第4話

  ***


 男は翠白に会うために喫茶店で、彼女と待ち合わせをしていた。

 ホットコーヒーを一口飲んで落ち着いている最中、急に電話が鳴り始めた。


「もしもし? ん、聞きなれない声だな。誰だあんたは」

 ――『え? あ、あの陵莞爾です。(あれ、氷峰駈瑠の番号じゃないのかこれ?)』

「あんたひょっとして、この番号誰かに教えてもらったのか? 関係ないなら電話切る――……」

 ――『ああちょっと待ってください! 話があるんです』

 陵は男が電話を切ろうとした時に、咄嗟に切らずに待って欲しいと声を上げた。

「何だ。ミササギ……だったか。一応聞くけど、誰に俺の番号教えてもらった?」

 ――『氷峰駈瑠という男です』

「――っ!?」

 男は思わず座席から立ち上がり、辺りを見回した。今この電話をかけてる最中に、あの男がどこかに潜んでいるかもしれないと思ったからだ。男が息を飲んで沈黙を続けていると、陵は電話越しに冷徹な眼差しで一言告げた。

 ――『僕の彼女に付きまとうのはもうやめてください。僕が言いたいのはそれだけです』

「何だ、お前何者なんだ。どこであいつと知り合った……。こっちも商売なんでね。彼女には会わなくちゃならねぇ……」

 ―― 『僕は単なる研究者の一員です。彼女が僕を見つけてくれたんです。知り合ったというよりかは、何かの縁でしょう……。氷峰さんも僕の研究内容に関心を示してくれて――』

 陵が流暢な口調で訳を述べていると途中で男が焦るような声で――

「もういい……。話は終わりだ。俺は氷峰駈瑠という男に追われている身なんでね……。やられる前に一言話しておいてやるよ……」

 ――『……?』

「あいつに自分の人生乗っけちまわないようにな…」

 陵にそう告げた。


 電話が切れる音と共に、男は翠白が中々現れないことに憤りを感じ始める。店内の窓辺に目を遣ると白いワンピースを来た彼女がこちらに向かってくるのを目の当たりにした。彼女は店の前に立ち止まり、男に電話をかけようとした。その時、彼女は黒いコートを着たある男に声をかけられていた。


 彼女は見ず知らずのコートを着た男に愛想笑いで何かを話した後、コートを着た男について行った。店内に居た男がそれを目撃し、慌てて店の外へ出ると、二人の姿はなかった。左右見渡しても見当たらず、一歩路地裏に入った所で、彼女に電話を掛けようとすると――

「さようなら××さん」

 コートを着た男が死角から現れ、男の背に拳銃を突きつけた。そのまま身を委ねるように壁際に全身を伏せたまま、コートの男の言葉を聞いた。

「氷峰……」

「もうすぐ時代は変わる……。貴方はもう彼女に会う必要はない」

 そう言うと、拳銃の引き金をゆっくりと引いた。


   ***


 翠白はコートを着た男に、時間になったらまた待ち合わせをしていた喫茶店に来るように言われていたので、その場所に戻った。すると、その店の目の前に救急車が路肩に停まっていた。数分の間に何が起こったのかわからないまま、先程出会したコートを着た男を探したが、見つからなかった。コートを着た男を見つけられず、その場に立ち尽していた。

 自分が会おうとしていた男が死んでる様を目の当たりにすると、恐怖よりも喪失感が先立たれてしまった。

「嘘……」

 ぼんやりと救急車が走り去っていく姿を見た後、翠白は手で口を押さえながら、両目からじわじわ来る涙を堪えていた。翠白は、もう男に合わなくていいと思った瞬間、不安から解放された気持ちを伝えたくて、携帯電話を片手に握りしめていた。その場から立ち去り、電話をしながら自宅へと向かった。

「もしもし?――――」

 翠白は陵が何かしたのではないかと思いながら、彼に声を掛けた。


 一夜が明け、まだ早朝だというのに、陵は携帯電話の音に気付き、目を覚ます。

 眠気を抑えながら、鳴り響く携帯電話を手に取った。


「はい。……え? 何? もう一度言ってくれる?」

 ――『だから、莞爾君が何かのスパイだったの? って聞いてんのよ』

 電話越しに柔らかい声が聞こえてくる。陵は眉頭に手を添えながら目を瞑り、彼女に返事をした。

「そんなわけないだろ。俺、そんな危なっかしいことできないよ」

 ――『本当に? じゃぁ何で会いに行こうとした人が道端で死んでんのよ……。普通じゃないじゃん、どう見ても』

「じゃぁ聞くけど、ちかは今は普通の子じゃないの?」

 ――『それは……』

 声量がだんだん増してきた時、彼の思いがけない一言で翠白は思わずはっとなり言葉を失う。

「会いに行こうとしていた男が死んでくれてよかったじゃないか。そういや今日、学校休みだよね。俺の家に来ない?」

 ――『え? いいの?』

「今日の夜でいいから……。見せたい物があるんだ。俺ちょっと昼間は用事があって、その後でいいから――」

 ――『うん、わかった……(見せたいものって何だろう……)』

 翠白は彼の見せたい物とは何なのか気になったが、その場では聞かずにただ彼の思うがままに淡々と返事をした。

「それじゃ、もう切ってもいい? 切るよ? じゃーね」

 ――『はーい。バイバイ』


 陵は頭を搔き回しながら、今日相談しようと思っていることを頭の中で整理した。

 ベッドから立ち上がり、トースターに食パンをセットすると、ジジジという音が鳴り始める。その音を聞きながら、今度は電気ケトルにお湯をセットし、カップにインスタントコーヒーを淹れながら、何か思い耽る様に、デスク周りのクリアファイルの中身を遠目にちらりと見た。


「慈に氷峰さんのことを話しても通じなさそうだなしなぁ……」

 お湯をカップに入れた直後、トースターがチンと鳴った。

 丁度いい温度で食パンとコーヒーが出来上がった。

 椅子に座って朝食を食べながら、今日これから会いに行く友人にも、何から話したらいいのだろうかと考え始める。


 ――あいつも俺と同じ様に、組織に入ることを希望してたんだっけ……。

 ――ま、俺とは分野が違うからな……。

 ――人集めに苦労してるんだな……。


 身支度を終えると、彼は友人の元へ出向いた。

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