異星人との遭遇

冬野ゆな

第1話

 古びた小説を棚に置くと、俺は感慨深くため息をついた。

 ついに明日だ。

 俺たちはついに、いわゆる異星人と謁見することになる。


 未知との遭遇というやつだ。


 俺が棚の小説を見上げながら感慨に耽っていると、真っ白な自動扉が開いて誰かが入ってきた。


「やあ、ジム。調子はどうだい?」

「ノックくらいしろよ、リッチー」


 この長旅で、リッチーとはすっかり親友になっていた。

 しかし、かといってこう気楽では力も緩むというもの。そのくせ目はいいらしく、リッチーはめざとく俺の視線の先に気が付いた。


「愛読書かい?」

「まあね」

「ほとんどがSFじゃないか。こんなところにまで持ってくるとはなあ。ははは」

「いいだろう、べつに。好きなんだよ」


 一瞬、隠してしまおうかとも考える。


「それに、現実と創作の区別くらいついているさ」

「そうだなあ。いったい件の異星人はどんな姿をしているんだろうな」


 いままでいろいろな小説の中で、その姿は創造されてきた。俺たちと同じだったり、色が極端に違ったり。つるつるだったり、ずいぶんと小さかったり。だけどそんなのはあくまで話の中だけ。実際にいるかどうかはまったく別次元の話だ。


 異星人はいる、いない論争は、かなり昔から識者の間で交わされていた。昔はそれが娯楽でもあったというのだから驚きだ。こうなってしまってはもはや娯楽で消費できるものではなく、国際的な問題へと引き上げられたのだが。


「ジムはまだ見ていないのか?」

「まだだよ。だから明日が初遭遇だ」

「星間大使なのに?」

「大使と言ったって、お偉方が勝手に選んだだけだ。わけのわからない間に色々決まって、気が付いたときにはもう明日だったんだ」

「まあ、いつだってそんなものか……」


 リッチーは理解するように頭を振った。


「案外向こうも同じことを考えていたりしてな」

「どうかな……。攻撃してこないとも限らないからな」

「話し合いの席についた途端にズドン、とか?」

「まあ、何かあった時の処置はお偉いさんがしてくれるらしい。軍隊だっているだろう? もはやこれは国際問題じゃなくて……」

「星間問題?」


 先んじたリッチーに、俺は肯定する。


「ま、いずれにせよ、現実のほうが小説より驚くべきことが起こるものさ。誘おうかと思ったけど、今日はよく寝ておけよ」

「そうするよ」


 リッチーは自分のほうがやや眠そうに、ずるずると体を引きずって部屋から出て行く。あれでいて俺が異星人といつ会っても大丈夫なように、よくやってくれているのだ。


 俺はありがたく眠りについて、翌日にそなえた。

 かくしてその時はやってきた。事前に手渡された翻訳機を、向こうの異星人もつけているらしい。いちおうこれで交流をはかるというのが目的のようだ。翻訳機をつけて部屋で待っていると、宇宙船のクルーに呼び出された。多くの警備隊に囲まれて、広い廊下を歩いていく。

 この先に異星人がいる……。


 いざ、そのときが来た。神秘のヴェールは剥がれ、俺の前に異星人の大使が現れた。わずかな緊張感とともに、一歩前に踏み出す。

 そうして見えたのは、のっぺりとした顔だった。体毛は上部にしかないが、布を何重にも身に纏っている。体にも体毛がないのだろう。

 耳とおぼしき場所に俺と同じ翻訳機がついているのが見えると、少しだけホッとした。


「えーと、こんにちは。ちゃんと聞こえていますか?」

「はい、大丈夫。聞こえています。こんにちは」


 異星人がぶら下がった器官を差し出した。

 平べったくて、先が五つに分かれている。最初は触手かと思ったが、どうもそれぞれに骨はあるらしい。

 この器官の先を握り合うのが異星人の挨拶らしい。説明された通りだ。


 異星人はたどたどしく顔の下部についた切れ目を動かして、声を発した。


「ようこそ地球へ、異星人さん」


 俺は細長い触手のひとつを差し出して、握手に応じた。

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