第7話 剣聖

 「ほんとに全部ティナに任せて大丈夫なのか?」

 「大丈夫だから安心してちょうだい!」


 貴族になったお祝いにこの街の領主さまが来てくださる事になっている。

 その歓迎の準備をティナがひとりで出来るから大丈夫だというのだ。

 後で聞いたところによると、この国は大きな街7つから出来ていてその他には国王のいる城と城下町があるとの事だった。

 街の近辺には小さな村がありそこを含めて統治する領主さま、その領主さまの片腕ともいえる貴族が街にはひとりだけいる。

 今回俺が貴族になった事によって数10年ぶりにこの街【マーブル】に領主と街の貴族が揃い街では大喜びをしている。

 街の由来の【マーブル】とは大理石と言われる事が多いけど、そもそもラテン語の「輝く石」からきているという説もある。

 この小規模な街がいつか脚光を浴びて住民みんなが輝くようになればと夏生は心から思うのであった。


 「準備をティナにしてもらってるとして、彩月ちゃんとニーナはどこへ行ったの?」

 「ふたりはとびっきりの服に着替えてるよ。ふふ」


 着替えってなんの着替え?なんで笑ってるの?

 領主さまが来るから綺麗な服に着替えているみたいだ。

 


 「準備できたよー。お待たせ〜」

 「何やってたんだよ。おそ……なんだそれ!」


 俺とティナがいるパーティールームに入って来た彩月ちゃんとニーナの格好を見て驚いてしまった。


 「おい。なんでふたりしてメイド服に着替えてるんだよ」

 「だってこの屋敷を見に来た時にメイドが欲しいって言ってた」

 「そうだよー。夏生くんの趣味に合わせて恥ずかしいけどふたりでこんな格好したんだよ」

 た、たしかに彩月ちゃんは正統派の美少女だから、絶対に向こうの世界ではこんな格好なんてしないだろう。

 無理して恥ずかしい姿を見せているので、顔を真っ赤にしていてこれはこれでいい。

 ニーナの方はハイエルフの美少女なので、いかにもイベントにいるコスプレイヤーのようで負けずにこちらもいい。

 プライドの高いエルフらしく毅然と振る舞っているようで実は相当恥ずかしいのか、尖った耳が赤くピクピク動いている。

 どちらも恥ずかしいならやめておけばいいのに。

 

 そういえば…ん?俺の趣味……?


 「おいおいふたりとも似合っているから可愛いけど、俺にそもそもそんな趣味はないよ?」

 「「可愛い……」」


 ダメだこりゃ。ふたりして最後まで全然聞いていない。


 「それより約束の時間まで30分しかない!ほんとに大丈夫?」

 「大丈夫大丈夫〜。後はテーブルクロスを敷いて料理を運ぶだけだよ」


 ティナはどうだと言わんばかりに胸を張っているけどほんとにひとりで準備してしまった。

 家事スキルや料理スキルも凄いんだな。後でこっそりティナに触れてみよう。いやらしい意味ではないよほんと。


 * * * *


 「領主様この度はわざわざこのようなところへ来ていただき誠にありがとうございます。わたくしがこの屋敷の主人になりました青空夏生(あおぞらなつき)でございます」


 「このような老いぼれをお招きいただきありがとう。堅い挨拶はなしで気楽に接して欲しい」



 優しそうな笑みを浮かべているこの人がこの街を含めた近隣を統治しているーーー


 マーブル近辺を統治している領主【ローランド】


 気品と精悍を併せ持つその顔立ちはまさに領主にふさわしい風格を漂わせ、綺麗に整えられた白髪は実際の年齢よりも若く見せている。

 なんでも若い頃は有名な冒険者だったらしい。


 剣の腕前に関して当時は右に出るものがいないほどの達人で、昔の通り名はーー【 剣聖 】である。


 「では私の事もナツキとお呼びください。青空夏生はどうも発音がしづらいようですので。そしてパーティー仲間の彩月とニーナ、家事担当のティナです」


 「ではそうさせてもらうよ。ナツキとサツキは同じ地域の出身なのかな?その黒い髪と珍しい名前に特徴がある。私が先日雇ったメイドと同じ特徴を持っている」


 「ローランド様、先日新たに屋敷に来たものはメイドではなく奴隷だったかとかと」


 「私は奴隷船制度というものが好きではない。だから奴隷を雇った覚えはないよ。メイドとしていろいろ教えてあげてくれ。どうも彼女はこのあたりの習慣に慣れていないようなのでな」


 「かしこまりました」


 ふたりのやりとりが終わるまでのほんの数分がすごく長く感じていた。

 俺と彩月ちゃんが一緒にいるから出身が同じだと思われたわけではない。

 この世界を見てわかった事だけど、カラフルな髪の色をしている人はたくさんいるけど黒髪なのは俺と彩月ちゃんだけなのだ。

 どうしても期待が高まり鼓動が早くなる。

 奴隷って言葉に違和感を覚えるけど……


 「僕らと同じ黒髪の人を雇ったのですか?もしかしたら……生き別れた仲間かもしれないのです」


 ローランド様の優しい目の奥にある鋭い眼差しを見て俺は直感していた。

 この人にきっと嘘は通じない。ありのままを伝えなくては信用などしてもらえない。


 「きっとそうだと思っていたよ。君達が3人で屋敷を見ていると聞いた時に、なぜこんな大きな住居が必要か疑問だった。良からぬ者が手に入れてアジトにでもされないか心配だったが、ナツキの真っ直ぐな目を見てその不安は解消されたがね。じゃあ今度確認出来る場を設けるとしよう。用心して名前も教えてくれなくてね」


 「お気遣いありがとうございます。よろしくお願いします」


 ようやく情報が入ってきた。ただ……

 奴隷として引き渡されたと聞いてみんなに何があったのか心配で仕方がない。とにかく一刻も早く全員を探しださなくては。


 「ところでナツキはあの冒険者ギルドの錆びた剣を使いこなせるとか?私も少しは剣の心得があってね。後で是非その剣を見せてもらえないだろうか?もちろん使いこなす事が出来ないのは昔に試しているがね」


 来た!これはまたとない絶好のチャンスだ。

 しかも僕はステータスが高くて剣の能力だけで今まで戦ってきた。

 剣聖とまで言われた腕の持ち主に教えてもらえればこの先の戦いがずっと楽になるはずだ。


 「もちろんです。その際に差し出がましいお願いなのですが、剣のご教授をお願いしたいのですが。私は剣の心得が全くないので」


 「貴族にまでなる強さで全く心得がない方がよっぽどすごいが、私で良ければ力になろう」


 「ありがとうございます!よろしくお願いします」


 俺が今まで戦ってきたのは、向こうの世界でやり込んでいたゲームの感覚の延長でただ闇雲に剣を振り回していたに過ぎない。

 これはまたとないチャンスを手に入れた。


 「話は変わるがこの料理は本当に美味しいね。作ったのはティナさんだったかな?素晴らしい食事が楽しめたよ。将来君はいいお嫁さんになるね。こんな可愛い子たちに囲まれてナツキもこれからいろいろ大変だね」


 「いろいろってなんですか?私はみんなを(仲間として)大切にします。」


 「これはこれは。全員とは……さすがは最速でマーブルの貴族になった男だ。頑張ってくれたまえ」


 「???」


 どうも話がかみあってない気もするけど、俺はみんなを絶対に守ってみせる。


 彩月ちゃん、ニーナ、ティナは俺の言葉を聞くと、安心したのか手をモジモジさせながら上目遣いで俺を見てくるので、ニッコリと俺は微笑んだ。


 3人ともそれに応えるように笑顔を見せてくれたかと思えば顔を見合わせて、何やら険悪な雰囲気になってない?

 仲が良いのか悪いのか……まったくしょうがないな。


 食事を終えると天気も良かったので俺たちは中庭へと出て行った。


 「ほう!これは素晴らしい剣だ。持つのがやっとだが計り知れない力を感じる」


 「通常の者では持つ事すら出来ないので、さすがローランド様です」


 「うーん複雑な気持ちだがのう。では私は護衛の持っている剣で相手をお願いしよう」


 稽古をつけてすぐに理解した。


 す、凄い!?無駄な動きは一切なくまるで剣に意志があるように滑らかでそしてしなやかだ。

 なによりも剣を持ってからの彼から放たれているオーラと迫力が違う。

 余程の試練を経験してきたのだろう。


 「剣の腕前は基礎が全てだ。毎日の基礎の鍛錬がいざという時に役に立つ事を覚えておきなさい」


 「はい。良ければまた稽古をつけていただきたくーー。私の……俺の師匠になってください!」


 「君は若くて真っ直ぐだね。この領地で出会えたのも何かの縁だ喜んで力になろう。その分マーブルは任せたよ」


 「はい!ありがとうございます師匠!」


 握手を求めてきた師匠の手を見つめ俺は戸惑う。

 この人の信用を裏切って黙って能力を取る事は出来ない。

 その仕草に何か感じとったのだろう。


 「ナツキの力になるのなら私の能力も使いなさい」


 その言葉に感謝しつつ握手を交わしこうして俺たちには領主とその領地の貴族以上の絆が結ばれた。


 師匠たち一行は来週に稽古をつけてくれる約束を交わし夕方には帰っていった。

 来週は王都で国王からの招集がありそこで落ち合うのだ。


 自分の部屋に戻り師匠からコピーするスキルを選ぶ際に驚いた。

 ローランド郷、俺の師匠のスキルは一つも魔力を使うものがない。

 推測ではあるけど師匠は全く魔力を持たず、剣の力だけで今の地位を築いたようだ。


 今回はスキル選びに迷うことはなかった。


 【ソードマスター】


 ・ありとあらゆる流派の剣技と奥義を習得

 ・剣の熟練度により効果は比例する


 剣の腕を磨けば磨くほど効果が上がるようだ。

 この先魔力を温存しなくてはいけない場面も出てくるだろうし、俺の剣は魔力を吸い込むので燃費も考えなくては長期戦に耐えられない。


 

 * * * *


 1週間はあっという間に過ぎた。


 ローランド師匠が帰ってから、彩月ちゃんやニーナそしてティナまでもが俺の入浴中に入ってきたり、就寝中に侵入を試みてきたのだ。


 なんだか身の危険を感じてギリギリのところで逃げてはいたけど何が彼女たちを突き動かしているのか見当もつかない。


 王都の城下町はかなり栄えている。

 マーブルの5倍の広さの敷地にはところ狭しと店が連なっている。

 城下町の端にある一角に静かなカフェらしきところがありそこで待ち合わせをしていた。

 カフェに入るとーーー


 「青空くん!彩月!」


 その声の主は真っ直ぐに俺の胸に飛び込んできた。


 俺の後ろでは一緒に連れてきた彩月ちゃんとニーナが驚愕の表情を浮かべている事に俺は気付いていなかった。

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