第2話 はじめての仲間

「もう!最低!聞いてよおじさん!」

 勢いよく飛び込んできたのは、豊かなプラチナブロンドを黒い三角帽子から垂らしてなびかせている、小柄で美しい少女だった。

 白くて細い手足が黒い服からのびており、猫のように大きくてややつりぎみの瞳は紫だった。

 本物の魔法使いだ!アーシェラは思わず少女をまじまじと見てしまった。こんなに魔法使いらしい魔法使いは見たことがない。ご丁寧にきらきら光る杖まで持っている。近くに黒猫はいないかと探してしまいそうだった。

 しばらくぽかんと眺めていると、少女はアーシェラの存在にようやく気付いたようで、大きな瞳を一層大きく見開いた。

 しまったじろじろと見すぎたかと、目をそらそうとした瞬間、少女の顔に満面の笑顔が広がった。

「きゃあっ!おじさん!誰?新しい登録者?」

 おじさんの答えを聞くよりも早く、少女は近くから椅子を引いてきて、アーシェラの隣に座った。

「あなた新顔よね?私はユリアス。見ての通り魔法使いよ。あなたは?」

 さっと差し出された手に、考える間もなくつい握手をする。するとその手がしっかり握り返され、離れなくなった。見た目に反して以外と力が強いようだ。「えっと……よろしくユリアスさん。私はアーシェラ。一応……剣士……かな?」

 ユリアスは握った手にもう一方の手も添えた。

「まぁ、アーシェル?いい名前ね。それに剣士って素敵だわ」

「あ、いや、アーシェルではなくアーシェラ……」

「なんだい、また一目惚れかい?ユリアス……」

「おじさんは黙ってて!」

「え、ちょっと!惚れって……」

「あなたこの仕事うけるの?あ!この仕事まだ一人余ってるじゃない!私もこれ受けるわ!」

「お、受けるかい?わかった、すぐ登録するよ」

「よろしくね、おじさん!」

「え?えっ!?」

…… 

………


 かくして、ユリアスはパーティーの一員となった。

 そして、ユリアスがアーシェラは女であると気付くには、それからたっぷり小一時間はかかったのであった。


「まさか女の人だったなんて」

 ユリアスもおじさんと同様、それを知ってケラケラと笑った。

「ごめんなさいね、私っていっつも早とちりして突っ走っちゃうの。でもこれも何かの縁だわ。よろしくね、アーシェラ」

 改めて差し出してきた手にアーシェラはもう一度握手をした。

「でもほんと、王子様が現れたかと思ったのよ。金の髪に青い瞳。背が高くてきりっとしてて……。もったいないって言ったらあなたに悪いけど」

 言ってユリアスは小さく舌を出す。

「……もうその反応には慣れましたけれど……」

 おじさんが気を使って出してくれた冷たい香茶に手を伸ばし、アーシェラはそれをゆっくりすすった。ほのかに甘い香りが心を落ち着かせる。

「まぁ、いつものことなの?」

 ユリアスはきょとんとした顔をして、香茶のグラスにかけた手を止める。

「でもそれだけ男前だったらしょうがないかもね。本物の男が泣いてしまうわ」

 1人でなにやら納得して、ユリアスはうんうんと頷く。

「好きでこんな姿をしているんじゃないんですけどね……」

 小さく呟くと、ユリアスはふと顔をあげて、一瞬口ごもり……

「……えーっと、……こんなこと聞いちゃって気分を悪くしないでね?」

 そう言って指をそわそわとグラスのふちにさまよわせたり、表面についた水滴を撫でたりする。

 先を促すように首をかしげると、ユリアスはこほんっと小さく咳払いをした。

「えっと……女の人ってことは……やっぱり男の人が好きなのよね?」

 ぶーっ。

 アーシェラは思わず口に含んだ香茶を思いっきり吹き出した。

「きゃあっ!ごめんなさい!変なこと聞いて!そうよね!ごめんなさい……!」

 慌てて飛び散った香茶を拭きながら、ユリアスは何度も頭を下げたのであった。


「それじゃあ早速明日から仕事を始めてもらおう。朝二つ目の鐘がなったらここに集合だ」

 おじさんの言葉に2人は頷いた。

「他の三人にも伝えておく。初顔合わせだな」

 アーシェラとユリアスは顔を見合わせた。新しい仲間。どんな人なんだろう?

「かっこいい人がいるといいわね」

 ユリアスはいたずらっ子みたいに小声で囁いてくすりと笑った。

「……」

 どう答えたらいいのか悩んでいると、よっぽど変な顔をしていたのだろう。ユリアスはぷっと吹き出した。

「やだ、冗談よ。でも、いい人だといいわね」

 その言葉には本当にそうだと思ったので、アーシェラは力強く頷いた。


「それじゃあ私は宿に戻るけど、アーシェラはこれからどうするの?一旦家に帰る?」

「あ……」

 しまった。そのことは考えていなかった。

 この街から家のある村までは一つ丘を越えなければならない。帰れないこともないが、明日の仕事が朝早いことを考えれば、この街で宿をとった方が良さそうだった。

「どうしよう、今からとれる宿ってあるかな?」

「今から……うーん、そうねぇ。今からだと相部屋ならとれるかもしれないけど……」

 言って、はたとユリアスは動きをとめ、アーシェラの姿を下から上までなぞるように見つめた。しばらくそうした間が続いた後、

「……えっと、私の部屋に一緒にくる?……その……知らない人と相部屋って色々大変そうだから…」

 ユリアスが想像したことはだいたい予測がついたが、確かにその通りのことが起きそうだったので、アーシェラはそのあたりのことをあえてつっこむことはせず、ただ深々と頭を下げた。

「……ごめん、お願いしてもいいかな?もちろん、お金は半分払うから……」

 ユリアスは笑いを噛み殺して頷いた。

「あなたも大変ね。……でも、宿代が半分になるなら私も大助かりだわ。それに、なんてったって明日から……ううん、今日から、私達は仲間ですもんね」

 仲間。

 なんだかくすぐったい響きに、二人は顔を見合わせてくすくす笑った。

 学校にもあまり行ったことのないアーシェラにとって、家族以外の人との繋がりが出来ることはめったにないことであった。なので、こんな風にして他人と話していると、それだけでなんとも言えない喜びが胸に広がる。

「ありがとう、ユリアス」

 にっこり微笑んで言うと、心なしかユリアスの頬が染まったように見えた。


「ここが私の泊まっている宿よ」

 レンガ造りのこじんまりとした建物に入りながらユリアスは説明した。あまり広くないけれど調度品選びのセンスが良くて、亭主は感じの良い夫婦で、料理も素朴でおいしくて、なにより手頃な値段で。この街に来て以来ずっとこの宿を使っているのだと自慢そうに言った。

「一階が料理を食べるところ。部屋は二階の突き当たりよ」

 階上を見上げると、橙色のランプの光が赤いレンガに映えて、暖かい雰囲気を醸し出していた。音も匂いも重低音のように低く静かに流れているが、特に嫌みはない。

「うん、いい宿だね」

「そうでしょう?」

 ユリアスはにっと笑ってカウンターへ向かった。

「おじさーん!おじさんいるー?」

 カウンターが無人であることを見るや、テーブルから体を乗り出して、ユリアスは奥の部屋に向かって叫んだ。

「お・じ・さーん!」

「……」

 数秒の間をおいて、部屋の奥からパタパタとスリッパが床を叩く音が聞こえてきた。間もなくひょこっと現れたのは小柄でふくよかな女の人だった。

「あらあら、ユリアスちゃん。ごめんねぇ。あの人今畑に出てるのよ」

 どうやらこの宿の女将さんのようだった。きっちり結い上げた栗色の髪と、淡い花柄のワンピースにエプロン姿が好印象だった。

「あら、お友達?」

 柔らかい笑顔を向けられて、アーシェラは慌てて頭を下げる。

「明日から一緒に仕事をする仲間なの。私の部屋に泊めてもいい?」

「まぁ」

 女将さんは相好を崩して手を合わせた。

「もちろんいいわ。ああ、でも、お食事代だけはもう一人分頂いてもいい?」

「もちろん払います。宿代も……」

 言いかけると、女将さんは口許に人差し指を当てた。

「いいえ、宿代はいいわ。部屋にベッドは一つしかないもの。床に寝せておいてお金は貰えないわ」

「そんな……」

「いいのよ。あとで寝袋を貸すわね。女の子にはちょっと慣れないかもしれないけど、ごめんなさいね、予備の布団がもう出払っててないのよ。我慢してくれる?」

「え……?」

 思わず耳を疑って聞き直すと、女将さんは困惑したように首をかしげた。

「あら……やっぱり布団が必要だったかしら……。ごめんなさいね」

「いえ!寝袋で全然構いません、ありがとうございます!それより今……女の子って……」

「え?」

 女将さんはきょとんとした目をした。

「あら?だって……女性よね?」

 隣から、ユリアスが肘でアーシェラをこずいた。

「は……はい、そうです!」

 アーシェラは感動で思わず涙が出そうになった。所見で女だって見抜いた上に、“女の子”であることを気遣ってくれるなんて!……なんていい人なんだ……!   

 アーシェラはすっかりこの宿と女将さんを気に入った。この人の旦那さんなら主人もきっといい人に違いない。

「よろしくお願いします!お手伝い出来ることなら遠慮なく言ってください」

 頬を紅潮させて真面目な顔で言うアーシェラに、ユリアスは思わず笑いを抑えることができなかった。


「アーシェラって面白いわ。それにとっても可愛い」

 ベッドの上に座り、枕を両手に抱えてくすくす笑いながら、ユリアスは言った。

 あの後二人は明日の冒険の為に必要そうなものの買い出しに行った。主に傷薬や飲食料。前金は貰っていないのでたくさんは買えないが、最低限必要そうなものを買った。特別なものを買った訳ではないが、女の子同士の買い物はなんだかとても楽しかった。

 宿に戻ると女将さんが噂通り美味しい夕食を振る舞ってくれて、アーシェラは今日一日で非常に満足した気分を味わっていた。

 ユリアスがそんなことを言ったのは、部屋に引き上げて、さぁそろそろ寝るかという時だった。

「え……」

 『可愛い』という言葉が自分を形容していることに気付くのに大変長い時間がかかった。

 可愛いというのはユリアスみたいなことを言うのだ。大きな瞳、なめらかで白い肌、綺麗な髪、華奢な体つき。そして女の子らしい声、しゃべり方、仕草。 アーシェラとはまったく逆だ。

 そんなユリアスが、自分のことを可愛いと?

「い……いやいやいや!可愛いのはユリアスの方でしょ。何を言って……」

 ユリアスはアーシェラの言葉を制して指を振った。

「ううん、私わかるわ。アーシェラは根っこの部分では誰よりも女の子らしいって」

 そう言って、ユリアスはウインクを一つした。おじさんとはまったく違う魅力的なウインクを。

「私、最初はあなたが男だったら惚れてたのにって思ったけど、今は逆よ。私が男だったらあなたに惚れてたのにって」

 言って、彼女は急に自分の言葉に恥ずかしくなったのか、いきなり抱いていた枕をこっちにぶん投げてきた。

「ってやだ。変な意味じゃないからね。でも私が人を褒めるなんて珍しいことなんだから自信持ちなさいね!」

「う……うん」

 投げられた枕に顎を埋めて、アーシェラは小さく頷いた。

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