第6話 犯人は

「大魔法使いセルディオ」

 ユリアスはふと思い付いたというように呟いた。大橋からしばらく黙々と道程を進んだ頃だった。

 知ってる?と首を傾げるユリアスにアーシェラは首を横に振った。

 結局、橋を落とした者の正体も、橋が元通りに戻る手応えも得られなかった三人は、ギルドのおじさんが言った通りに従う他なかった。

 橋とは対照的にのどかな道を歩きながら、ユリアスは三角帽子の鍔を指先で弾いた。

「三角帽子を被らない魔法使い。一見すると魔法使いと判らない魔法使い」

 謎かけのような口調にアーシェラは首をかしげる。 「その……セルディオさんって人は帽子を被っていないの?」

「そう。知ってると思うけど、帽子を被らずに魔法を使ったら魔法規律違反だわ。でも奴は帽子を被らずに魔法を使うの」

 アーシェラは目を丸くした。

「捕まらないの?」

「そう。だからちょっとした伝説なの」

 ユリアスは今度は前を歩いているグラウスの服の裾をちょいちょいと引っ張る。

「ねぇ、あなたも名前ぐらい知ってるんでしょう?大魔法使いセルディオ」

「……まぁ名前ぐらいは」

 歩調を緩めることなくグラウスはそっけなく答える。

「有名な人なんだ……。私知らなかったよ」

「魔法使いを志した人なら必ず耳にする名前。反面教師の例としてね」

 ユリアスは肩にかかった細い髪を優雅な仕草で払う。

「誰よりも優れた魔法を操ることができる天才。でもどの魔法協会にも属していない……。彼は自分の信念のみに従って魔法を使ってるの。魔法使いはみんな彼を白い目で見てるわ。でもその白い目は羨望の眼差しであることもまた事実……」

 ふん、とグラウスは鼻を鳴らした。

「そいつが橋を壊したって言いたいのか」

 ユリアスは顎に指をあてがって難しい顔をする。 「……無くはない可能性だと思うけど」

「どうしてそう思う」

「……魔法痕が……普通では考えられないエネルギーを持っていたから」

「……なるほど」

 聞き慣れない言葉に首を傾げると、魔法痕はね、とユリアスは足元の拳大の石を拾い上げる。

 そしてその石に右手をかざすと、喉の奥を機嫌の良いときの猫がするようにくるるる、と鳴らした。

 すると、かざした右手から突如閃光が現れ、手にした石が砕け散った。

 ぽかんとその様に口を開けると、彼女は手のひらを開いてその石くずをアーシェラに見せた。

「ほら見て、石の断面が薄く青色に染まっているでしょう」

 なるほど、確かにユリアスの手の上で石の欠片はぼんやりと青く輝いていた。

 口を開けたまま何度も首を縦に振ると、今度は欠片の中でも比較的大きな物をつまみ上げて、陽にかざすようにする。

「その光が、こうやって脈を打つように一定のリズムで波紋をつくるの。見える?」

 言われてよく目を凝らすと、平らな石の表面で、確かに青い光が震えながら波紋を次々と中心から外側に向かって吐き出し続けているように見えた。

「すごい、綺麗だ」

 静かな水面に雪解け水がぽたりぽたりと落ちている、そんなイメージだった。

「この波紋が魔法痕よ。光の色やそれが形作る波紋の形、リズム、それらが使い手によって一人一人変わるの」

「つまり、この魔法痕を見れば誰が魔法を使ったか判るってこと?」

「そう。だから魔法使いは皆、どこかの魔法協会でこの魔法痕を登録しているはずなの。そうでなければ魔法っていうのはすぐに犯罪に使われてしまうから」「なるほど……そんな仕組みになっていたんだね」

 ユリアスは頷いて石を握りしめ、粉々にして足元に落とした。

「もちろん、魔法痕が残りにくい魔法もあるし、こうして痕跡を消すことも可能だわ。時間が経つとすぐ消えてしまうし。でも抑止力ぐらいにはなるわよね」

 言って両手の砂を払うと、帽子の鍔を指先でなぞった。

「この帽子はその証なの。魔法は素晴らしい力だけど、それで人を傷つけてはいけない。公共の施設を破壊してはいけない。当たり前だけど、そういうことを私は守ります、って証なの」

「あの橋を壊した魔法使いは、その登録をしていなかったってこと?」

「……ええ。でなかったらもうとっくに捕まっているか指名手配されてるはず。だって半日経ってもなお魔法痕ははっきり残っているもの」

「そこで出てくるのがセルディオってわけか」

 唐突に口をはさんだグラウスに、そう!とユリアスは勢いよく答えた。

「きっとそうよ。じゃなかったらあんなに堂々と魔法の痕跡を残さないわ」

 ユリアスの興奮した声に、グラウスはしかし静かに振り向いた。

「果たしてそうかな」

 グラウスの黒い瞳がすっと細められる。

 え?とユリアスが問うと、彼はまた前を向いてしまう。

「……俺がセルディオだったらそんなことはしない」  グラウスの言葉にユリアスは一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに顎に手を当て難しい顔になった。 「ふん……確かにね……。ここで痕跡を残してしまったらせっかく登録していない意味が無くなってしまうわ。……事件の記録は残るものね」

 グラウスは無言で歩き続ける。そういうこと、と背中が言っているようだった。

「じゃあ一体誰が犯人なんだろう?」

 アーシェラが首を捻っていると、大男は突然目の前で大きく伸びをした。

「可能性は色々あるさ。例えば犯人はまだ学生であるとか、魔法痕を変える特別な方法があるとか。……いや、もっと現実的な可能性があるな…。そいつは魔法規律に該当しない人物なんじゃないか」

 突然視界が遮られたことに対する驚きと、言葉を理解するために数分固まって……そして唐突にアーシェラは理解した。

「……外国人……?」

 グラウスは半身を振り返って口の端を僅かに上げた。

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