♯Ⅱ
8 聖堂での過ごし方
星聚学院はエスタ教の信仰者と富裕層の生徒が多いということを除けば日本の一般的な学校と同じである。学習活動のためのカリキュラムも然り。
ただ一点、他校には絶対ないエスタ教の授業というものが週に一度ある以外は。
これは小学校から大学まで全学一斉に、各々校舎の一角に併設して建てられている聖堂で行われる。
授業と言うよりは集会に近い形式だが(実際全校集会には違いない)すべての生徒がエスタ教徒というわけでもないので、外部から進学してきた者にもわかりやすいよう講師はエスタ教の歴史や有名な人物などを優しく説明する。
他の教徒の者は目新しい話に興味を持つこともあるが、当然まったく持たない場合もある。そしてエスタ教徒の者も高校にもなれば、子どもの時からお伽噺同然に聞いてきた話をここでもまた繰り返し聞かされているだけである。
はっきり言うと週に一度のエスタ教の授業は大半の生徒には興味がなく面倒な時間なため、大抵の生徒には寝るか内職をする時間になっているわけである。
○
週末、学校生活における一週間の最終日、最後の授業。星聚学院ではそれがエスタ教の授業時間である。
エスタ教徒は世界総人口から見てもそう多くはないが、そこは教会と密接に関わってきただけあってこの学院関係者には多くいる。と言うより、自然とここへ集まってくると言うべきか。
(しっかりした歴史があるようでいて案外あやふやなところが多い宗派よね)
ぼんやりと話を聞きながら、杏樹は本を開いてぱらぱらとページをめくった。
杏樹は外部入学組なので、当然エスタ教の授業を受けるのは高校からだ。
ただ、エスタ教を信仰している家族のもとで育ったため杏樹自身もエスタ教徒と言える。
よってこの授業だか集会だか微妙な時間に聞く話の内容はさほど目新しいわけではなかった。
(どこの国で発祥したかもハッキリしないから、いわゆる『聖地』ってものも存在しないし)
言ってしまえばこの学院が聖地に相等するだろうか。
教会が保管する歴史的な文献の中には、かつては教会が点在した国や都市として記された名称はいくつかある。が、いずれも現存はしない。
歴史に名を遺すことなく埋没してしまったのか、それとも記載自体に誤りがあるのか……仮に後者だとするなら誤字の数が多すぎではあるが、いずれにしても真相はわからない。
ちなみに、本日の授業のテーマは何代目かの国王と、それに助言を与えていた火の神獣の加護を受ける巫女のことらしい。
国王というのはもちろんエスタ教を布教していた国の王である。が、前述のように世界史にその名が刻まれていないため学校教育に矛盾が生じる。
などをはじめとする様々な事情から、一般的に公開されているエスタ教の歴史文献は子ども向けの童話に毛が生えた程度の優しい内容だ。あやふやと言われても仕方がない。
この授業の講師を担当するのはエスタ教徒の神職である。小学校から大学まで各々の校舎には併設されている聖堂があるので、普段はそこにお勤めだ。
講師をするのも毎回同じ神職とは限らないのだが、今日の担当者は比較的若い女性である。
やけに熱の入った女性講師の講演を話半分に聞き流しながら、杏樹はちらりと視線を巡らせた。
この授業は馬鹿でかい聖堂に三学年全クラスが集まるが席の並びは男女別だ。教室とは違い周囲が完全に女子ばかりである。
杏樹より大分前の列に座るショートカットの後頭部は、例のキツネ目の女子生徒だろう。背が比較的高い上に姿勢もいい彼女だが、この授業の時は不自然に背中が曲がっている。
(と言うより頭かくんかくんしてるし、寝てるなあれは)
そこからずっと後ろ、杏樹から見て二列ほど前の斜めの位置には綺麗な巻き髪が垂れた細い肩と、後ろ姿でもわかるほど匂い立つような色気の背中のふたり。縦ロールと口ぼくろ。出席番号の近い彼女らはこの授業でも隣り合わせだ。
何かを囁き合っている様子が見てとれる。
(仲いいなー)
ただあんまりいい話をしてる風には見えないが。
ふたりよりは少し前、キツネ目の座る後ろの列には混じり気のない艶やかな黒髪が見える。杏樹の席からでは角度的に表情などは見えないが。
(おやぁ……?)
横髪を耳にかける動作で眼鏡のつるが露になったが、それは別にいい。杏樹が気になったのは彼女のその動作が妙に雑に見えたことだ。
眼鏡の彼女は小学校からの生粋の内部組だと聞いている。家柄もよく成績優秀で教師からの信頼も厚い。真面目代表の彼女なら静かに話を聞いていそうなものだが、何かに苛立っているような落ち着きのない様子は普段挙措の優雅な彼女からは想像もつかない……
「っきゃ!」
不意に背後から聞こえてきたかすかな物音と小さな悲鳴に、杏樹は半眼になった。
聞き覚えのある声はタンポポ娘……玲於菜のものだ。番号順で自分より後ろになるためわざわざ振り返って確認などできないが、しなくても大体予想はつく。
(今日も絶好調にドジっ子全開ですかー?)
話を聞くだけで板書する必要もないこの授業で何を暴れることがあるのかは疑問だが、敢えては突っ込むまい。
終了時間の間際になっても未だ終息の気配を見せない神職の熱弁を聞き流しながら、杏樹はぱたりと本を閉じた。
とりあえず、あの若い女性の神職は講師に向いてないから外したほうがいいのではないだろうか。
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