第8話 奴隷
「俺たちがいなくなってから、いったい何があったの?」
「夏生くんいきなり聞くのはデリカシーにかけると思うよ。あーきっと嫌われちゃったかな。さっちゃんはこんな夏生くん嫌いになったでしょ?」
「さ、彩月いったいどうしたの?それに青空くんを夏生くんって……確かに思い出すのは辛いけど……でもふたりに会えて少し元気が出たよ。だから安心はしても嫌いになる訳ないじゃない」
俺と彩月ちゃんの顔を涙目で交互に見てくる少女の名はー
【井川幸子(いがわさちこ)】
総務課の女子社員の中でもすごく静かなタイプで、ショートカットの髪に眼鏡をかけている……はずなんだけど眼鏡がない。
今まで眼鏡をかけていてもかわいいとは思っていたけど、眼鏡がない方がその大きなくりっとした優しい目が印象深くてさらにかわいい。そんなおしとやかなタイプの美少女なのだ。
「嫌いにならないけど好きにもならないもんね」
「彩月キャラ変わってるよ?青空くんもすごく……逞しくなってるね」
「そうかな?短期間でいろいろあったからね。それよりその首輪が気になるんだけど……」
「ここからは私が説明しよう」
「ローランド師匠!」
「この子の最初の経緯は分からないが……首輪は奴隷商のスキルによる者だ。功績を挙げて身分を上げるか雇主に1億ゴールド返却しないと解除が出来ない」
「1億ゴールドってそれは奴隷の身分じゃ現実的に無理じゃないですか!」
ローランド師匠は黙って頷いた。
ここで井川さんが重い口調で話始める。
「青空くんたちが去ってすぐに魔物に襲われたの。それでよく分からない状態でも機転のきく企画課の社員が魔法を使える事に気付いてなんとか応戦したんだけど……」
「まさか!?やられてしまったの?」
「ううん撃退させたまでは良かったんだけど……その後に軍隊みたいのがやってきて……助けが来た!と思ってみんな安心したんだけど……」
「重役の人達と営業課のエース、それと各課の一部のエリート社員たちが何か話あっていて軍隊の隊長みたいな人と話をしていたの」
「話が終わると突然私たちは檻付きの荷台に乗せられてどこか暗い建物に連れて行かれて……。きっと社長達が私達を売ったんだと思う……。役職者やエリート社員はスキルが高いだのなんだのって聞こえてきたから」
「それで奴隷商の人達がやって来て毎晩ひとりずつオークションにかけられて……」
「ここからは私が話そう。オークションで私は良い剣が出ないか参加しに行ったものの収穫なく帰ろうと思った矢先に本日の目玉商品ですとドラムロールが鳴ってね。まさか人間のやりとりがオークションで行われるとは思っていなかった。奴隷は奴隷商の館で取り引きするのが普通だからね」
「じゃあ師匠は奴隷としてではなくメイドにする為に落札したと?」
「そうなんだがなかなか信用してもらえず困っていた時に君たちに出会った訳だ。人間不信になるのは仕方がない。あのような扱いを受けていたのだから……」
「師匠助けてくださってありがとうございます。それでお願いがあるのですが……」
「わかってる。最初から君達の元へ返すために連れて来たのだから」
「助けてくださった費用はお出しします!だから……ってえ?」
「お金はいらないからひとつだけ私の願いを聞いてくれ。私に夢を見せてくれ。この世界の不条理をいつか君が打ち砕く夢を…」
「わかりました。僕にこの世界の事は正直分からないけどいろいろ許せない。でも師匠僕らの存在を……」
ローランド師匠は詳しくはもう聞こえないって素振りを見せている。
この人には全てを見通す経験と能力があるのだろう。
不思議な人だけど味方にいるだけで安心する。
しかし……社員を……仲間を見捨てて売るとは。
そんなの許せるわけがない。
スキルとは仕事のスキルではなくこちらのスキルの高さを指しているのだろう。
僕のステータスが当初低かった事からも間違いないはずだ。
「奴隷スキルの解除か」
「せっかく……せっかく会えたのに。私たちが稼いで自由にするまで首輪はごめんなさい」
涙を流して聞いていた彩月ちゃんがなんとか言葉を搾り出した。
「俺に任せてよ」
「「「「え?」」」」
その場にいる全員が俺に注目していた。
奴隷スキル。スキルと名前がついているのなら……
『博士いるかい?奴隷スキルについて教えて』
『奴隷スキルは個人単体につけるマーキングのような物です。絶対服従を強いられて逃げる事も出来ません。脱出不可能な見えない牢獄とも言われています。首輪は拘束するただの道具であって実際は背中のアザのような物が拘束しています』
『個人用のマーキングだとしたら奴隷スキルは同時に2つは存在できないんだね』
『理論上不可能です』
よし!やる事は決まった!
「じゃあ井川さんちょっと脱いで」
「えっ!?」
「ナツキそれはちょっと元主人の私としても……鬼畜と言わざるおえないよ」
「ローランド様違いますって!」
「なー!つー!きー!くーん?」
「彩月ちゃん誤解だって!目が死んでるよ!それにニーナ!後ろで脱ぎだすな!」
「ダメなのか?」
「ダメに決まってるだろ!」
「「「お前が言うな!!」」」
あれから奴隷スキルをなんとかする為に、アザを見なくてはいけない事を伝えて誤解を解いた。
そしてお店の個室を借りる事にして奴隷のアザを取る。
「じゃあ井川さんちょっと触らせて」
「「「「やっぱりか!!」」」」
もう嫌だ……誤解だってば。
「み、皆さん大丈夫ですから。青空くんとは仕事でも同じ落ちこぼれ組として一緒に頑張ってきましたから信用してます」
そうなのだ。僕らふたりは他の社員以上に邪魔者扱いされていた。だからお互いに励ましあってきたのだ。
井川さんは僕にだけ背中が見えるように後ろを向いて椅子に腰をかける。
肩が小刻みに震えているのに気付いたのは、きっとミミズ腫れのようになっているこの傷のせいかもしれない。
おそらく奴隷商に酷い目に合わされたのだ。
心の傷はすぐに治らなくても体の傷はすぐにでも直して一刻も早く解放してあげなくては。
井川さんの背中のアザに触れるとスキル【コピー】を発動させる。
そしてコピーがスタンバイ状態になっているところで、スキル【シュレッダー】を発動。
忌々しいアザは跡形もなく消えていた。
そしてここで街から持ってきた最高の回復薬エリクサーを飲ませると背中の傷は跡形もなくなっていた。
「嫁入り前の大事な体に傷を残すわけにはいかないからね」
「うん……ありがとう。私は何番目だろ?なんちゃって」
助けた順番だと3番目だけど嫌な予感がするので黙っておく事にした。
彩月ちゃんとニーナの女性陣は複雑な顔をしている。
きっとこんな仕打ちをした連中を許せないのだろう。
「もう大丈夫だから」
「全然大丈夫じゃないもん!もういいよ!」
彩月ちゃんが今日はやけに怒りっぽいけど、元同僚があんな目に遭えば誰だってナーバスになるのも仕方がない。
しかし奴隷のマーキングか。
今までスキルのコピーをするたびに、少なからずスキルを盗んでいるんじゃないかと罪悪感を感じていた。
今回初めてコピーで直接人を救えた事がとにかく嬉しかった。
これでみんなを探して救う事が出来る……
それと同時に怒り持って忘れない。
役職者と奴隷商……必ず見つけ出してやる。
「それで井川さんはこれから俺たちのパーティーに入るのと僕らの家で家事全般を手伝うのどっちがいいかな?」
「え?この世界で家があるの?」
「そっかー幸子が知らないのも当然だよね。ここにおられる方こそ我々のリーダーであり主人でもある、青空夏生男爵様だよ」
「男爵……男爵……ひょっとして貴族の男爵の事?」
「一応ね」
改めて言われるとちょっと恥ずかしい。
「す、すごい出世だね!この世界の事はまだ全然わからないけどすごいって事は私でもわかるよ!それに逞しくて頼りになってカッコよくなった。ほんと……私は青空くんと一緒ならなんでも構わないよ」
同じ落ちこぼれ組のよしみだろうか……
なんだかすごく熱い視線を投げかけてくる。
「さ、さあ問題も解決したしこれからどうされますかローランド様!」
彩月ちゃんが唐突にローランド様へとお伺いをたてる。
そんなに仲が良かったっけ?
「そ、そうだね。国王様への謁見は明日になるから今夜は各々で宿をとってまた明朝に集合しよう。それでは解散!」
師匠は不自然なくらい急いでこの場を立ち去った。
「じゃあ俺たちも宿をさっさと決めて城下町へくり出そう!」
「「「おーーう!!」」」
宿についてはティナが昔の宿屋仲間に手配済みであったのでスムーズに決まった。
そしてまずは町を探索しようと思ったけど、なんだか井川さんを見る町の人達の視線がおかしい。
身なりも普通だし首輪もさっき外したんだけど。
「女子3人になった事だし、まずは洋服とか靴とかショッピングに行こうか?明日の夜に備えてドレスも用意しておいた方がいいかもしれないし」
「でも先立つ物がないよ……」
「私も……」
「同じく……」
「そんなの俺が用意するから遠慮しないで大丈夫。これからは必要な物があったら言ってくれ。偉そうに聞こえたら悪い。でも俺がみんなの面倒を見るからさ」
パーティーのリーダーだし貴族なんだからそれくらい当たり前だ。
すると3人は遠慮して悪いと思ったのかやたらとモジモジしている。
「一夫多妻制……」
ん?今誰か呟いた?「一気に耐性」がどうのって聞こえたけどスキルの耐性についてみんなに言った覚えはない気がするけどまあいいか。
そして各々のドレスやら靴やらアクセサリーやらと色々と買い込み、四次元ポケット……じゃなく冒険者のポケットに詰め込んだ。
このポケットは不思議な事に戦闘で手に入れたドロップアイテムと通常アイテムを自動で整理してくれる優れものだ。
ショッピングを楽しむとすでに辺りは陽が落ちていたので、少し贅沢な食事でも取ろうという事になった。
向かった先はお洒落なレストラン。
「こっちの世界にもこんな素敵なレストランがあるんだね〜」
「人間しかいないけど私も入って大丈夫だろうか?」
「さっき買った綺麗な洋服着てるし、みんな美人だから大丈夫でしょ」
「夏生くん……さらっと……そゆーとこだよ?」
え?どゆーとこ?
まったく意味がわからないけどせっかく城下町まで来たのだから贅沢しない手はないだろう。
ただし……今度は僕と彩月ちゃん、井川さんの3人が注目されているようだった。
注文を取りに来たウエイトレスがなぜか支配人のような人を一緒に連れてくる。
「お客様本日は当レストランをご利用いただきまして誠にありがとうございます。それで……誠に申し上げにくいのですが、お客様の中で奴隷を同行されていらっしゃるとかは……」
「うちの大事なパーティー仲間はいるけど奴隷はいないね。パーティーに奴隷は物理的に入らないから証明になると思うけど」
井川さんも明日の国王謁見の為に念のためパーティーメンバーに入れておいたのだ。
「そうでございましたか。最近になってお客様と同じ黒い髪の方でどうも良からぬ噂を耳にしまして……。なんでも人身売買とかなんとか………。しかも女子供ばかりか同じ種族までもと聞きましてはい。つまらない話をして申し訳ございませんでした。お詫びのシャンパンをお持ちします。それではごゆっくりお楽しみくださいませ」
どうやら知らないところでいろんな事が動いているようだ。
しかも良くない方向へと……
明日からその辺りを調査しつつ巻き込まれないよう慎重に行動しよう。
明日への活力の為、美味しい物を食べて飲んで今は楽しく食事をする夏生一行であった。
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