第5話
昼下り、人気の無い閑静な住宅街の一角にレストランは存在した。
彼の友人とはそこで待ち合わせをしていた。
「待たせて悪かったな」
「おい、三十分待たせるなんて知り合いじゃなかったら許してねぇぞ」
陵は遅れてきた友人に溜息交じりの声で嘆いた。
彼の友人は、陵と同じ様に氷峰駈瑠という人物が立ち上げる組織に入ることを希望し、彼の為に様々な人に声掛けをし奔走していた。
二人はとりあえず何か食べようとイタリアンパスタを注文した。食事が運ばれてくる間に話を切り出したのは陵の方だった。
「ちょっと聞きたいことがあってお前のこと呼んだわけなんだけど……」
「相談って言っても、ただ愚痴りたいだけなんじゃないのか?」
「心外だなぁ……。俺だっていつもふざけた態度とってるわけじゃないんだけど。特に、あの話を持ちかけられた時は俺も胸騒ぎがしてさ……」
陵は一口水を飲み、頬杖をつきながら続けてこう話した。
「賢吾はどうして組織に入ろうと思ったの?俺みたいに何か技術が提供できるわけでもないのに……」
賢吾と呼ばれた、彼の友人はコップに注がれた水を見つめながら――
「その技術がどう利用されるのか、どう利用するか……システムを構築するのも単に技術を持った集団だけじゃ確立されない。そう思っちゃ駄目か? 俺は多分――」
最後に何かを言おうとした時、パスタが2品目の前に運ばれてきた。
誘われて話がしたかったのは、彼の友人である
「多分? 何?」
「いや、お前はあの人と上手くやってけるんじゃないか?」
「ねぇさっき、最後何て言おうとしたの?」
陵は戸室の言葉を無視した。
パスタが運ばれる直前の彼の言いかけたことが気になって仕方がなかった。
「俺は多分……氷峰駈瑠が何をこの国で起こそうとしてるのか……見届けたいだけなのかもしれないな……って」
彼はそう陵に告げると、いただきますと小声で言い、パスタを食べ始めた。
「何だよ……呑気なやつ」
陵は彼の一言に期待しすぎた自分に苛立ちながら、彼と同じ様に、パスタに噛り付いた。
パスタを食べながら、再び陵は彼に話しかけた。
「じゃあさ、賢吾は直接氷峰に会いたいとは思ってないんだ」
「そうだなぁ……。会えたら一度は挨拶しておきたいな……(氷峰ってあの人のこと呼び捨てかよ……。何様だこいつ)」
「ふーん、お前より先に俺が先に挨拶すると思うな」
陵はそんな言い方をして戸室を鼻で笑った。
「お前な……。相変わらずだな……」
二人の会話は続いた。そろそろ食事も終える頃合いだった。
「まず彼に会って話しておきたい事ってのは何だ?」
「……俺の研究材料がどう利用されるのか、だな」
戸室が陵に呼ばれたのには理由があった。
陵は単なる好奇心だけで氷峰駈瑠に論文を売り飛ばした訳ではなかった。
氷峰駈瑠に直接会って話しておきたい事がある様子だった。彼は氷峰駈瑠という男が、組織を立ち上げる話を自分に持ちかけてきたのには、理由があるのではないかと考えていた。
「俺は莫大な研究費を支援してもらえるなら、どんな研究でも受け入れる。あの人が俺に望んでいることを0からちゃんと説明してもらおうと考えている。つまりさ…、組織に入るお前にも色々と宣言する権利があると思っていい……」
「……お前教授に一度止められてただろ。俺は何も自信を持って話す事なんて無いと思ってるんだ。お前と違って」
「まぁそこまで言うなら改めて話しておくけど、ただ俺はあの人に一度会って…、理由を訊き出そうと考えてるんだよ」
その理由とは、組織を立ち上げる経緯を知りたいという事だった。
「そっか……。お前は何でも徹底的に論理付けないと気が済まない質だもんな。それよりお前――」
また戸室が何かを言おうとした時、ウエイターがこちらに向かい、空いた食器皿を下げる音がした。
陵は友人のそんな光景を目の当たりにし――
「あはははっ。お前持ってんな」
思わず吹き出してしまった。
二人は先ほどまでの真面目な話をしていたとは思えない状況に入ってしまった。
戸室は笑い出す陵に構わず、淡々と話し出す。
「それよりお前、また彼女いるんだって?」
「どっから噂が立つんだが……。そうだけど? お前にどうこう言われる筋合いはないけど?」
「まぁまぁ。今度は別れたりしないよな?」
彼はにこりと笑い、陵の本質を見出そうとした。笑顔の裏には友人なりのアドバイスができないかと策略していた。
「ん……そうだなぁ……。今度ばかしは、ちょっと今まで付き合ってた女とは違うなぁ……」
「……違うって?」
戸室は思い耽る彼を横目に、話を聞き出そうとする。
「今日の夜さ、学校外では初めて会うから、何かしてあげたいんだけど、失敗したくないんだ……」
失敗したくないと嘆く姿に、彼は本気で彼女に恋をしているんだと、確信した。
戸室は慎重に言葉を選び、こう忠告した。
「別れたくないなら、付き合い始めたきっかけを改めて考えればいいんじゃないか?」
「恋愛は論理的思考じゃうまくいかないって大分前に言ってたじゃないか」
「そういうなら自分でどうにかするんだな」
戸室はせっかく自分でいいことを言ったと思ったのだが、彼の言い種に呆れた様子で返事をした。
そして席から立ち上がり――
「もうすぐ夜になるし、そろそろ帰ったらどうだ? ていうかあまり長居しすぎも良くないだろ……」
上着を着てそろそろ帰ろうと陵に合図を送る。
「そうだな……。なぁ賢吾……」
「……?」
なかなか席を立とうとしない陵は、席をつ前に最後――
「組織が発足した後も、友達でいてくれるよな……?」
彼を見上げて何か悲しげな表情をして呟いた。
「もちろん」
戸室は陵が何を考えてその言葉が浮かんだのか、疑問に持つ事も無く即座に返事をした。
二人はレストランを出て、解散した。陵は腕時計をちらりと見ると颯爽と帰路に就く。
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