007

 こちらの推測を背後からの声に遮られ、彰はそちらを見る。




「なっ!」




 やってきた人物に対し、ルシェは小さく悲鳴を上げた。ガチャガチャと煌びやかな鎧に身を包んだ男性がこちらに歩いてくる。外見からまさに騎士様だった。灰色の髪にひげを生やした40代前半くらいか。しかし細い肢体と、頬がこけているさまはとても騎士とは思い難い形相だった。




「知り合いか?」




 小声で尋ねる。




「ええ。 ……サーザン、生きていたのね?」




 護衛の男、サーザンはよかったとばかりに笑顔を浮かべて近づいてくる。




「ええ。奴らにしてやられましたが、傷が浅かったのが幸いしました」




 対するルシェは浮かない表情をしていた。




「そう」




 本来であれば、これで彼女をサーザンに預ければ、俺はお役御免だろう。しかし、どうにもルシェの反応は淡白で声音は強張っている。とても頼りにしている騎士とは思えないやりとりだ。




「さあルシュア様、お城へ帰りましょう。私も騎士として情けない限りです。こんな奴らに後れを取ってしまうとは。貴女様を無事届け終えましたら、私は騎士を辞める覚悟でございます」




 この男には彰が見えていないのか、ひたすら彼女だけに語り掛けていた。死体に目をくべたものの特段気にした様子も見せないのもまた不思議だ。


 一方ルシェは不愉快そうな視線を彼に向けている。なにか彼らの間に確執でもあるのだろうか?


 というか、本名ルシュアなのか。




「……ねえサーザン、ひとつ尋ねたいのだけれど」


「は、何なりと」




 仰々しく胸に手を当ててかしずいた。




「貴方の受けた傷を見せてほしいわ。その鎧は、彼らの持っていた武器で傷付きはするでしょうけれど、壊れたりはしないわよね?」




 思いもよらない要望にサーザンは固まり、顔を一瞬歪めた。




「それはできませぬ。貴女様にそのようなお見苦しい姿を晒したとなっては後生の恥もいいところでございます」




 言葉こそ丁寧だが、一瞬面倒くさそうな表情をしたのはなんでだ? こいつはルシェに仕えているんじゃないのか?


 変わらずルシェは彼を睨み付けている。




「そう。 ……ああ、もう茶番はいいわ。サーザン、貴方が私を嵌めたのね?」




 いつのまにか彰を陰にしつつ、ルシェは確信したとばかりに言う。


 突然の指摘に一瞬呆けた顔をし、そして今度は隠すことなくその口元を賤しく歪ませた。


 それは悪党がする下げた笑みだった。


 なるほど、この男がこいつらをけしかけたのか。まあ、身内に敵が暗躍するのはよくあることだが、まさかそれに巻き込まれることになろうとはつくづく運のない。




「なるほどなるほど。お見通しでしたか」




 もはや隠す気もなくなったのか、白々しい声音でサーザンは腰に吊るしてある剣に手をかけ、引き抜いた。


 事がバレれば殺すとは流石ファンタジー世界。命が安い世の中だ。




「魔法が使えない小娘と、よくわからんが手負いの小僧がひとり。私に敵うはずがない」




 あ、それは死亡フラグというやつじゃないだろうか?


 剣を抜き放ったサーザンはゆっくりと歩いてくる。全体的に細身なのだが、どうも様になっている。




「サーザン。 ……貴方は悪に落ちたの?」


「悪とは失礼な。私は私の信じる道を進んだだけでございます。かの神は、私にとって救いであり、希望ですので」




 ころころと言葉遣いを変えて器用なことで。


 ……神様ねえ。




「うぉ!」




 そう思っていると、眼前に文字が浮かんで出てきた。




・名前:サーザン・ザザ・人族


  Lv:27


  職業:聖騎士(狂信者)


  状態:良


 能力:剣術lv.6 身体強化lv.4 拷問lv.5 体力強化lv.3 抜き足lv.3 幸運lv.4 レシェフ公用語lv.5


 加護:スーザの加護 オリンピアの加護




 今回は内容を読む余裕があった。


 正直強いのかわからない。さっきの戦闘でも出てきたのだろうが、気にしていなかったので比較しようがない。


 サーザンのステータスを眺めていると、背後にいるルシェがぼそりと言ってきた。




「こちらの事情に巻き込んでごめんなさい。手負いの貴方にこれ以上負担を強いられない。あれでも騎士でそこらの盗賊よりよほど強いのよ。だから逃げて」




 ああ、何を言っているのだろうか。というより背中に隠れている人が言える台詞なのだろうか?


それにこれはもうすでに彼女ひとりの問題ではなくなった。奴は俺も標的に入っている。つまり、俺の人生がかかっているのだ。




「おとなしく我が剣の錆となるがいい!」




 サーザンが一気に距離を詰めてきた。ここで切られて終わるのも癪だ。何か手はないか。そう考えた刹那、自然と身体が歩を進めた。何か強烈な力によって身体が移動し、気づけば奴の懐に入っていた。振り下ろされる剣がコマ送りのように見える。彰はその薄い脇腹目掛け、動かせる左手でフックの要領で掌底を放った。


 そして、グシャっと何かが潰れる音とともに、目の前にいる鎧が横に吹っ飛んだ。




「なっ!」




 ルシェは目の前で何が起こったのかわからなかった。


 突然男の子が消えたかと思えば、サーザンが脇に飛ばされていたのだ。ガシャンと何かが弾ける音と、ビシャっと何かが破裂する嫌な音が響いた。


 そちらに目を向けた直後、後悔した。




「うっ」




 胃から込み上げてくるものがあり、手を口に当ててそっと視線を逸らした。


 とっさに行動した彰は何が起こったのかわからず、飛んで行った方を向く。


 そこには男が木にめり込んでおり、背景には見事な血の花が咲いていた。




「嘘だろ……」




 ただ走って掌底を放っただけだぞ。


 まさか、さっきのレベルアップとやらのせいか? 


 自分でも信じられない光景に、彰はわなわなと震えだす。




「貴方、今のは……」


「はっ」




 振り返れば、先ほどの怯えを再び瞳に滲ませたルシェがこちらを呆然と見ていた。


 彰は深呼吸をして一端落ち着く。




「……ああ、すまない。酷い光景を見せてしまって」


「……いえ、いずれ見なければならない光景よ。それが早まっただけ」




 強い少女だった。顔は青く口元を抑えているが、彼女なりの覚悟があったのだろう。戻すことはしなかった。いや、耐えているだけか。




「そうか」




 困惑しているせいで、碌に言葉が出てこない。




「ねえ、貴方は本当に何者なの?」




 その質問に答えるために、一度情報を整理したい。そんな返答をしようとしたとき、




「ルシュア様!」


「ルシェ様!」




 森の奥から彼女を呼ぶ声が聞こえた。 


 ……ルシュアが本名で間違いないらしい。まあ、怪しいやつに本名教える方がアホか。




「この声!」


「知り合いか?」




 尋ねると、彼女はきゅっと口元を結び、そして諦めたかのように開いた。




「私のこ……護衛よ」


「そいつらは信頼できるのか?」




 彰の問いに彼女は戸惑いを見せ、そして頷いた。




「ええ、そこで死んでいるひとなんかよりは」


「なるほどね」




 ならば安全だろう。そして、護衛ね。想像したとおり、いいとこのお嬢さんだったようだ。




「なら、大丈夫だな」




 左手でサーザンが使っていた剣を拾う。




「えっ?」




 さっきの力がまだ使えるなら――


 足に力を籠めるとグンと別の力が溜まる感覚があった。




「じゃあな」


「ちょ、ハクサン!」




 そして、勢いよくその場で跳躍をする。彰の身体は木を越し、空高く舞った。そして、いくつか木を飛び越えて着地する。なるほど、まさしくファンタジー。何度か跳躍を重ね、彰はその場から立ち去った。


 離れる彼の背中をルシェは呆然と見つめていた。




「ルシュア様!」


「ルシェ様! ご無事ですかー!」




 人間とは思えない跳躍にしばらく呆然としていると、近衛騎士の姿が見えてきた。男女の騎士で、よく知っている顔。クルサとメリッサだった。


 顔を向けると、2人はほっとした柔らかな笑みを浮かべた。そして周りを見るや、表情を変えた。




「これは……サーザン」


「ルシェ様、お怪我は⁉」




 メリッサが距離を詰め、貴重品を触る様に優しく各部の触診を始めた。




「大丈夫よ。助けてもらったから」




 2人が来たことで身体が軽くなってきた。こんなにも疲労困憊なのは初めてかもしれない。




「そうなのですか? どなたも見当たらないようですが」


「仏さんしかねえな」




 そう言ってクルサは死体の検証を始めた。




「どこかへ行ってしまったわ。名前は聞いているから、後で探して褒賞を出します」


「承知しました。ルシュア様、お辛いでしょうが、これまでの状況を教えていただけますか?」




 ハクサンの反応から察するに、私が高貴な出であること理解して面倒事になりそうだから逃げたわね。


 ルシェ自身、命の恩人に対して悪いようにするつもりはないが、周りがどうかは分からない。彼の強さを考えれば利用してくる人間も出てくるだろうことは簡単に予想できた。平穏を望むのであれば安心できる場所とは言えないだろう。先ほどのやり取りから彼はこの国の人間ではないことは明白で、無知すぎのるのは引っ掛かるが正直今はどうでもよかった。


 見ず知らずの私を救ってくれた。この行動に報いたい。身分どうこうの前に人として純粋な気持ちだった。それが叶わないことがルシェは残念でならない。


 それと、ハクサンは一つ勘違いをしている。彼女は確かに補助道具を使わず魔法を使えたが、誰かの細工で魔法が使えないでいた。


 ……後でクリスタに見てもらう必要がありそうね。




「勿論よ。クルサ、まずは人を呼んで来てください。この惨状を片づけるわよ。それから裏切り者の調査を。彼は恐らく魔教徒と繋がりがあるはずよ。そちらも合わせてお願い」


「ご随意に」




 主人の命に従い、クルサは人を呼びに森林に消えていった。




「ねえ、メリッサ」




 触診していたメリッサは手を止めて、ルシェを見る。




「はい」


「ごめんなさい、少しだけ甘えさせて」


「……畏まりました」




 そういうと、メリッサは自然に鎧を外した。




「――――――――」




 ルシェはその胸に顔を押し付けて泣いたのだった。


 ひとしきり泣いた後、ルシェは決意する。




「必ず見つけてやるんだから」

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