UNLIMITED SORCERY〈アンリミッテッド ソーサリー〉

もげ

第1話 出稼ぎ

 アーシェラは女ばかりの八人姉妹の長女として育った。

 農家である家は貧しく家計は常に苦しかった。

 だが、いちばん末の妹に類まれなる魔法の才能があることがわかった時、両親は彼女を一流の魔法学校へ入れることに決めた。

 魔法学校へ娘を入れるためには当然お金が必要だったが、無理をしてでも学校に入れるメリットは大いにあった。身内が一流の魔法使いになればこの貧乏な生活から抜け出せる希望になるからだ。

 魔法使いは生まれつきの才能が必要で、その才能は非常に珍しいものであった。そのため魔法使いはその貴重性からかなりの高給で雇われることが多く、一人でも魔法使いを輩出した家計はその後安泰だといわれるほどだった。したがって一番下の妹は家族の希望になったのだった。


 しかし、その代償は大きかった。


 彼女たちの生活は貧乏のどん底まで落ちた。

 毎月の学費により、今日食うのにも困る状況にまで切迫していった。八人もの育ち盛りの子供たちの胃を満たすのは容易ではなかったのである。

 そこで必然的に上の娘たちは出稼ぎに出されることになったのであった。


「だからって何で……」

 呟いて、アーシェラは扉の前に立ち尽くした。泣きそうだった。

 扉の中からはなんだか下品な笑い声が聞こえるし、しかもちょっと臭い。やっぱり帰りたい……。無意識に踵を返しかけたその瞬間、目の前の扉が開いて色黒の小太りなおじさんが現れた。

「お?なんだい!新しい登録者か!」

 ばっちり目が合ってしまい、おじさんはにかっと黄色い歯を見せて笑った。

「……いや……あの……」

 三メートル先の人に話しかけるくらいでかい声でしゃべるおじさんに圧倒され言葉を詰まらせていると、おじさんはさも心得たと言わんばかりに頷いてアーシェラの腕をがしりとつかんだ。

「登録は初めてかい?大丈夫、何も難しいことはないよ」

 言いながら、おじさんはアーシェラを引きずるようにして扉の中へずかずかと入っていく。アーシェラは口をパクパクとさせたが、あまりに突然の出来事にうまい反論が見当たらず、結局されるがままに冒険者の登録窓口の前に座らされることになった。


 なぜ、冒険者だったのか。

 ウエイトレスでもコンパニオンでもメイドでもなく。

 ……それはひとえにアーシェラの外見と素質にあった。

 男性の平均身長をわずかに上回る背丈。妹たちの世話と農作業、父親のチャンバラの相手をすることによって鍛え上げられてしまった筋肉。……加えて貧弱な胸。

 意地で伸ばしていた唯一自慢の金色の髪の毛ですら、末の妹の魔法でうっかり燃やされて短く切らざるを得なくなった。

 出会った人の五十人のうち五十人が一度は男だと間違えるほどの青年っぷりだった。

 この姿でメイド服やコスチュームを着ようものなら、きっと自分でも泣きたくなるような有り様になるだろうことは予想に難くない。

 しかも、外見にたがわずアーシェラは家事などの細やかで女性的な仕事が苦手だった。すこしばかり大雑把で不器用だったのだ。

 そうして、しかたなく薪割りや狩りなどの男性的な仕事をこなしていくうちに、ますます男っぷりに磨きがかかってしまったのである。

 だが、男の子が欲しかった父は(そうして結局八人目で諦めたわけだが)、アーシェラが剣や格闘に関心を持ったことは大いに喜んでいるようだった。そして、きっと男の子が生まれたらやりたかったのであろう様々なこと……チャンバラ然り、体術然り、を彼女に一通り教えていった。

 そんな環境ですくすく育ったアーシェラは、手っとり早くお金を稼ぐ方法として冒険者ギルドに登録する以外、あまり選択肢が残っていなかったのである。


「でも心も体も一応ちゃんと女なんです」

 爆笑するおじさんを前に、アーシェラは赤い顔で小さく言った。

 冒険者の登録用紙の『女』の欄に丸をつけたら、にもおじさんはその誤りを教えてくれた。いつものことながら間違っていない旨を伝えると、とたんにおじさんは豪快に笑いだしたのであった。

「だったらもっと女らしい恰好をすればいいだろう」

 その言葉はもっともだと思った。しかし、女の一人旅は危ないからと両親に渡された使い古しのズボン、シャツ、そして父のお下がりの簡素な防具は驚くほどぴったりで動きやすく、冒険者として働くにはうってつけのように感じられたのも確かであった。

「……動き……やすいですから…」

 うつむいたまま答えると、まぁなぁ、とおじさんは頭を掻いて笑った。

 女の格好をしていると悪い奴に狙われるかもしれないからと言い含めた両親の言葉は、絶対に笑われる確信があったので黙っていた。

「で、どんな仕事がいいんだい?」

 おじさんの言葉に、アーシェラは思わず呻いた。そんなことは全然考えていなかった。

「えーと……そんなに高い値段ではなくていいので……安全な仕事がいいです」

彼女の言葉におじさんは苦笑した。

「冒険に安全もないけども……まぁそうさなぁ、じゃあこれなんてどうだ」

 言って、一枚の紙を取り出した。

 それは机に広げられたたくさんの紙束よりも、少しだけきめ細やかで薄汚れていない紙だった。

「最近国境に出没するという小ゴーレムの退治なんだが。なに、ゴーレムって言ってもお前さんの背丈くらいの小さなもんで弱っちぃもんだよ。だがな、どうやら誰かがひっきりなしに作り出してるらしくて農作物を荒らすってんで近隣の村の者達が困っているそうなんだ」

「はぁ」

 ゴーレム、それは魔法使いが土から生み出す怪物だ。魔力を込めた宝珠――魔晶石という――を泥人形の額に埋め込むことで生命を吹き込まれるらしい。

 彼らは乱暴で、鋭い牙や簡単な武器で攻撃してくるが、さほど知能は高くないらしく捕まえるのはそれほど難しくはない。しかも小ゴーレムはそれよりも小型で力が弱いため少しでも武道の心得があるものにとっては全く敵ではなかった。

「それは……召喚している魔法使いを捕まえる必要があるんですか?」

 尋ねると、おじさんは開いた紙の一ヶ所を指先で弾いた。

「そう、そこなんだよ。魔法使いを捕まえるとなりゃ一気に難易度があがる。しかし安心しな、今回はそこまでは求めていない。こいつはあくまで小ゴーレムの退治だ」

「ただ倒せばいい?」

「そう。しかも完全な出来高払いだ。倒したゴーレムの額にくっついた魔晶石を依頼主に転送機で送れば、その数に応じて報酬がもらえる」

 転送機。アーシェラは聞き慣れない言葉に首を傾げた。

「それは魔法具の一種ですか?」

「……そうか、転送機は一部の施設にしか設置されてないからな……。そう、魔法具の一種さ。俺は魔法使いじゃないから詳しいことはわかんねぇが、転送機から転送機に物を送ることができる便利な道具のことだよ」

 へぇ、とアーシェラは目を丸くした。

「それは魔法使いじゃなくても使えるんですね?」

「そうさ、どうやら魔法使いがあらかじめ魔力をこめた魔晶石を動力として使う機械のようだな」

「それはすごいですね。そんな機械がいっぱいあれば、魔法使いじゃない人も色んなことができますね!」

おじさんはにやりと笑った。

「ああ、そうすりゃ魔法使いなんていらなくなるな」

 それはちょっと微妙な質問だった。末の妹の目指す職業が不要になっては困る。しかし、魔法使いの資質のないアーシェラにとっては分からないことではなかった。

「魔法具かぁ…。見てみたいなぁ」

 どうやって使うんだろう。やっぱり呪文とか唱えるんだろうか。魔力は尽きたりするんだろうか?アーシェラは見たこともない魔法具に思いを馳せた。わくわくとした気持ちが胸に広がった。

「そうしたらこの仕事を受ければいい。許可証が発行されるから魔法具を使うことができる」

「え!私が使ってもいいんですか?」

「ああ、使い方は簡単だというから大丈夫だろう。それに、『転送機で送れ』という依頼なんだから、そうするしかないだろう?」

「うわぁ……いいなぁ……」

「魔法具の使用許可証を発行できるくらいだから依頼人も信用できるしな」

「へぇ~」

 魔法具は便利な機能を持っているが、ともすれば悪用されやすいものである。その為、使用するためには許可証が必要となる。

 許可証発行にはいくつかの審査と、最終的に国王(もしくはそれに準ずる者)の承諾が必要な為、それを入手できるということは身元がしっかりしていて以前に刑罰等を受けたことがない者であると考えられる。

 従って、この依頼は信用できるものであるとおじさんは判断したのであった。

「うん、この仕事にしようかな」

 アーシェラはもう一度依頼状に目を落とした。今度は隅々まで見るために。

「ん?おじさん、この仕事って何人かでやるんですか?」

 募集要項に指を止めて、アーシェラは尋ねた。『募集人数:五名、報酬はパーティーに支払いのこと』

「ああ、肝心なことを伝えていなかった。支払いは五人一括で支払われる。つまり、パーティーを組んで仕事にあたれということだな」

「パーティー……」

「なに、仲間ができるってのもこの仕事のいいところって考えるんだな。一人でやるよりゃ楽しいかもしれんぞ」

 そう言っておじさんは依頼状に添付された資料をめくった。

「ん、もう三人は決まってるみたいだな。あんたが入れば四人か。もう一人集まれば仕事が始められるな」

 仲間かぁ。アーシェラはう~んと唸った。大家族で育ったため、にぎやかなほうが性にあっている気がした。初めての仕事だから一人だと不安だし……。

「……うん、決めました!この仕事で登録してください!」

 その声を聞いておじさんが親指を立ててウインクし、ぞわっと背中の産毛が波打ったその瞬間、勢いよくギルドの扉が開いた。

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