14 秘めやかなる再会

 特別親しい友達もおらず部活もしていない杏樹は、基本授業が終わればまっすぐ帰宅する。今は学院の寮にだが。

 門をくぐって最初の曲がり角を曲がらずまっすぐ進もうとしたところで、腕を掴まれ引きずり込まれた。


「待てよ、『緋上杏樹ひのえあんじゅ』」


 がっちりと自分の腕を掴む大きな手をじっと見ていたら頭上から声が降ってきた。聞き覚えのある、なんならついさっき聞いた声。


(むしろ変声期前から知ってるんだよね)


 杏樹は顔を上げ、にっこと笑って見せる。さっき体育倉庫で見せたのと同じ笑みである。


「はーい、何ですかー?」

「無駄に語尾伸ばすな気持ちワリィ。つかホント何なのおまえ。なに『緋上杏樹』って。いつから名前変わってんの」

「四月からかな?」

「なんっだよそれ。知ってたらあんな話引き受けなかったのに」

「っぷ、あのくらいで尻尾巻いて逃げるなんて……先輩に置かれましては、さもコワーイ先輩で名前が知れてると『風の便り』に伺ってましたのに」

「っチ……相変わらずの『風の加護』かよ」


 杏樹はとても嫌そうな顔をする『コワーイ先輩』を見て、ふふっと笑うと掴まれた腕をついついと揺らして放してと訴えた。

 素直に腕が解放され、改めて向き合う。


「久し振りね、ミーくん」

「……おぉ」


 多少ふて腐れた感はあるものの、普通に応じる先輩男子・『ミーくん』。


「場所変える?」

「平気だろ。ここあんまり人来ねぇし」

「さすがー、女子といかがわしいことするのに適した場所は把握済みですか」

「いや、外でいかがわしいことすることは言うほどねぇよ」

「『言うほど』ね。また地雷踏んでるよ」

「わざと」

「でしょーね」


 ドヤ顔するところではないだろうが、言い訳しない潔さが良し。


「つか、オレが来るって知ってた?」

「風の便りでは名前しか聞いてなかったけど……確信はあったね。いくらこの学院が広くて生徒数が多くても、同姓同名はいないかなって。ミーくんがここ通ってることは知ってたし」

「オレはおまえが入学してたこと知らなかったけどな」

「言う機会なかったし。でもわたしもミーくんにこんな悪評が立ってるとは知らなかった。なにクズみたいなことやってんの」


 じとっとした目で見つめると、軽く肩を竦める『ミーくん』。


「いやさ、きっかけは多分、去年他校のガラわりぃ奴と喧嘩した時にそいつの気の強い彼女が乗り込んできて」

「どんな学院生活を送ったらこの名門金持ち学校でそんなことが起こるんですかね」

「まーまー、それでオレも女の子に怪我させるわけにいかねぇから適当に脅しつけて追い返したんだよ。そしたら何か恥ずかしい目に合わせたって周りに勘違いされてな」

「どんな解釈されたんだか」

「それな。で、今じゃ噂に尾ヒレがついて今回みたいなこと頼まれたりするんだよ」


 別に嗜虐心はないから基本なにもしないけど、と続く言葉に杏樹は首を傾げる。


「そうなの?わたしはてっきりあのまま破廉恥なことされるんだと」

「破廉恥て。……まぁ、頼んできたヤツはそう思ってるだろうな。実際オレがやってること見たヤツは『あれ?これだけ?』みたいな顔することもあるから」

「そうなんだ」

「ただ、口では結構脅すから……たまにそーゆーの好む女に普通に惚れられたりするけど」

「……で、『コワーイ先輩』で名前が知れてる幹弥みきや先輩はそういう時どうするの?」

「彼女作る気ないから遊びでいいなら、って前置きしてヤることヤるのが多い。だからクズなことは間違いねぇな」


 自らをクズと肯定してしまうのもどうかと思うが、はっきり認めてしまう潔さ良し。


(昔は馬鹿で単純明快なガキ大将だったのになぁ。あぁ、でも昔から……)


 正確には子どもの頃より目つきは少しきつくなったかもしれない。だが子どもらしい丸みのなくなった頬の輪郭や涼しげな口元、あと杏樹の記憶にあるより背はかなり伸びている。


「見た目だけはいいもんね」


 まじまじ見つめてつい口に出して言ってしまったら、幹弥も杏樹を見下ろしまじまじと眺めてきた。


「おまえが言うか」

「えー、ひどーい。わたしが見た目だけとかそんな」

「人のこと素っ裸に剥いたヤツのがよっぽど酷いだろ」

「人を痴女みたいに。それ言ったらそっちだってわたしの裸ぜんぶ見たじゃない」

「あれはおまえが自分で見せてきたんだ。痴女じゃない。露出狂だった」

「ほんの六、七歳の時の話でしょ」


 杏樹と幹弥のつき合いは幼児期から。しかもちょっとした秘密を共有する仲である。

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