第2話 聞いたことのない国
今度はチクチクした感触はなかった。
目を開ける前に、たぶん寝ワラの上じゃないと感じられる。
あと、たぶん服も着てる。
「いっつつつ……」
後頭部をさすりながら上体を起こす。
「あっ、起きた?」
その時、零士はドラゴンのことを思い出し、冷や汗が出る。
なぜなら、ドラゴンの傍らにいた少女が零士の顔を覗き込んでいたからだ。
少女をよくよく見ると、おそらく齢は零士と近いと思われた。オレンジ色の髪をポニーテールにし、透き通ったエメラルドのぱっちりした瞳が特徴的だ。
「ここ……は?」
「ここはヴィンセントドラゴンファームだよ」
零士の質問に少女が笑顔で答える。
えーと、外国人?
でも日本語喋ってる?
ドラゴンファームってなに?
全裸だったハズなのに服を着てる?
というか彼女が運んでくれたのか?
ひとつの質問のハズが、頭の中で質問が分裂していき零士はさらに混乱する。
「私はテル・ヴィンセント。ここの牧場でドラゴンのお世話をしてるの。君は?」
「皆神零士……」
「ミナカミ? ミナカミって名前?」
あ、そうか、ヴィンセントドラゴンファームってことはヴィンセントが名字か。つまり、外国と一緒でファーストネームってやつだ。
「あ、違う。零士。零士・皆神」
なぜ日本語が通じるのかわからないけど、とりあえずココは外国だ。
いや、外国だってドラゴンがいるか?
海外に行ったことがないから知らないだけで、実はそれが常識だったりするのか?
「レージね。よろしくレージ」
「う、うん。よろしく」
テルと名乗った少女は水の入った木製のコップをレージに渡す。
「それにしても驚いちゃったよ。素っ裸で竜房にいるんだもん」
りゅうぼう?
あぁ、竜=ドラゴンの房って意味か。
ドラゴンファームだとか、ドラゴンのお世話だとか、本当に意味がわからないけど、なんとなく嘘をついているようには聞こえない。
つまり、この国には本当にドラゴンがいるんだな……。
あれは夢じゃなかったということだ。
「いや、ごめん。俺もよく覚えてなくて……」
「どゆこと?」
「なんであそこにいたのかってこと」
そもそも目が覚める前まで、ジャンプオフの真っ只中だったハズだ。
しかも人馬転をして頭から障害に突っ込んだハズだ。
あれ、そういえばその時の傷が一切ない。
後頭部は少しズキズキするけど、それはさっき転んでぶつけた時のものだろう。
あれだけ激しく人馬転してれば、頭どころか体全体に傷があってもおかしくない。というか、なんなら死んでたっておかしくないほどの事故だ。
ということはこれは夢か?
いや、夢の中で気を失って、また目が覚めるってあるのか……?
なんて考えると、やっぱりこれは現実なのか。
ズキズキ痛む後頭部をさすりながら、たぶん現実だとレージは思った。
「ここはなんて国なの?」
外国なら国名くらいわかるだろう。
レージだって高校生だし、通う高校ではそこまで悪い成績じゃない。よっぽどマイナーじゃなければ外国の国名くらいわかるハズだ。
「ドラゴシュタイク王国だよ」
ぜんっぜん知らないんですけど!
そんな国、地球上にあるのか?
でも雰囲気からしてヨーロッパとかだよな。
「EU加盟国ではないのかな……?」
「いーゆー? よくわからないけど、ドラゴシュタイク王国はどことも同盟は結んでないはずだよ」
ヨーロッパの小国ってことで確定かな。
「最近はグランバッハ帝国の侵攻もあって、他の国と連携を強めた方がいいって新聞に載ってたけど」
どこよそれ!
新しい国出てきちゃったよ!
そもそも一部を除けば民主主義が謳われる昨今において、あからさまに帝国?
侵攻ってことは戦争してるってことだろ。そんなニュースはネットにも載ってなかったと思うけど……。
「もしかして、だけどさ」
「ん、なに?」
「地球だよね、ここ」
「ちきゅう?」
あー、違うな。
この反応、絶対違うわ。
ここ地球じゃないんだ。
……じゃあどこだよ!
「君、変だよね」
テルは素っ裸でいたりとボソッと呟く。
「ちょっと待って。なんとなく状況わかったから、俺を変質者にするのだけは勘弁して」
「違うんだ?」
「違うから。健全な普通の少年ですから」
こんな宣言、今までしたことないぞ。
さて、とレージは頭をフル回転させる。
たぶんコレは推測の域を出ないことだろうけど、もしかしてここって異世界なんじゃないかと。もしそうなら、ドラゴンとかいるのも納得できるし、王国だとか帝国だとかあってもおかしくない。
レージ自身はあまり本を読む方じゃなく、ファンタジー小説とかは詳しくない。それでも映画とか、ゲームとか、そういうのでなんとなくはわかる。
だとしたら、なんで俺は異世界にいるんだ?
そんな疑問が浮かび上がる。
いろんな媒体において、主人公が異世界に行くのはどういった時だろうか。
召喚?
転移?
転生?
ん、なんか転生っていうのが一番しっくりくるな。
ジャンプオフの落馬で俺は死んで、そんで異世界に転生してきたって感じかな。別人になったわけじゃなさそうだけど。
傷がないことから、これならなんとなく辻褄が……。
そう思った瞬間、急に目頭が熱くなり、大粒の涙がベッドに落ちた。
うわぁあ、死んだんだ……俺。
「ちょっと、ねえ、どうしたの?」
突然泣き出したレージをテルが心配する。
普通の少年ですからと宣言した後に泣き出したら、それはもう普通の少年じゃないだろう。
死んだんだ。そうか、きっとそうなんだ。
全く実感はない。だけど現状ではそうとしか考えられなかった。
シャーニットは大丈夫だったろうか。たぶん骨折してる。馬の骨折は人間の骨折とは訳が違うほど生命に関わる。
父さんも母さんも元気だろうか。
乗馬クラブのスタッフ、馬たちは元気だろうか。
俺が死んでどうなってるんだろう。
「ご……めん……」
必死に絞り出す声に、テルは何かを理解したわけではないが、優しくレージを抱き寄せた。
絶対にそうだとは言い切れない。
でも、そうだとしたらレージには耐えられなかった。
自分が死ぬなんて、15年という短い人生の中で微塵も考えたことのなかったことだし、まさかこんなにも怖くて寂しいことだとは思っていなかった。
しかも、それが馬術という自分が一番得意としている競技の中で。
テルの温もりは心底ありがたかった。
もし独りだったらと思うと、怖くてしょうがない。
「ほん、とにごめん。ありが……とう」
レージは涙を拭い、大きく息を吐いた。
簡単に切り替えられることじゃない。
でも、今はこの異世界に来てしまったという事実を受け入れるしかないんだ。
「もう、大丈夫だから……」
大丈夫なわけがない。でも、大丈夫でなければならないんだと思う。
出会ったばかりの少女に、迷惑ばかりをかけてはいられない。
「君、なにかあったの?」
「いや、正直言って俺自身もよくわからない。でも、たぶん俺にとって良い状況ではない気がする」
ふわっとした言葉しか出てこない。この先どうしたらいいかもわからない。
レージは俯き、掛布団の裾をぎゅっと握り締めた。
「おう、起きたか」
部屋のドアが開くと共に、野太い声が聞こえる。
そこには無精髭を生やした、ワイルドなおっさんがいた。
「うん、お父さん」
どうやらテルの父親らしい。
なるほど、この人が運んでくれて、服を貸してくれたということか。
「で、お前さんはどっから来たんだ?」
特に挨拶もなく、その上答えようのない直球の質問にレージは言葉が出なかった。
「お父さん、レージはたぶん……そう、《夢の渡り人》なんだと思う」
「……そうか」
なんだ《夢の渡り人》って。
よくわかんないけど、転生者のことを指すのか?
「じゃあ、しょうがねぇな。とりあえず、うちで住み込みで働けや」
「へ?」
救ってもらった上に衣食住を保障してくれるような発言。
こんな幸運があっていいのだろうかとレージは思う。
なにも頼るものがないこの世界において、この言葉は再びレージの瞳から雫をこぼすのには十分だった。
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