夢とか愛とか

幻典 尋貴

夢とか愛とか

 目を覚ますと朝が来ていて、さらに彼女の愛莉も来ていた。爽やかな朝日は部屋を柔らかく照らし、昔思い描いた最高の朝を投影する。

 「信くん、何でYouTuber辞めたの?」

 布団に篭ったままの僕が起きたことに気付いた愛莉が、二人分のコーヒーを入れながら問う。

 愛莉のその質問は、何となく聞いただけといった感じではあったが、それはYouTuberという仕事が軽く見られていることが起因しているのだろう。

僕にとってそれが、会社員を辞めたのと同義である事を、彼女は知らない。

 「何でって、特に意味は無いよ」僕は嘘をついた。

「ただ単に、辞めたくなったから辞めただけ。それにほら、もういい歳だし」ともっともらしい答えを付け加える。

 「ふぅん」と愛莉はどうでも良さそうに言った。出されたコーヒーは僕好みの濃さだった。


 YouTuberをやめる数日前、昔投稿した動画を見返すと、一人称がバラバラであることに気づいた。挨拶は僕、話し始めたら私、時々俺という風に。そのこと自体が、僕が不安定である事を表しているようで、嫌になった。

長いこと続けてきたYouTuberという仕事を辞めたのは、少しのアンチコメントとそれが原因だった。

 「それで、どうするの」また愛莉が聞く。

 “する事”は、見つからない。

 高校を出て、大学に行ったのは良いものの、未だ自分のしたい事が見つからず、無情に流れる時にしがみ付き、振り払われ、家にこもって動画の編集をしていた。

 今までは、YouTuberだけが“する事”だった。でも、今はもうしたくない。

 結局僕はすることも、したいことも見つからないまま、このまま死ぬんじゃないかとも思っている。いや、むしろ何もしたくなかった。

 愛莉は唯一の僕の理解者であり、唯一僕の日々に彩りを与えてくれる者だった。ただ、今日はやけに質問が多い。

 「僕はSiriみたいにそんなにポンポン答えは出せないよ」振り絞って出たジョークがつまらなすぎて、泣きそうになる。

 「知ってるよ。そもそもSiriだったら嘘つかないもんね」

どうやら見透かされていたようだ。幼馴染というのは恐ろしい。


 全てを話した。否、話さざるを得なかった。

 愛莉に嘘は通じない。昔から分かっている事なのに、それでも彼女に嘘を吐くのは、きっと僕の甘えだ。

 僕の精神年齢は小学生の頃から変わっていないのだろう。だから、夢も見つからなければ、物事を一人で決める事ができない。

 「甘ったれの僕は、この先どうしていけば良い」


 ――そんな風にまた、居ないはずの愛莉に問うてしまう。


 去年の夏に消えた愛莉の命に縋って、僕は生きている。

 咳をすると、壁に反響して帰ってきた。虚しさが部屋を満たす感覚に襲われ、僕は再び布団にこもった。


 答えは出ないまま今日が終わって、新しい今日が来た。風邪が治って、4日休んだ大学に向かった。ちなみに、実際に風邪の症状が出ていたのは昨日だけ。つまり、そういう事だ。

 僕が不真面目に生きていることの理由が、愛莉の死であってはならない。だからこうやって、数日おきには大学へ行く。

 それこそが彼女への恩返しだと、勝手に思っている。

 そういえば、愛莉は教師を目指していた。

 僕は何と無くで彼女と同じこの大学を選んだが、この学校はその道に関してはまぁまぁ名の知れた学校であるらしい。

 学歴だけを求めた僕と違い、彼女は熱心に夢に向けた勉強をしていた。その姿が美しかった。図書室で勉強をする彼女が誰にも邪魔されぬよう、勝手に見張っていたこともあった。後日それがばれて彼女に叱られた事は、今となってはいい思い出だ。


 そうだ、教師になろう。


 その為の勉強は彼女のおかげでちゃんと出来ているはずだ。何より、僕もあの“美しい”になりたかった。

 夢でなくても、目標を決めた。

 「なぁ、愛莉。僕はちゃんと生きられるかな」

 ――もう、答えはいらなかった。

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