16 秘めやかなる真相
翌日、教室に入るなり玲於菜が駆け寄ってきた。
「緋上さんっ」
「なーに、たんぽぽちゃん。朝から元気ね」
このタンポポ娘は朝だろうと昼だろうと大体このテンションである。
「特に用事は……ていうかたんぽぽちゃん、って」
「あなたのイメージ植物です。まぁそれはいいから。今日来るの早くない?」
「うん、あ……いや、えっと。そうかな?」
「どっちよ」
杏樹は寮生だが、玲於菜は自宅生だ。小学校から星聚に通う生粋のお嬢さまなので自家用車で通学している。寮ほど近くはないので早く着くためには運転手に早めに家を出てもらう必要があるわけで。
「何でもないの!気にしないで」
「そ。ならいいや」
なにか言いたげではあるが言い難そうでもあり、こちらから無理に問い質すことでもないかと放置することに決めた。
(まぁ、大体予想はついてるんだけど)
昨日から妙に話しかけたり一緒に行動したがったりしていたのは、恐らく『コワーイ先輩』である幹弥が動くのを知っていたのだろう。実働部隊である縦ロールと口ぼくろの企みをどこかで知って。
実のところ体育倉庫の一件の時、外で様子を窺っていた者がいたことは知っている。
今もキョロキョロと周囲を見回し警戒しているような素振りを見せているが、何というか、タンポポの首がもげそうだと言いたい。
「おはよー、緋上。おまえ何か噂になってんじゃん」
「おはよう、噂ってなに?」
「一個上のミキヤ先輩って女関係ハデな先輩から一目置かれてる一年って。マジ?」
そう、これもある。噂に尾ヒレはツキモノだが、まだ朝だというのにこんな感じで話を聞かれるのは何度めか。
(これ多分ミーくんも操作してるんだろうな。噂のひとり歩きにしてはわたしに都合がよすぎるし)
幹弥自ら『オレのことも上手く利用しろよ』と言っていたが、なるほど確かにこれは楽だ。
「さぁ?どうでしょう」
曖昧な言い方をして意味深に笑っておけば、あとは相手が好きなように解釈してくれる。
こうして学院の有名人でもある幹弥でも御すことのできない型破りな一年生として、多少の悪意は牽制できる。
注目は浴びるだろうが、それはもともと悪目立ちしていた杏樹には些末なことだ。
幹弥とは昨日、あの後少しして別れた。とは言っても幹弥も寮生なので帰る方向は同じだ。
人通りのない場所で立ち話ぐらいならともかく、連れ立って寮まで歩くとなるとさすがに人目につく。と言うわけで時間を置いて別々に帰路についた。
ちなみに杏樹が幹弥が寮にいることを知ったのは先週末のことである。幹弥のことを『風の便り』に聞いた後で調べた。
幹弥が中学から星聚学院にいることは知っていたが、ふたりの地元なら距離的に自家用車で通えるところだ。それなりの家の坊っちゃんでもあるし、そうしているものとそれまでは勝手に思い込んでいたわけだが。
以下は杏樹が『風の便り』を受け取った時の一部始終である。
先週、エスタ教の授業後に帰り道を歩いていた時のこと。
緩やかな午後の風に髪を持ち上げられ、風の行く先を追うように杏樹が顔を上げれば。
「……あれ、どうしました?」
杏樹を見る視線があった。
そこに居たのは杏樹にとって紛れもなく知り合いであったが、人間ではなかった。普段から杏樹の身の回りに気を配ってくれる風の精霊だったのだ。
杏樹は日常的に精霊に助けられているためその存在には気づいている。ただ精霊がそうしようとしなければ姿を確認することまではできない。
だから精霊が姿を見せる時は杏樹になにかを伝える時。
滅多にないことを不思議に思い、杏樹はぱちぱちと瞬きながら問いかけた。
美しい女性の姿をした精霊は、不思議がる杏樹に優しく微笑んで口を開く。
『少しお耳を、拝借』
否やなどあるはずもないので話を聞けば、女子生徒の数人が自分を陥れる計画を立てていたと聞かされる。
「え、そんなことが?」
実際にはそれほど驚きはしなかったのだが。
『えぇ、それで自分達ではなく誰か別の者を差し向けるつもりのようです』
「……わかりました。気をつけておきます」
『そうして。わたくし達もいるし大丈夫だと思うのだけど、聞いている限りではあまり評判のよくない者のようだから』
「ちなみにですけど、その人の……」
『名前ね?確かミキヤ先輩とか。苗字は……』
精霊が続けた苗字を繋げたフルネームに聞き覚えがありすぎて、こちらのほうがよほど驚いた。
「え!」
『どうかして?』
「あ、いや気のせいかもしれないし。でもその可能性は高いからもしそうなら案外話は早いかも」
ふーん、そうなんだぁ……とぶつぶつ呟いていたらちょっとよくない表情をしていたらしい。
『ちょっと、お顔が悪人面ですよ』
「……え?あらやだ、いけないいけない」
その時の杏樹の表情を見た人が誰もいなかったのは幸いだ。だが残念ながら精霊は見ていた。
慌てて取り繕ったが、精霊は大層心配そうな目をしていた。と言うか可哀想なものを見る目だ。恐らく心配だったのは杏樹の身ではなく精神のほうだろう。
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