろうか。

 いつも通りテルの後ろに跨り、ドラゴンで近くの山へ行く。

 シャルロッテにはお留守番してもらっている。こういう時の聞き分けがいいのは正直助かった。


「レージは初めてだと思うけど、これから魔物を狩るからね」

「魔物をってのは初耳なんだけど、飛び立ってから言うのずるくない?」

「あれ、言ってなかったっけ?」


 てへっと笑っている様子は、後ろからでは確認できなかった。

 この世界において、基本的に無力と言っても過言じゃないレージが、なにか手伝えることなんてあるのだろうか。

 もちろん、毎日魔法の練習はしている。

 日課として、ドラゴンの騎乗、魔法、文字の練習は欠かさずやっているのだ。

 魔法については風の魔法が得意なのがわかってきた。

 と言っても、まだそよ風が出せる程度で、火の魔法と組み合わせてドライヤーとして使えるようになった程度だ。魔法の組み合わせができるようになっただけでも大きな進歩だったりするが、人や魔物に傷を負わせるような威力のある魔法はまだ使えない。

 魔法以外にも、槍の扱いについてはテルから少しだけ教わった。

 武道の経験がないレージにはなかなかピンと来ず、見様見真似で振ってみても全然様にならなかった。というか、動きはそこそこに再現できているとは思うものの、素振りだけでは出来ているという手応えが全く感じられなかった。


「猟師さんと狩るって言ったじゃん? その人、弓の名手だから教わってみたらいいんじゃないかな」

「弓かぁ」


 弓という武器について、レージの中では流鏑馬以外に思い当たるものがなかった。

 馬には乗れるし、さらに弓道を習ったら流鏑馬ってできるのかなと思ったことがある程度だ。


「テルは弓を使えるの?」

「うーん、得意じゃないけど……ちょっぴりは」


 自信のない返事に、逆に言えばそれだけ槍には自信があるんだなとレージは思った。

 他愛のない話をしていたら、近くの山の中腹、つまり目的地にたどり着いた。

 古びた木の小屋の横に着地する。

 こんな山の中にポツンと一軒、人里離れた場所とはまさにここを指すだろう。

 周りは森となっており、小屋がある場所だけ少しだけ伐採されており、上空からはすぐに見つけられるようになっていた。


「来たか、テル」


 渋くて低い男の声。

 小屋から出てきたのは、熊みたいな魔物の毛皮を纏った大柄な初老の男性だった。

 頭にはその魔物の顔がそのまま乗っかっており、魔物の口から顔が出ている感じだ。顔の横からは長くてボサボサの灰色の髪が伸びている。

 なんというか、野生って感じだ。

 大きくてゴツい弓を背負い、右腰に矢筒をぶら下げ、立派な籠手と胸当ては金属で、その他は基本的に皮で作られた衣料。

 レージ自身が初期装備みたいな格好なため、やけにかっこ良い装備に見える。


「ジュウシおじさん!」

「そっちのは?」


 ジュウシはレージを一瞥する。

 さっきから表情が一切変わらない。無表情というよりも常に険しい表情で、ちょっと怖い。

 っていうか、事前にもう1人初心者が行くよって話を通してないのか!

 などと思うものの、この世界にはスマホとか連絡手段がないだろうから、無理か。


「レージといいます。今日はよろしくお願いします!」


 こういうのは第一印象が重要だ。なるべく元気良く、礼儀正しく挨拶した。


「レージは最近うちの牧場で働き始めた子なんだよ。よかったら弓の使い方を教えてあげてくれないかなぁ」

「なんで俺が」

「おじさんの弓はドラゴシュタイクで一番でしょ!」

「バカ言え、大陸で一番だ」


 すごい自信ですねー。

 レージ自身、弓の扱いを学ぶモチベーションがめちゃくちゃ高いというわけではなかった。

 ただ、このまま足手まといなのはごめんだし、一人で生きていく術を身につけていかなければいけないという危機感はある。


「あの、俺、弓の使い方とか全くわからない初心者なんですけど、ちょっとでも役に立てるようになりたいんです」


 大陸一と豪語する弓術を学べるのなら、願ったり叶ったりだ。


「ちょっと待ってろ」


 そう言って、小屋の中に戻ってしまった。

 十秒も待たずにジュウシは出てきた、片手に小さめの木の弓と矢筒を持って。


「これを貸してやる」

「ありがとうございます!」

「まずはあそこの的に向かって撃ってみろ。手本を一回だけ見せてやる」


 そう言ってジュウシは大きな弓を構えた。

 簡単に言うが、的まで30mくらいある。

 静かに矢筒から矢を取りだし、弓に矢をつがえた。

 的に向かって右向きに身体を向けて、左手と顔と鏃は的を向いていた。

 左手を伸ばし、右手の三本指で矢羽根を持ち、キリキリキリという弦の音と共にぐいっと矢を引いた。顔の横スレスレで構えている。

 右手の指を離した瞬間、矢は勢い良く射出され的の中心を目掛けて飛んで行った。

 そして、見事にど真ん中に命中。


 大陸一というのも嘘じゃないかも。


「よし、やれ」

「は、はい」


 スパルタ中のスパルタだな。

 完全に見て覚えろスタイルは、現代の日本では嫌われそうだなと思う。

 とはいえ、レージは嫌いじゃなかった。

 元々洞察力に優れており、なにかを教わるというよりは、見て学ぶ癖がついていたからだ。

 矢筒を腰にぶら下げ、弓の感触を確かめた。

 チラッとジュウシを見ると、腕組みをして怖い顔でこちらを見ていた。

 一度だけ空を見上げ、ふぅと大きく息を吐き出した。


「うし、がんばろっ」


 聞こえるか聞こえないかくらいの声で気合いを入れる。

 そして、ジュウシのやったように矢を取りだし、弓を構えた。

 思ったよりも弦を引く重みを感じる。

 的を狙うが、ジュウシのようにほぼ落ちることなく真っ直ぐ矢が飛んでいくほど強くは撃てないだろう。そのため、多少山なりになることを想定する。風は感じないため、今は考慮しない。

 ここだ、という瞬間にレージは右手を離した。

 射出された矢は弧を描き、的へ向かって飛んでいった。


「悪くない」


 矢が刺さる前に、小さくジュウシがそう呟いた気がする。

 矢の行方は的の下の端っこギリギリ。

 初めてにしてはかなりの成果じゃないだろうか。


「レージすごいね! 私なんて3mも飛ばなかったのに……」

「はは、3mて投げた方が飛ぶじゃん」

「なにおー!」


 褒められるのは素直に嬉しい。

 まあ、こんなマグレ当たりで天狗になってもしょうがないけど。

 弓を引いてわかったのは、的に当てるという明確な成果があるということ。わかりやすくて、すごく楽しく感じる。


「その弓矢はお前にくれてやる」

「え、いいんですか?」

「俺はもう使わないからな。それはこの山の神木の枝から作った弓だ。見た目はいまいちだがな」

「見た目もシンプルでかっこいいですよ。本当にありがとうございます!」


 これまでの生活の中で、レージの所有物が増えたことはなかったので、かなり感動してしまった。しかもかなり良さげな物だ。

 ジュウシは見た目は怖いが、相当良い人のようだ。

 物を与えてくれる人=良い人という短絡思考だが、物だけでなく技術まで与えてくれたのだから、これで多少悪い人だったとしてもお釣りが来る。


「毎日弓を射れ。そうすりゃ、俺の次くらいにはなるかもな」

「はい!」


 交わした言葉は少しだけだったし、言葉で教わった技術的なことはなにもない。

 それでもジュウシのことを師匠だとレージは思った。

 素人目線でも明らかにキレイなジュウシのフォームを目指して、レージは一生懸命練習しようと心に決めたのだった。

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