星聚学院大付属高校

♯Ⅰ

1 入学式とその後

 今から遡ることひと月前。入学式のこと。

 星聚せいしゅう学院がくいんはエスタ教という教会が経営する学校法人大学であり、ここはその附属の高校である。全日制・男女共学の私立高校だが、世間一般的に「お金持ちが通う学校」と認識されていることが多い。そして裕福な家庭の子女が多いのは紛れもない事実だった。

 小学校から大学までの校舎が、同じ敷地内にずらりと並ぶ佇まいは圧巻であると巷では評判だ。つまり小学校に入学した者は中学・高校・大学と内部進学をすることも多いわけだが、全員がそうとは限らない。


「新入生代表、緋上杏樹」

「はい」


 名前を呼ばれ登壇した少女の姿に、ひそめた声が飛び交う。


『誰……?』

『外部入学者だって』

『へぇ、聞いたことない名前ね』


 例外なくとは言わないが、新入生代表の挨拶を首席入学者が努めるという学校は多い。ここ星聚学院においてもその大方の例に漏れない。つまり今壇上に立ち、堂々と挨拶を述べている少女が入学試験をトップ通過をしたことになるわけだが……

 この学院で内部進学者でない者が総代を努めることは珍しい。

 巷では金持ち学校と呼ばれているが、お金さえ積めばどんな馬鹿でも入れるなんてことはなく。名門と呼ばれるだけのことはある進学校なのだ。

 そこに外部から入るのだからそれだけで学力は総じて優秀。まして総代を努めるまでとなると。

 大役を終え、自分の席に戻る少女の表情には変化がない。ただ淡々と、仕事をひとつ済ませただけという顔をしていた。


     ○


 そんな入学式が終わって約ひと月。桜は早々と散り、若葉が目に鮮やかに映り始めた今日この頃である。

 首席入学を果たした緋上杏樹は、学院内ではちょっとした有名人になった。それは外部入学組で総代を努めたからと言うだけではない。

 そもそもは、入学して数日後の各クラスの委員会決めをした時のことが発端である。


『このクラスには総代がいるからなー。どうだ緋上、クラス委員は』


 担任が緩やかな口調で何気なくしたそんな提案。別に不自然なことでもない。成績優秀者にリーダーシップを期待しただけ。


『……わたし、外部入学なので。まだ学院内の勝手がわからないから、みんなに迷惑かけてしまうかもしれません』


 そう一旦は辞退したのだが。


『えー、いいじゃん別に』

『そうそ、なんかあったら協力するしさ。やってみなよ』


 主に男子からそんな声が上がり、断れない空気になる。

 杏樹は年齢相応ではあるが、ちょっと人目を引く容姿なので調子のいい男子達が持て囃した形である。

 そうなると当然他の女子達にすれば面白くないわけで。


『まぁ、いいんじゃない?』

『そうね、協力するって公言した人がいるんだし』


 前述のように裕福な家庭の子女が大部分を占めるこの学院の生徒は、女子は高飛車が多く、男子は空気の読めない者が多い。


『わかりました。お引き受けします』


 断れない空気に押された、わけではないのは後々に明らかになることだが、その頃にこの出来事を顧みる余裕のある者はいなかったので意味はない。

 ひとつ言えることは、緋上杏樹は単に受けて立っただけである。

 案の定。押しつけるだけ押しつけておいて少しも言うことを聞かず、好き勝手し放題の高飛車お嬢さま達。その全てを平然と真っ向から返り討ちにした杏樹は女子の中で見事に孤立した

 ここに至ってようやく気づいた男子達も、杏樹の苛烈さを目の当たりにして遠巻きに様子を窺うようになったため、杏樹は教室では完全に浮いている。

 杏樹がおとなしく泣き寝入りするタイプだったらそこで終わりだっただろう。けれどそうではなかったからそうはならなかった。


   ○


 杏樹が女子達からの嫌がらせを真っ向から受けて返り討ちにした、最たる出来事は。


『体育祭の出場種目を決めます』


 星聚学院の体育祭は春に行われる。これもまた外部入学者泣かせのきっ

ついイベントと言えた。

 まだ学院にもクラスにも馴染んでいないうちからチームワークが必要とされる行事である。

 クラス単位での対抗戦なため、出場する種目はクラス委員を中心に話し合って決めるわけなのだが……


『綱引きとかは手が荒れちゃうから困るわねぇ』

『あんまり動かなくていいのがい~。そもそも走るのキライだし』

『地獄の1.5はダメだって。当たったら当日休んでいいか?』


 これである。

 参加する種目ではなく参加したくない種目ばかりを主張して決めさせず、かと言って『これは?』と提案した種目には難癖をつけてくる。

 杏樹はそのひとつひとつに耳を傾け、特に怒りを見せるわけでもなくその場はこう締め括った。


『じゃあ、みんなの主張をまとめて少し考えてみるから一旦持ち帰っていい?』


 ならばとこの時は一旦お開きになる。

 けれど第二回目の『体育祭種目決め』が開催されることはなかった。

 締め切りも迫りどうするつもりなのかと詰め寄った、やや吊り目気味の女子生徒に対し杏樹は平然とこう宣う。


『みんなの希望をもとにして、それぞれ最適と判断した種目でオーダー提出しといたよ』


 当然クラスは荒れた。ひと言の相談もなしにとはどういうことかと詰め寄るクラスメイトに、杏樹は更に。


『これ以上に最適な種目はないよ。結局これになるんだから相談したって無駄でしょ?どうせ、』


 どうせ、話し合ったってまともな意見なんて出ないんだから。

 杏樹はオブラートに包むなんてことはしなかった。それこそがもっとも理に叶った種目だと証明し論破することで完全勝利を収めたのである。

 実際のところ、杏樹の采配は確かに理に叶っていたので相手としてもぐうの音も出なかった。

 些か長くはなったが、これが杏樹が女子達からの嫌がらせを真っ向から受けて返り討ちにした最たる出来事。

 そして、これを含めたさまざまな出来事の積み重ねが、もともと周囲から浮いていた杏樹を更に孤立化させた経緯である。

 ――さてこのような課程があった上で、物語はここから始まる。

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