ジルの特技

そう言えばと、思い出した。


「ジル、眠く無いの?」


僕はここに来るまでの時間、ジルに凭れ、ジュネルの上で眠ってしまった。

だから眠気はほとんどないけど、ジルは違う。

僕を支え、ずっと起きていたから、絶対に眠い筈だ。


「疲れているんだろ?

城に行く前にひと眠りしなよ。」


「眠くなんてない。

戦いの時なんて、眠らずに何日も戦闘するなんて普通だったし、

今はルーファがいるんだ。

寝るなんて勿体ない。」


「何日も眠らないで戦うなんて、それ普通じゃ無いから。

人間って寝なきゃいけない生物なんだぞ。

今は戦いも無く平和なんだから、寝た方がいいよ。

僕がいるから寝ないって、

それじゃあ僕は君の睡眠の為に、どこかに行かなきゃならないじゃないか。」


それを聞いたジルは、僕の腕を掴み引きずっていく。

どこに行くのさ。


「ルーファがどこかに行くなんて許さない。

ルーファが寝ろと言うから寝る。

ただしルーファはどこにも行っちゃだめだ。」


ジルは僕を連れて隣の部屋に移動し、

そこに有ったベッドに僕をポーンと放り投げた。

それから自分も横になる。


「僕はジュネルの上で眠ったから眠く無いよ。」


「あんな所じゃ安眠できなかっただろう?」


「そんな事無いよ。

ジュネルも優しく飛んでくれたし、ジルに凭れてるのって、

とても気持ちが良かった。

だから、とってもよく眠れたよ。」


「そうか、良かった。

ルーファを気持ち良く出来て。

でもダメ、ルーファは俺と一緒に寝るんだ。」


そう言って僕を腕の中に抱え込んで、ギュっと抱きしめる。


「あぁ…、ルーファだ。

ルーファが俺の腕の中にいる。

す…ごい、幸せ………。zzz」


えっ、寝た?寝ちゃったの?

凄い、5秒とかからなかった。

こうなると、才能の一種だね。


それならと、僕はジルの腕から抜け出そうとした。

眠くないし、ジルが寝ている間に掃除をして、

料理もしようかな。


「そうだ、食事を作るなら、食材を買いに行かなくちゃ。」


そう呟いて、僕はいきなり自分の口を抑えた。

ジルが疲れて寝ているんだもの、

起こしたら悪い。


とにかく起きよう。

そう思ったけど、とにかくジルの腕ががっちり食い込んでいる。

何とか緩めようと頑張ってみたけど、数ミリも動かない。


「困ったなぁ、これじゃ何もできない。」


「してるじゃん。ルーファは俺の腕の中にいてくれている。」


あ、あれ?ジル目が覚めちゃったの?


「ジル、もっと寝なくちゃだめだ。

夕べだって寝てないし。」


「大丈夫だ。

俺、深く眠れば、あまり長時間寝なくても平気みたい。」


勇者って、普通と違うのかな。

でも、やっぱり睡眠時間5分って短すぎるよ。


「ジル、もっと寝て。

ちゃんと睡眠取らないと、体壊すよ。」


「ルーファが俺の心配をしてくれている。

嬉しい、愛してるルーファ。」


そう言って、キスをしようとするけれど、

今はちゃんと体を休める方が先。


「ジル、もっと寝て。」


「でも、俺はルーファとイチャイチャしたい。」


イ、イチャイチャって何だよ。

僕にそんな気はないぞ。

そりゃぁ、ジルにこうされるのは暖かくて、安心するけどさ。


「とにかくダメ、ジルはもっと寝るの。

体の疲れが取れるまで眠らなきゃ。」


「ん、分かった……zzz」


凄い特技だ……。

また瞬殺で寝たよ。


僕はジルの耳元に口を寄せ、そっと囁いた。


「ジル、苦しいから腕の力を緩めて。」


瞬時にジルの腕の力が緩まる。

なるほど、この手は使える。

僕は早々に、ジルの腕の中から抜け出た。


「さて、まずは掃除か。」


取り合えず、この部屋は放っておこう。

ジルが目を覚ますと困る。

僕はさっきの部屋に戻ると、掃除道具を探した。

クローゼット、洗面台の下、風呂場。

何処を探しても、掃除道具がない。


おっかしいなー。

ジルって掃除しなかったのかな?

それじゃぁ、料理でもしようかな?

ジルが起きた時、きっとお腹が空いているだろう。


でも、そもそも台所が無い。

そうか~。

ここは食堂の上だし、旅籠だから、普通だったら掃除も料理も店の人がやるんだ。

諦めるも、手持ち豚さん。いや、手持無沙汰。

せめて掃除だけでもと、道具を借りに1階に降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る