第2話 海
海に辿り着くと、すぐにタクシーを返した。そこには、暁前の夜空と、海と、エイトしかいなかった。完璧な静寂。完璧な世界。これこそが幸せ。宇宙と繋がる瞬間。でも、長くは続かない。生きている限り。死して溶けて、ようやく完璧な幸せに届く。彼の信じる神はその先にいる。
エイトは大きく深呼吸すると、海岸線沿いを散歩し始めた。潮風が頬を撫でる。もうすぐ夏。生暖かい感じが季節の訪れを告げる。しかし、それも今ではすっかり鈍くなってしまっていた。都会に長くいたせいか。それとも地球温暖化のせいか。きっとどちらも正解で、どちらも不正解だ。そんなことを考えていると、エイトは不愉快になった。胸ポケットに指を突っ込み、煙草とライターを引っ張り出した。乱暴に一本取り出すと、一服ついた。頭が少しだけスッとしたような感覚がした。だが、それも一瞬。結局、生きることに絶望する。
煙草の火が消えたところで、朝日が水平線より登り始めた。眩しい朝。空を真っ赤に染め上げている。残酷な朝。真実を突きつけてくる。エイトはため息をつき、その場に座り込む。二本目の煙草を吸いながら、ぼんやりと太陽が登っていく様子を見つめる。やがて、遠くの方で何隻か小型の船がやって来るのが見えた。漁からの帰りなのだろう。お疲れ様です、と彼は心の中で呟いた。段々近づいてくる船になんだか恐怖を抱いたエイトはすぐ様立ち上がり、海を背にした。病院へ行こう、と思ったのだ。安楽死は病院で行われる。今日のために、医師が毒を準備しているはずだ。少しだけエイトの胸が高鳴った。おや、珍しい。自分のことながら自分で驚き、楽しくなった彼は早速タクシーを呼んだ。タクシーに乗り込むと迷うことなく病院の名前を告げた。
「こんな朝早くから、病院ですか。大変ですね。」
エイトは運転手が何に対して大変と言っているのか、その意図を図りかねた。誰か近しい人が事故に遭ったとでも思ったのか、誰か急病なのか。それとも、医者だと勘違いしていてこれから勤務だと思っているのか。数多な可能性が脳裏を過って、結局答えるのが面倒臭くなった。
「ええ、そうなんです。大変なんです。」
同じ言葉を繰り返し、それ以上の会話を避けた。静かに車は道路の上を走り抜けた。相変わらず、潮風は車体を撫でていた。
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