第5話 壊された橋

 新緑の間からこぼれ落ちる暖かい朝の光を受けながら、3人は黙々と歩いた。アーシェラとユリアスが横に並び、その後ろを少し離れてグラウスがついていた。

 初めての冒険にわくわくした気持ちもあったが、グラウスに背後からじっと見られてると思うとなんとなくはしゃげなかった。

 かと言って沈黙に耐えられる性分でもなかったので、アーシェラは仕方なく当たり障りない話題を選んで小声でユリアスに話しかけた。

「ねぇ、ユリアスって兄弟とかいるの?」

「……えっ……?」

 ただ進む道のみを見つめ続けていた彼女が、ふわっと細い髪を舞わせて振り向いた。

 一瞬、隠しきれずに動揺が浮かんだ目を見てとって、アーシェラはしまったと思った。次の一瞬にはもう完璧な笑顔を作った彼女は、いいえ、と短く答えて、あなたは?と首を傾げた。

 さりげなく装わされた頑なな拒絶の意思を感じて、アーシェラの胸はちくりと痛んだ。

 どうやら選んではいけない話題だったらしい。

「うん……私には妹がいるよ」

 向けられた水にあえて逆らうことはせず、アーシェラは懐から小さな袋を取り出した。

 袋の口を開けると中からころんとした実が3つ出てきた。

「コクリの実ね」

 アーシェラの手の中で丸い実のつるつるした表面が陽の光を受けて輝いた。

「そう。妹達がくれたんだ」

「よく三つも集めたわね。とても珍しいものなのに」

「そうなんだ。皆で協力して拾いに行ったみたい」

 アーシェラはにっこりと笑った。

「いい妹さんね。何人いるの?」

「7人」

「7人!?」

 驚いて聞き返したのは、しかしユリアスではなく後ろを歩いていたグラウスだった。

 思わず振り返ると、グラウスはしまったというような顔をして口を押さえた。

「……すまん」

 思いっきり逸らされた目線がなんだかおかしくて、アーシェラは歩く速度を落としてグラウスの横に並んだ。

「うん、やっぱり7人も妹がいるっていうのはびっくりするもんだよね?」

「……聞き耳を立てるつもりではなかったんだが……」

 アーシェラは首を横に振った。仲間なんだから会話を共有するのは当然だろう。

「8人も女だらけだなんて信じられん……」

 青ざめてさえ見えるその驚きようを少し不思議に思いながらも、自分の話に反応してくれたことが嬉しくて思わず頬が上がった。

「そうだ、グラウスは?兄弟はいるの?」

 なんとなく会話の糸口がつかめそうな気がして、アーシェラはそのまま畳み掛けるように質問をついだ。

 彼は一瞬面食らったような顔をしたが、しかしすぐまた例の無愛想な顔に戻ってしまった。

「……」

 どうやらこの話を続けるつもりはないらしい。

 なぁんだと、アーシェラは内心ひどくがっかりしたが、その程度でめげるようでは大家族を生き抜いてはいけない。

 コクリの実を丁寧に袋にしまうと、また少し速度を上げてユリアスの横についた。

「そう、自慢の妹達なんだ。だから皆の為にもしっかり稼がないとね」

 力こぶをつくるように片腕を曲げてみせると、ユリアスもにっと笑った。

「その点は私も賛成だわ。しっかり稼ぎましょう」

 意地汚い話にくすくす笑いながら、アーシェラ達は丘を越えていった。


 例の橋の近くを通りかかったのはそれからしばらく歩いた頃だった。人気の少ない山道だったが、そのあたりには何人かの呼び交わす声があった。

「橋を修理してるのかな」

 慌ただしく橋の付近を往き来する筋肉質の数人を見てやってアーシェラが呟くと、グラウスが片方の眉を跳ね上げた。

「あ、ちょっと」

 そしてそのまま無言でそちらへすたすたと行ってしまうので思わず抗議の声を上げたが、全く聞こえている様子はなかった。

 仕方なくユリアスと二人で後を追うと、そこには息を飲むような光景が広がっていた。

 赤褐色の石を切り出して造られたそれは、もともとは美しい橋だったのだろう。しかし、その面影を残すのは川の両岸のわずか数歩ほどの距離しか残っていなかった。

 何か大規模な爆発でもあったのだろうか、その橋の中心部分は跡形もなく、残った僅かな部分でさえ砕けた痕と黒く焦げた部分がほとんどだった。

 恐る恐る大工の人達の邪魔にならないよう薄く靄のかかった谷底を覗いて見ると、砕け散った大小の石片が豊かなダルビエスの河に無残に突き刺さっていた。

 もともと幅が広く流れの急なことで有名なダルビエス河だったが、突然流れを塞いだ赤い岩々に腹を立てたように激しくぶつかり合い水飛沫を上げるその様は、誰も寄せ付けようとしないある種の禍々しさがあった。

「……普通の人間の仕業ではなさそうね、これは」

 焦げ跡を検分するように撫でながらユリアスは苦い顔をした。

 口にこそ出さなかったが、これが魔法使いの仕業である可能性はアーシェラも薄々感じていた。

「火薬の匂いがないわ。それにほら、ここの断面が青く光ってる」

 拾い上げた石の割れた面を見ると、確かに薄ぼんやりと青みがかった光が見える。

「ひどいものね。綺麗な橋だったろうに」

 そう言うとユリアスは石を足元に投げ捨てた。目には怒りが見え隠れしている。同じ魔法使いがやったかもしれないということに腹を立てているのかもしれなかった。

「グラウスはどこに行ったの」

 言われて姿を探すと、彼は恐らく大工の一人なのであろう、体格のいい男に話し掛けている最中であった。


「では誰によって橋が落とされたのかは判っていないんだな」

 首に巻いたタオルで額の汗を拭いながら男は頷いた。

「判ってたらおめおめと帰さねぇよ。今頃新しい橋の人柱になってるだろうさ」

 苦い顔で男は仲間が汗しているのを見やった。日中は少し歩くだけでも汗ばむ。重労働をする男達の辛さは想像するまでもないだろう。

 グラウスは顎に手を当て眉根に皺を寄せて何やら思案している。

 ユリアスはその横に入り込むとグラウスと男の顔を交互に見やった。

「……魔法使い……それもかなりの訓練を積んだ者の仕業。そうでしょう?」

 グラウスのこめかみが僅かに痙攣する。

「これだけ立派な橋を正確に一度で落とすのは至難の技だわ。破壊点を見出だす頭の良さと、そこを確実に破壊する正確さとエネルギーが必要。爆発物を使わなかったのは旺盛な自己顕示欲の現れかしら」

 グラウスの黒い瞳がひたとユリアスを見つめる。

 ユリアスも目を逸らさなかった。

 そうでしょう?と僅かに首をかしげ、グラウスが微動だにしないのを見てとって首を振った。

「いずれにせよ……。ここまで完膚無きまでに破壊されてちゃあ、やっぱりこのルートは無理ってことね。諦めて現地で他の仲間と合流しましょう」

 さっと踵を返して、ユリアスは足早に橋から遠ざかった。

 グラウスも無言でその後に続く。

 アーシェラは一瞬戸惑ったが、おじさんにひとつ会釈をするとその後を駈け足で追った。

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