ラブビームの先には ~俺の野望がどんでん返される~

静海しず

ハーレム? なにそれおいしいの?

『ぬ……おぉおぉぉ! おっもったい!!』


 新歓公演の真っ最中、俺は渾身の力を込めて鬼のような重量の大道具をひとりで転換させていた。

 なぜかって? 憎きにっくきフクブチョーのこだわりで本物の真鍮やらレンガやら、クッソ重たい資材を使って超大掛かりなを作らされたからだ。そして俺以外の部員は全員女の子だからだ。

 書き割りって簡単に場面転換するための道具じゃないの? サクッと動かせるんじゃないの? ていうか、これってもはや書き割りって呼べるの?

 だが、今は余計なことを考えてる場合じゃない。コイツをくるっとひっくり返して、さっさと次のシーンに移らなければ。

 この舞台の成功 or 失敗が、新入部員獲得に大きく影響するのだ。来たれ、力自慢の男子部員! そしてかわいい女子部員!


『く……っ』


 客席には全身黒子くろこ状態の俺の後ろ姿がさらされているのだが……。

 感じる、感じるぞ。俺の背中に注がれる熱い視線! いや、マジで。誰だ? こんなに熱く俺を見つめるのは……。

 やはり新入生の誰かか? 観客には在校生も交じってるが、新一年生が圧倒的に多いもんな。力仕事で鍛えた俺の筋肉の魅力に気づく女子がついに現れたか。

 このラブ光線の子が、魅惑のおっぱいを持ってたら言うことない。ああ、あったかいマシュマロおっぱいに包まれたい! がんばれ俺! この先にはおっぱいが待ってるぞ!

 がごん、と音を立てて俺お手製のカワイコチャン(重量級)が新しい顔を観客に向けた。俺が舞台裏で崩れ落ちると同時、宿敵フクブチョー扮するヒロインが優雅に登場し、歓声が上がる。


「きれーい!」


「すっごい本格的なドレス!」


「素敵~」


 だろ? そのドレスも俺が作ったんだぜ? なんせ、俺は大道具兼小道具兼美術っていうマルチプレイヤーだからな。もっと褒めてくれ。

 フクブチョーの豊満すぎる全身を隠すの、苦労したんだ。下手にパフスリーブとかにすると、肩幅が強調されすぎてどこの女子プロ世界王者ですか? って感じになっちまうからな。

 重ためカラーのロングショールを羽織らせて肩のラインをごまかし、丸々と肥えた腹を隠すために胸下で切り返しを入れて、スカートはたっぷりのペチコートで膨らませた。まあ、半分は自前の肉襦袢で膨らんでるんだけどな。

 悲しいかな、彼女いない歴イコール年齢の俺なのに、衣装を作ってるうちに女性ものファッションに詳しくなっちまった。この知識を生かす機会が早々に来ることを切に願う。

 それにしても、さっきの熱い視線、気のせいじゃない……よな?



「ちょっと!」


 公演後、体育館の舞台袖で休憩していた俺の耳にヒステリックな声が飛び込んできた。


「もっと早く舞台転換できないの? 間延びしちゃったじゃない」


 目の前には顔面だけはおキレイなフクブチョー様。マジでコイツ、首から上と下でギャップありすぎだろ。


「すいやせんねぇ。誰かさんのせいでクッソ重たかったもんで」


「男なんだから気合で何とかしなさいよ」


 おお、出たよ。普段は男女差別反対とか言うくせに、こういうときだけ「男なんだから」を持ち出すのは逆差別じゃないんすか。

 ちなみに俺が先ほどひとりで苦労していたのも、必殺「女の子にそんなことさせるつもり?」を持ち出されたからだ。

 この部で男は俺一人。しかし、ハーレム状態でモテモテなんて夢のまた夢。よほどのイケメンでない限り、女の中に男一人なんてゴミのような扱いだ。人権なんてないのだよ。


「こんなことくらいしか役に立たないんだから、ちゃんとしてよね」


 そう言い捨てると、フクブチョーは入部希望の子たちの方にのしのし歩いて行った。

 俺だって中学の時は役をもらってたし、それなりに活躍してたんだ。

 だが、入部してから知ったのだが、ここはいわば宝塚だったのだ。男役と娘役がおり、ヒロインはもちろん女子生徒、ヒーローももちろん女子生徒。

 男子が出る幕などない。

 その辺の事情は一年前の新歓公演でもきちんと説明されてたらしいが、俺は部長の美しさに見とれてちゃんと話を聞いていなかったのだ。

 そして俺は部長の「わたしと一緒に舞台をつくりませんか?」の笑顔にあっさりホイホイされた。部長と恋人役……なんて下心がなかったとは言わない。

 そして現在、俺は文字通りを作っている。


 ちなみに麗しの部長は秋の文化祭で引退予定だ。残されるのはフクブチョー率いる、俺を雑用係としか思っていない姦しかしまし娘たち。

 部長に凸ればワンチャンあるんじゃないかって? 無理無理。部長は先日、放送部部長イケメンから告白され、絶賛お付き合い中なのだ。こうなる前に思いを伝えておけばと考えないこともないが、時すでに遅し。

 あとは新入部員に期待するしかない。「先輩に憧れて入部しました」的なかわいい女の子がいないかな。……ないか。俺、裏方だもんな。

 ため息をついたとき、上履きの足先がちょこんと視界に入った。この色は一年生だ。顔を上げると、真新しい制服が初々しい小さな女の子。興奮した様子で俺を見つめている。


「あ、あの。先ほどの舞台で使ってた、先輩が一人で作って、動かしたって聞きました」


 あどけなさを残す風貌にうるんだ瞳、おさげに結んだリボンが素朴で可愛らしい。そして少し視線を下げると、そこには幼い体に似合わないビッグマグナムが!

 来たんじゃない? 来たんじゃないコレ! 俺の春! 俺の時代! 見よ、この羨望のまなざし! ラブビームの主はこの子か!


「そうだけど……何、どんでん返しって、この書き割りのこと?」


 平静を装い、俺はかたわらの重量物を指さした。やはり俺の書き割りちゃんは、書き割りという枠を超えて進化していたらしい。


「はい! 本格的な舞台装置で、すごくリアルで……感動しました! それに、ドレスも先輩がデザインして作ったんですよね? 力持ちなだけじゃなくて、繊細な作業もできるなんて素敵です」


 女の子の称賛の声に、ほかの一年生たちも俺に興味を持ったようだ。「あの先輩がドレス作ったの?」「ひとりで動かしたなんてすごーい」という声が聞こえてきた。

 フクブチョーよ、今この時だけは、俺をこき使ったおまえを褒めてやろう。

 俺を雑用係としか思っていなかった他の女どもも、一年生たちの反応を見て、やっと俺の価値に気づいたとみえる。「確かにすごいかもね」「男子がいると助かるのはたしかね」などとささやきあっている。

 ついに、女の園に男一人という夢の状況を味わうときが来たのだ。

 ハーレムをこの手に!


「あの、先輩。いろいろ、教えて、くれますか?」


 もじもじと恥ずかしそうにしながら、上目遣いで俺を見つめる後輩ちゃん。華奢な肩をよじるたび、細い首の下で艶めかしい乳がたゆんたゆん揺れている。こういうギャップなら大歓迎です。

 これ、いっちゃっていいやつだよね? 内心はカーニバルだが、ここはかっこいい先輩っぷりを見せなきゃな。冷静に、冷静に……。


「キミ、ああいうドレスとか好きなんだ? よかったら向こうで試着させてあげるよ」


 声色は爽やかさを保っていたものの、俺の発言と行動はほとばしる下心に支配されていたらしい。

 女の子の腰を抱き寄せた次の瞬間、俺の身体は宙を舞い、気づいたら天地が逆さまになっていた。

 え? 何が起こったの? めっちゃ背中痛いんだけど。……投げられた?


「ご、ごめんなさい! わた、わたし、そういうの、あの、えっと、ごめんなさいぃ!」


 女の子は真っ赤な顔で涙を浮かべてぷるぷる震え、俺があれほど動かすのに苦労した重量級書き割り、もといどんでん返しを片手で押しのけて走り去った。

 なに? 力自慢のかわいい女子部員てこと? 俺よりよっぽど力あるじゃん……。

 女の子がつまずいた拍子にスカートのプリーツがひらりと翻った。あ、パンツ見えた。俺を射殺さんばかりに睨みつけた後、フクブチョーがその背中を追いかけていく。

 残されたのは床にひっくり返った俺と、ゴキブリを見るのと同じ目で俺を見る女子部員(新入部員含む)たち。

 俺は「かわいい新入生にセクハラしようとした不埒な男」として認知されたようだ。さらば幻のピンク色の日々。


 よし、部活辞めよう!


 俺が退部の決意を固めた時だ。


「演劇部はいるかぁ!?」


 野太い声と共に、ガチムチと呼ぶに相応しい男が現れた。

 ぴちぴちの白Tシャツの胸元には "Mascle is Jastice" と書かれている。スペル間違ってますよ。


「あら、ボディービル部の部長さん。どうなさったんですか?」


 こんな状況でも慌てることなく、部長が凛と対応する。所作が美しい。


「君のところに男子が一人いたろう。彼はどこかな」


「そこに転がってます」


 部長の涼やかな視線に導かれて、マッチョマンが俺を見やった。

 この視線、覚えがある……。公演中に感じたやつだ!! ラブビームの発信元はあの子じゃなくてコイツ!?


「思った通りいい筋肉だ」


 マッチョマンは俺の全身をなめるように見た後、納得したように頷いている。


「彼をうちの部に譲ってもらえないだろうか」


「どうぞお持ちください」


 そして我が部の部長サマは、俺をホイホイしたのと同じ笑顔で俺をあっさりボディービル部に下げわたした。は?


「ちょ……待っ」


「助かるよ。下の代はナヨいのが多くてね。三年が引退した後どうしようかと悩んでたところだったんだ」


 俺の意思は無視されたまま、「あげます、ください」は成立したらしい。なんという人権無視!


「ん? なんだ、動けんのか。仕方ないな」


 マッチョマンは俺に歩み寄ると、投げられた衝撃でいまだ動けない俺をひょいと抱き上げた。そう、抱き上げたのだ。いわゆるお姫さま抱っこ。

 ゼロ距離にはムチムチのっぱい。ああ、あったかい。そうだよね、筋肉だもんね。超発熱するよね……。


「お前は今日からうちの部のヒーローだ! ……いや、ヒロインかな? 引退まで、たっぷりかわいがってやるからな」


 マッチョマンの視線が熱い。

 こうして俺は、女の園から男の園へ拉致られたのだった。

 薔薇の香りを感じるのは気のせいだと思いたい。

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ラブビームの先には ~俺の野望がどんでん返される~ 静海しず @Shizmy

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