温水さんが水を飲むかどうか決めるのは彼女自身だ。

佐々木実桜

温水さんは水が嫌い。

「温水さんはお水でいい?」


文化祭の打ち上げでドリンクバーを取りに行ってくると名乗り出たクラスメイトの女子が下劣な笑い方で私にそう問う。


私は今日も今日とて決まった答えを返す。


「嫌。」



温水小百合。


それが私の名前。


高校に上がるまではこの名でからかわれることなんてなかった。


せいぜいかの有名な毛が薄めの俳優さんの娘か?と言われるくらい。


今思えば小中は恵まれていたのだろう。


高校に上がってから、環境は変わった。


隣の席になった頭の悪い田中に「温水ってさ、やっぱ水めっちゃ飲んだりするの?」というしょうもない質問をされたのだ。


「…いや、味ないからあんまり得意じゃない。」


何も考えずに返したら田中はそれがウケたみたいで


「温水なのに水苦手って、なにそれ」


と馬鹿みたいに笑った。


田中は声が大きいからクラスメイト全員に聞かれてしまい、何故か私はそれ以降水がどうのとからかわれるようになってしまった。


その筆頭はやっぱり田中で、


「温水、間違えて水買っちゃったからあげる!あ、ごめん水苦手なんだっけ!」


とこれまたしょうもない絡み方をしては笑って去っていくのだ。


クラスメイトも私の友人もそのやり取りを見て止めるどころか笑うばかり。


(はぁ…)



百歩、百万歩譲って田中はもういい。


正直慣れたし、あいつは面白がってるだけで悪意は感じられない。


不快だけど。


「温水さん〜、はいお水。あぁ〜ごめんなさい!苦手なんだっけ!でもせっかく持ってきたんだから飲んで?」


性格の悪さを隠しきれない笑みで私にコップを渡してくる女。


「私はいい、もったいないから宮川さんが飲みなよ」


「宮西!もうクラス終わるのにいつになったら覚えるのよ!」


「ごめん宮東さん」


「宮西!方角間違ってんじゃないわよ!」


何故か苗字をいつまでも覚えられない宮北さん。


彼女は執拗に私に絡んできては水を飲ませようとするのだ。


田中が私に絡むようになってからだから、田中が好きなんだろう。


「私は自分でとるから田中のとこにでも行ってきたら?」


「う、うるさいわね!余計なお世話よ!」


そう言いながら宮崎さんはどこかの席に移っていった。


「早く飽きてくれるといいんだけど…」


「なにが?」


やってきたのは中心で騒いでたはずの田中。


「なんでも。で、なんの用?」


「べっつにー、疲れたから来ただけ。お茶持ってきたから飲む?あ、まだ口はつけてないからな」


バカの癖に気は利くようだ。


「ありがとう」


「どういたしまして〜」


そう言った田中は中心に呼ばれて去っていく。


(あいつ、やるな)


「ねえ」


いつの間にか戻ってきた宮田さんが私に声をかけてきた。


「それ、もう飲んだ?」


宮舘さんが指さしたのは田中が持ってきたお茶。


「今飲もうとしてたとこだけど、」


「飲まないで。」


「でも飲み物取りに行くのめんどくさいし…」


「この水あげるから、そのお茶ちょうだい。」


「宮島さんわがままだなあ、私水苦手だって言ってるじゃん」


「宮西だって。いいから、お願い。」


いつもより真剣な顔で急かしてくる宮内さんが少し怖くて、結局交換した。


「はい。」


「ありがとう」



(そんなに田中のこと好きなのかな…)


そんなことを考えながら、私はコーラを飲んだのだった。




「おっかしいなぁ」


一人歩く帰り道、そんなことを呟く。


今日俺はあることをしたはずだった。


それは、まあ言い難いことだ。


確かに俺は、あの女にやったコップにMDMAを盛ったのだ。


なのにあの女は異変のいの字も見せなかった。


「やれると思ったんだけどなあ…」


そう言って俺は、舌打ちをした。





「小百合、どうしたの?」


「いや、宮野さん居ないなって。帰ったの?」


「うちに宮野はいないよ?」


「あ、違うや。宮本さんだっけ」


「宮本もいない」


「あれ、あ、宮西さんだ!」


「だから、宮野も宮本も宮西も、いないって。うちに宮のつく苗字の人はいないんだよ。」




「…え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

温水さんが水を飲むかどうか決めるのは彼女自身だ。 佐々木実桜 @mioh_0123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ