第9話 不穏な舞踏会

 昨日の夜に少し飲み過ぎたせいだろうか。

 今朝はなんだか少し体が重い。

 ようやく意識が覚醒してくるとーー


 「う〜ん……」


 「朝からずいぶん騒がしいな」


 「お、おはよう」

 

 周りを見ると3人の美少女が……

 両脇にはニーナと井川さん、俺の上には彩月ちゃんが文字通り上にのっていた。


 「お前らのせいか!!」


 「いったいどーゆー事だよ」


 「うーん…こーゆー事?野暮だぞ夏生くん♡。冗談は抜きにして特に私達は目立つし警戒されてるから一緒にいるのが安全だと思って来ちゃった♬」


 うーん世の中、可愛ければなんでも許されると思ってるみたいだけど……


 「そ、そうだな。安全第一だよな」


 まだまだ俺は心の修行が必要らしい。


 朝からバタバタしたけど今日は大事な日なので気を引き締めなくては。


 昼過ぎになりローランド様と合流して門へと向かう。

 

 「地域及び名前を答えろ」


 ただの門番が随分と偉そうだ。


 「マーブルの領主ローランドと男爵ナツキ一行です」


 「マーブル……?ああ、あの弱小地域の小さな街か。貴族がいるとはな。まあ一応通っていいだろう」 


 俺が門番に食ってかかるよりも先にローランド様が俺を制する。


 「どうもありがとう入らせていただくよ」


 城門を潜り城内に入るまでの道のりでローランド様が説明してくれる。


 「実は貴族には2種類あってね。私やナツキのように冒険者が実力で勝ち取った爵位ともう一つが……代々引き継がれていく生まれながらにしての貴族。もちろん英才教育を受けてはいるが恐らく戦闘に関しては素人同然だろう。」


 「やっぱり私が貴族になった時の違和感は外れてはいなかったのですね。しかしダイヤモンドクラスでないと爵位は持てないのでは?」


 「彼等のステータスには最初からクラスはない。胸に付けてる紋章が貴族の証ってわけだ。先ほどの門番のように紋章がない者に敬意を表さない者がほとんどだよ。紋章は貴族……遡ると王家の証明なのだから。」


 やっぱりこっちの世界でも差別がある事に落胆した。

 それと同時に何故かこれから起こる事に期待が高まっていた。


 聞けば王家貴族様の実力はせいぜいゴールドクラス程度だという。

 冒険者ギルドのクエスト程度なら問題ないだろうが、もっととてつもない事が起こっているのは先日のダンジョン事件からも間違いないのだ。


 今回集まる名目は舞踏会的な位置づけであるけれど、恐らく冒険者上がりの僕らに調査依頼があるに違いない。


 城内に入り舞踏会場のホールへとやってくると、一際大きな人混みの中からひとりの青年がこちらへとやってくる。


 まるで女性のようなきめ細やかな肌をした端正で完成された美しい顔立ちはおしゃれな男性用のパーティーハットも似合っておりまさに王子様だ。


 「やあ君がナツキだね。いろいろ噂は聞いているよ。僕の名はアナン。今後ともよろしく」


 差し出された右手で握手を交わし……


 「えっ!?」


 「なんだい?どうかしたかな?」


 「あ、いえ手が……豆がいっぱいだったものですから」


 「ああ、我々は実践不足は否めないのでせめて剣の稽古だけは毎日欠かさず行っているからね。それではまた」


 他の来客者に連れられてその場から去って行った。


 驚いた。すごく柔らかい手にたくさんの豆が出来ていたからではない。

 握手を交わした瞬間にコピーが発動した。


 俺たち上級の冒険者はステータスを他人からある程度ガードして安全確保の為に情報が流れないようにする事が出来る。


 しかし王子様……いやあの人は……まったくのノーガードでスキルだけでなく名前やランクまで見えてしまった。


 ランク【プリンセス】

 名前 【アナーシア】


 王子様なんかではない。

 お姫さまなのだ!?


 何か理由があるのは間違いないけど……


 戦闘に役立つスキルはなかったものの、王子様?として振る舞うにふさわしいスキルを持っていたのでコピーさせてもらう。

 

 「なんだか女の子みたいに綺麗な王子様だったねー。握手している時なんだか胸騒ぎしちゃったよ」


 彩月ちゃんが疑いのまなこで俺の顔を覗き込んでくる。

 女の勘ってやっぱこえー……


 「そろそろ始まるみたいだよ」


 音楽隊らしき人達の演奏が鳴り響きホールが静まり返る。


 「パウエル国王ご入場!」


 すごく怖い顔をした表情の国王がやってくると玉座に座る。

 その横には恐らく王妃らしき姿と、先程の王子?がやって来た。


 「わしの代では初めて7つの街の領主と貴族が揃っためでたい席じゃ。まずはみんなでも盛大に祝おうではないか!!」


 ワー!ワー!ワー!


 周りを見るとどうやら7つの街を代表する領主と貴族、そしてパーティーメンバーがずらりと顔を揃えている。


 俺たち以外にひとつだけ冒険者っぽい街の人がいるけど…

 一言で表すなら、すごく柄が悪い。


 この場には不釣り合いな真っ黒の鎧やドレスを着た集団。

 そして全員が仮面のような物をつけている。


 街の名は【インフェルノ】


 インフェルノとは地獄や業火と表現される事が多い。

 街も気軽に立ち寄る事が出来ない閉鎖的で有名だとローランド師匠が説明してくれた。


 宴も中盤になると中央ではダンスを行う人が増えてきた。


 俺の連れ3人は今日はドレス姿で持ち前の美少女ぶりを発揮している為、たくさんの貴族の男性達にダンスに誘われるが誰もそれに応じる事はなかった。


 「気にせず踊らなくていいのか?」


 「ダンスなんて踊れないし、誰かでもいいって訳じゃないんだよ?」


 なんだか彩月ちゃんもニーナも井川さんもたいそう不満そうだった。


 宴も中盤に差し掛かると遠くの方ではどよめきが起こっていた。

 大勢の人垣が二つに割れ、間から現れた絶世の美女がこちらへと歩いてくる。


 「わたくしと踊っていただけますか?」


 多くのギャラリーがいる中とても断れる空気ではなかった。


 「喜んで」


 彼女が差し出した手をエスコートするように優しく触れたその瞬間!!!


 王子様?がやっぱりお姫様?


 性別を誤魔化せしていながら、わざわざなぜ俺のところに2回も違う姿でやって来たのか……


 とりあえず踊りながら様子を伺う事にしよう。


 いきなりの誘いで動揺している上にダンスを習った事もやった事も当然あるわけもなくどうして落ち着いていられるのか?


 さっきコピーさせてもらった特殊スキル【王家の振る舞い】のおかげである。


 危なかった〜。こんな貴族だらけの中でしきたりやマナーも知らずに振る舞える訳がない。


 お姫様に感謝感謝。


 ダンスは彼女のおかげで完璧である。

 おまけに息もピッタリなのは、元々彼女のスキルなのだから当たり前と言えるだろう。


 「こんなに相性がいいのは初めてですわ」


 「こちらこそ光栄です」


 くぅー。このスキルは歯の浮きそうなセリフも勝手に出てきてすごく恥ずかしい……


 曲も終わりに近づき最後に彼女の体を引き寄せてフィニッシュ。

 絶世の美女の顔が近くにくると耳元で囁く声がーー


 「わたくしをお助けください……」


 そしてそっと手には小さな紙切れを手渡されていた。


 鈍感な俺にだってわかる。

 ああ……何かに巻き込まれるらしい……


 ダンスも終わりみんなのところへ帰ると3人の美少女が3人の鬼になっていた。

 あ、あくまで表現ですはい。


 「みんなすご〜くお顔が怖いよ?」


 「なんでですかねー?」


 「どうしてですかねー?」


 「女ったらしですかねー?」


 君達はかねー三姉妹?最後のは明らかにおかしいでしょ?


 「彼女を守っていたんだよ」


 メモを受け取った反対の手の中にある物を見せる。

 おそらくこれは……


 「吹き矢?」


 「そう。しかもおそらく猛毒付きで10個ほどあるよ」


 「え?え?ナツキくん大丈夫なの?」


 「踊っている間ずっと狙われたよ。俺には毒は効かないけど彼女はそうはいかないから」


 こんなに大勢のギャラリーがいる中で命を狙うなんてなにを考えているんだ?

 俺がいなかったら大混乱に陥っていたじゃないか。


 混乱?そんな事をしてなにが目的か……国王の暗殺?

 まずい!俺が事前に防いでしまったのなら無理矢理強行するに決まってる。


 「みんな!俺から離れないようにしてゆっくりと戦闘準備に入ってくれ。ニーナは風の精霊魔法でホールの状況を把握」


 「わかった。任せといて!」


 周りを警戒しながら国王達のいる玉座の方へゆっくりと移動しているとーー


 カチ!ズドーーーン!!!


 「国王様!!」


 なんと玉座が……元玉座のあったところは跡形もなく吹っ飛んでいた。

 辺りは煙にまみれ状況がつかめない。


 「みんな大丈夫か!!」


 「「「はい!」」」


 やがて煙も消えあたりの景色がはっきりしてくる。


 「国王様、お怪我はございませんか?」


 「問題ない。そなたのおかげで命拾いしたようじゃ」


 そう。俺は不穏な雰囲気となにかスイッチが入る音が聞こえた瞬間に国王を抱きかかえて2階の踊り場へとジャンプしたのだ。


 「夏生くん大丈夫?幸い怪我人はいないみたい!ただ……インフェルノの連中が逃走する姿が目撃されてる!」


 「インフェルノ?国王様どうされました?」


 インフェルノの名前を聞いた途端に国王の顔が歪み何か考え事をしているようだった。


 「ナツキだったか?貴殿らに話をしたいことがあるのじゃが非常にデリケートな話での。絶対に他言無用で真夜中にもう一度宮殿に来てくれ」


 「わかりました」


 王子様?お姫様?の件といい……


 こうして初めての晴れやかなパーティーは、とても楽しいとは言えない状況で幕を閉じた。


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