13 同時刻の授業間

 玲於菜は百合を黒幕とした企み事の決行日を知らなかった。実動部隊である三人のクラスメイトとは個別に連絡を取り合う仲ではなかったし、そうであったとしても玲於菜が尋ねて答えてくれることでもなかっただろう。

 だから週明けの今日、玲於菜は朝から杏樹に必死に気を配っていた。と言うより、必要以上に話しかけて干渉し過ぎていたので軽くあしらわれていた感じだ。実は普段からわりとそうなのだが、玲於菜自身は気づいていない。

 体育の授業中も目を離すまいとガン見していたが、杏樹があまりにも景気よくスパイクを決めるのでむしろゲームに夢中になって見てしまった。

 だから満足してしまったのだ。ゲームが終了し、杏樹のチームが勝利を収めたことで。

 見ごたえのあるゲームだったとほくほくしていたところで別のクラスメイトに気を取られ杏樹から目を離してしまった。……やはり玲於菜は自分で思うより馬鹿なのかもしれない。


「おーい葛城、ちょっと頼まれてくれ」

「なんっすか、センセー」

「放送室に機材運ぶように頼まれてるんだがちょっと手が離せなくてな。おまえ力有り余ってるだろー、頼む」

「いや別に有り余ってはいませんよ。いいっすけど」

「悪いな、男子がいたらそっちに言ったんだが」

「男子ら今日は外っすもんね。わかりましたー。……んー」


 体育教師に用事を頼まれたのはやや吊り上がり気味の目のクラスメイトだ。さっきのバレーで同じチームだったのもあり、近くにいた玲於菜はたまたまその会話を聞いていた。

 大して渋りもせず了承したキツネ目は、教師が作業に戻った後に困惑顔で唸った。


「ど、どうかした?」


 気になった玲於菜は声をかけてみた。多少どもったが、キツネ目は見た目の印象ほど当たりのキツい女子ではないと知っている。特に今は、さっきの授業中に玲於菜のへなちょこなレシーブやトスを見事に繋いで得点を決めてくれたという少しの気安さもあった。

 杏樹もだが、この子の運動神経も結構並外れている。


「いや、センセーに放送室に用事頼まれたんだけどな、」

「うん、頼まれてたね」

「アタシ放送室の場所よく知らないんだよ」


 実はこういう生徒は珍しくない。まだ入学して二ヶ月余り、普通の学校ならばともかくこの学院の総面積は実はちょっとした街レベルと言っても過言ではない。


「あぁ、なんだ。それならわたし知ってるから、」


 代わりに行こうか?と言いかけて、運ぶように頼まれていた機材を見た。そして考える。果たしてこれが自分に運べるだろうかと。


「や、頼まれたのアタシだからアタシが持ってくよ。悪いけど場所の案内頼んでいいか?」

「うん、もちろん」

「美並に預けて階段から転落でもされたらシャレになんないしな」

「うん……そうだね」


 自分もまさにそういう心配をしていたので言い返しはしない。充分にあり得る話である。

 そんな経緯で玲於菜は杏樹から目を離した。それでも体育館を出る前には確認して、その時は同じチームだったバレー部員と片付けをしているようだった。ひとりではないなら大丈夫かと思って先に出たのだが。

 キツネ目と用事を済ませひと足先に教室に戻っていたら、ほどなくして杏樹と一緒にいたはずの子がひとりで戻ってきたのを見て愕然とした。


「部活の先輩に呼ばれてるって聞いて行ったんだけど、誰も呼んでないって言われたんだよねー」


 おかしいなー?と首を捻るバレー部の女子の言葉を聞いて、玲於菜は慌ただしく席を立つ。くるりと教室を見回せば、杏樹だけではなく百合の姿もない。そして目立つ巻き髪の少女と、匂い立つような色気を纏うほくろの少女も。

 こうして玲於菜は体育館に戻ったわけだが、通常の入り口ではなく体育倉庫付近に不自然に立ち尽くす人物を発見しそちらに向かった。

 近づく玲於菜に気づき、向こうも移動を始める。ほぼ真向かいに立った頃、


「遅かったのね、もう終わってしまっていてよ」

「ゆ、ユリちゃん……っ」


 ぜはぜはと肩で息をしながら駆けつけた玲於菜に、百合はつれなく言い放った。……ような気がしただけだ。実際には百合が言ったことを解するほど頭は働いていなかった。


「ただし、結果は想定外のものだったけれど」

「え?」


 頭の中には疑問符しか浮かんでいなかったが、ご丁寧に解説してくれるはずもなく百合は玲於菜の横をするりと通りすぎる。

 なんとか呼吸も落ち着いてきたので、百合がさっきまで立っていた場所に近づいてみると、


「何か言いたいことがあるなら聞くし、ないなら聞かない。どっちでもいいけど、どっちにしろわたし授業をサボる気はないんだよね。だから教室戻るから」


 凜と放たれた声は杏樹のもの。

 百合は「結果は想定外」だと言っていた。つまり彼女の企ては上手くはいかなかったのだ。

 杏樹はどうやってかはわからないが自分で危機を回避したということである。

 中から体育倉庫の重い扉が開閉する音が聞こえ、人の動く気配がした。杏樹が外に出たのだろう。

 こうして、短時間にさまざまなことで空回った玲於菜の授業間は終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る