004
「――い、――じょう――? ――ねぇ、大丈夫⁉」
大きく体が揺さぶられるような感覚が伝わった。
「ん、ん――」
誰かに声を掛けられ、僕は瞼を開いた。
視界がぼんやりとしていた。
焦点の合わない目は次第に光を取り入れて景色が鮮明となっていく。そして焦点が合い、はっきりと見えるようになるとそこには綺麗な女性がこちらを心配そうに見つめていた。緑がかった青く長い髪を揺らし、透き通った碧眼がこちらを覗いていた。
「よかった……気が付いた。起きられる?」
碧眼をぼーっと見つめていると、彼女は困惑気味に苦笑した。
しばらく透き通った緑の美しさに見とれていると、ようやく焦点が合うようになり意識もはっきりとしてきた。
「大丈夫そうね」
「あ……はい、起きられます」
再度声を掛けられたとたん、恥ずかしさが一気に込み上げてくる。その場から一秒でも早く離れようと僕は勢いをつけて上半身を持ち上げた。すると、電撃が走ったかのような痛みが身体中を駆け巡り、小さく悲鳴をあげる。それを見た女性は手で身体を抑えてくるとやんわりとした口調で焦る誠を諭した。
「身体を起こすのはゆっくりでいいわ……『癒せ』」
すると、一瞬だけ身体の底から暖かさを感じた。そして、不思議なことに先ほどまでの痛みがほとんど消えていた。
「うそ……だろ」
こちらを労わる様に優しく背に手を回し、ゆっくりと身体を起こしてもらう。
「あ、ありがとうございます」
支えられて上半身を起こした誠は軽くほぐすようにゆっくりと身体を動かしていく。あちこちが固くなっており、思うような動きになるまで少しばかり時間がかかった。
身体の異常が消えたことで、周囲をゆっくりと見渡していく。
木々が生い茂り、特に舗装されていない道が続いていた。人通りはない。
そうして、逆を向けば同じように気を失い、寝転んでいる幼馴染たちの姿が目に入る。
「はっ、みんな!」
僕は急いで立ち上がり、まずは近くにいたかえでを起こす。
「かえで! 起きろ」
両肩に手をかけ、何度かゆっくりと揺さぶる。
「ふにゃ?」
目は開いていないがどうやら寝言のようで少しほっとした。誠はざっとかえでの身体を見る。一見して外傷はないようだ。自分も外傷はなかったとはいえ、他がそうとは限らない。
他の人たちがどのような状態なのか気になり、そちらに目を向けると鎧に身をまとった男に健斗と沙友里が起こされていた。
それを見て無事であることに安堵すると、次第に頭が冴えてきた。
……状況を整理しよう。僕らは流れ星を見ていたところ、山の地割れか落石に巻き込まれた。そして、気づけば僕らはここで倒れていた。
再度周りを見渡す。
おかしい。そう、おかしいのだ。地割れで落ちても、落石に巻き込まれても石岩の断片が転がっているはずだ。しかし、ここを見る限り、そのような光景は一切ない。
今度は顔を上げて頭上を見渡した。
展望台がありそうな崖すらどこにも見当たらない。雲一つない真っ青な空が広がっていた。地上に視線を戻すが、目に映るのは木と平坦な一本道だけ。勢いよく飛ばされたとしてもこのような場所にはいないだろうということに違和感を覚える。
更に不思議なのは自然災害に巻き込まれたはずなのに全員が軽傷だということだ。
本当に、わけがわからない。
それに、何か忘れているような……
「――誠?」
思考にふけっていると、かえでが気付いたようだ。自分と同じように寝ぼけ眼を揺らし、こちらを凝視してきた。
「うん、誠だよ」
返事をすると、かえではえへへ、と柔らかな笑みを浮かべた。
そのぽわぽわとした温かみのある微笑みを見せてくれたことで、誠は少し安堵する。
「そっか、私たち地震のせいで――はっ、みんなは?」
「うん、いるよ」
誠はかえでの後ろを視線で示した。すでに彼らも起き上っており、各自身体の異常がないか確認しているところだった。
「いてて、ひどい目に合ったぜ」
「みんなご無事で」
互いの無事が確認できると、近くから咳払いが聞こえてきた。
そちらに目を向けると、屈強な男性がどこか困惑気味な表情で見下ろしていた。
「さて。気が付いたようだから聞くが――お前たちどうしてこんなところで寝ていたんだ?」
「はえ? ええと――」
目の前に鎧を着た男がいれば混乱するのはよくわかる。
かえでがどう答えていいかうろたえていると、
「なあ、……彰はどこだ? それに先輩たちや、先生……観光客も」
健斗が疑問を投げかけた。
「「「あっ!」」」
引っ掛かりはこれだった。
突然のことに困惑していたとはいえ、あれだけ周りに人がいて更には幼馴染の不在に気付けなかった自分に不甲斐なさを感じる。
ちらりと沙友里を見ると、露骨に沈んだ表情を浮かべていた。
「んっ」
咳払いが割り込み、皆そちらを向く。先ほど質問していた男だった。
「あー、無視してくれるなよ」
「まあまあ、落ち着きなさいよ。彼らの方が困惑している様子だし」
その肩を抑え、同じく鎧を着た女性がこちらに質問してきた。
「互いに確認することはあるだろうけど、とりあえず聞かせてほしいの。貴方達はどうしてこのような山のなかで寝ていたの?」
心配そうに女性がこちらを見ている。
「それはこっちが聞きてぇ。おれらさっきまで流れ星を見てて」
「そうだよ。私たちが山で星を見ている最中に流れ星が隕石に変わって、その後地割れに巻き込まれて……そのせいでたぶん意識を失ったんだと思います」
かえでの言葉に3人は頷いた。
鎧姿の二人は見つめあい、女性が首を振った。
一度頷くと男はこちらを見る。
「なるほど。そして気づいたらここにいたと」
「そうなりますね」
誠が頷くと男は渋い顔をした。
自分たちが変なことを言っている自覚はあるし、素直に受け入れられがたいのもわかる。だが、こちらも状況をつかめていない以上、正直に言うしかない。
「昨夜に流れ星や隕石はなかったはずだが……それに、確かに見ない服だな。別の国てぇっとウランの線もあるか?」
こちらから言えば、鎧なんて初めて生で見ました。ちょっと待てよ、今流れ星はないと言ったか?
「メリッサ」
「はいはい。『我が目よ』」
メリッサと呼ばれた女性が呟くと、翡翠の右目が光る。ほどなくして元の目に戻った。
「うん、噓は言ってないわ」
「そうか……」
なんだ、今のは? 義眼でもつけているのか?
義眼を光らせるというのは初めて見た。科学技術の発展はここまでできるようになっているのかと感心する。
「今の……」
「ああ、真偽の魔眼だ。見るのは初めてか?」
「えぇっ、この人たち中二病?」
かえでが対応に困ると言わんばかりの表情をしていた。
「クオリティ高いな。わざわざファンタジーな鎧をまで作ってるし」
健斗が彼らの全身鎧を指しながら言った。
彼らは白銀をベースにところどころ金の意匠が施されている鎧を着ていた。男女で細かい部分で違いはあるものの、統一されたその姿は美しく、どちらも違和感なく着こなしていた。
「魔眼、ですか?」
「ああ、お前たちが嘘を言っていないか判別するための魔法だ」
ああ、魔法とか言っちゃいますか。なるほど。
「魔法……ですか」
「ほかにも魔法を使えたりします?」
かえでがニヤついた目をして言った。挑発的な台詞に誠は慌ててフォローを入れようとする。しかし、返ってきた言葉は肯定だった。
「ええできるわよ『風よ!』」
メリッサさんが掌を胸元まで持っていくと、右へ腕を払った。
風鳴が響く。その方向にある木が大きく揺れて、木の葉を落とした。その行動に皆啞然とした。
「うそ……」
ここまで見せられて、誠はようやく確信した。
ありえないことではあるが、もしかしたら……
「ねえ、皆。これって、もしかして」
かえでが口を開いた。みんなも予想はしていたのだろう。
まさか……
「「「「異世界に来ちゃった(たな)(てしまいました)」」」」
雑多に小説を読むことが趣味の誠となんでも興味を示すかえでの影響で、幼馴染たちはその手のことも知っていた。異世界転生を題材とするファンタジー作品は彼らの同年代にとってポピュラーなものだった。
「異世界だと?」
男が訝しげに4人を見てくる。
「話を逸らしてすみませんでした。おそらくですが、貴方様は騎士様……でしょうか?」
誠が尋ねると、二人は思い出したかのように言った。
「自己紹介もまだだったわね。私はメリッサ・アンバーズ。ベトナーゼ皇国の魔法騎士よ」
「俺はクルサ・タンザ。この皇国の騎士団長をしている」
にっと笑う顔を含め、鎧を除けばどう見てもおっさんのような風貌だったが、まさか騎士団長とは思わなかった。
「で、お前さんらは?」
一通りの驚嘆が落ち着いたかえでが手を挙げて自己紹介を始めた。
「あ、私は佐倉かえでです。えーと、日本という国から来ました」
「……ニホン。知らないわね」
「ええと、ヨーロッパ、欧州、ユーラシア大陸、アメリカ、ロシア、フランスイギリス中国トルコ――」
かえでが片端から知っている国を列挙してみるが、どれも聞き覚えの無いとのこと。メリッサさんの反応から察するに、やはりここは別世界のようだ。僕もベトナーゼ皇国なんて聞いたことがない。まさか小説の世界にしかない異世界転生を直に体験することになるとは思わなかった。
「僕は小野寺誠です。どうやら、日本という国に聞き覚えはないようですね?」
「ええ、ごめんなさいね」
メリッサは首肯した。ファンタジーお決まりの極東関連の国はないのかもしれない。
「こちらもベトナーゼ皇国という国を聞いたことがありません。あ、申し遅れました。私は古賀沙友里と申します」
ぱっと見てしっかりと挨拶をしているようだが、習慣から無理矢理出しているのだろう。この状況で取り乱すことは避けるという彼女の強がりを幼馴染たちは見抜いていた。それを見かねたかえでが沙友里に寄り添っている。任せろと視線で訴えてきたので、沙友里のメンタルケアは任せることにした。
「おれは黛健斗だ」
続いて健斗が名乗る。
「ふむ、すまない。4人とも独特な名前をしているな」
「僕らは家族名が前の文化を持っていますので、呼びにくいようでしたら名前で結構です」
「そうか、ではカエデ、マコト、ユリ、ケントだな?」
「あ、沙友里が名前です」
落ち込む沙友里の代わりにかえでが答えた。
「む、すまない。サユリか」
日本の名前が切りにくいのは異世界でも共通のようだった。
「さて、ここにいても落ち着けねえから、歩きながら話そうや。幸い近くに街がある。そこでどうするか決めるぞ」
クルサは親指で道の奥を指した。
「決めるとは、僕らの処遇ということでしょうか?」
「あー、まあそういうことだ。正直、俺も困惑していて決めかねている。お前さんらを見る限り、密偵でもなさそうだしな」
確かに、こんな格好で密偵だとは思うまい。それに、メリッサさんの魔眼によって僕らの言葉に嘘がないことが証明されたので、余計に処遇を考えるのが面倒なのだろう。
「もし同行してくれれば悪いようにはしねえよ。っと、その前に一応確認はさせてくれ。メリッサ、そこの嬢ちゃんたちをよろしく」
「ええ、承ったわ。カエデ、サユリ。申し訳ないけどこちらに来てくれる?」
そういって、メリッサは木陰を指した。
「え……」
「それはどういう」
引き離されることに不安を覚えたのか、二人は怯えた表情をする。
「多分ボディチェックだな。女子をここで剥くわけにもいかないだろう?」
「ああ、なるほど」
「健斗……流石に言葉を選ぼうか」
デリカシーのない発言に、誠は頭を押さえて呆れた。
「ぼでぃちぇっく?」
メリッサさんが首をかしげていた。本人には悪いが外人が英語で困惑する光景は少し面白かった。
「いえ、要は僕らが何か隠し持っていないか確認するということですよね?」
「あ、ああ。そうだ。しかし、お前さんやけに冷静になったな」
「いえいえ、僕らも内心困惑しっぱなしですよ」
こちらも色々と確認しなければならないことがある。例えば、こうして会話が成立していることも不可解だ。先ほどから二人の口元を見ているかぎり、日本語の発音ではない。恐らく相手もそう見えるはずだ。となれば、異世界転生のお約束として自動的に翻訳されているとしか思えてならない。英語が翻訳されていないのは謎だが、意思疎通ができるのはありがたいことだ。
とりあえず持ち物があるか確認すると、ポケットにスマホがあった。他にはハンカチくらいか。リュックはシートの上に置いたままだったから転送されなかったって認識かな。スマホに表示されている時刻は隕石が落下した時間で止まっていた。
「なるほどね」
財布はリュックにいれているため、金目のものとなると、スマホくらいか。
「ケント、こりゃなんだ?」
黒いスマホを手にしたクルサが訊く。
「ああ、これはスマホだ。他のやつと連絡する道具だ」
「ほう、通信用の魔道具か」
クルサは手にしたスマホをいろいろな角度から見つめた。
この世界は魔道具があるようだ。さらに遠距離の連絡手段も確立されていることから割と文明は発展していると見ていい。
「いや、それは魔道具じゃねえぞ」
「クルサさん。それは科学技術の賜物です」
「カガク?」
やはり、科学は聞きなじみないようだった。
魔法みたいな便利な技術があると、科学の発展はないのだろうか。誠にとってこれは現代にいた時からの疑問だった。
「はい。おそらく魔法、もしくは魔術に似た何かがあると思うのですが、僕らのいたところではそれに代わる技術が発展しています。それが科学です」
「へえ、そうなのか。で、これは使えるのか?」
「どうでしょう、健斗使える?」
「やってみっか。おっさん、ちょっと返してくれ」
右手に持つスマホをあっさり返してくれた。
健斗はスマホを立ち上げようとする。
「ダメだな」
「壊れたのかな」
誠も自身のスマホを取り出して起動を試してみるも同じく起動しなかった。どうやら電源が切れてしまったか、壊れてしまったようだ。僕らのスマホは待機状態で2日は持つはずだから、少なくともそれ以上の日時が過ぎたと見るべきか。
「使えないようですね。僕のもそうです」
「そうか。 ……流してしまったが、お前ら魔法を使えないのか?」
ありえないものでも見るかような表情で訊いてくる。
「ええ。僕らは魔法を使えないと思います」
そうしていると、木陰にいた女性陣が戻ってくる。
「2人とも武器の類は持っていなかったけど、奇妙な……たぶん魔道具を持っていたわ」
「魔道具だと?」
そう言って、メリッサさんは両手に持ったスマホをクルサに見せてきた。
ああスマホね。
「彼女たちはスマートフォンと言っていたけど、知らない魔道具ね」
「メリッサ、こいつらも持っていたよ。だが、壊れたのか使えないとのことだ。あと、全員魔法は使えないらしい」
「そうなの?」
振り返って、メリッサは意外という表情をした。この世界は魔法を使うのが当たり前なのだろう。
「魔法なんて使えませんよ」
「そうですね、魔法なんておとぎ話でしか出てきませんし」
「それ以外には持ってないのか?」
健斗が訊くと、女性陣は頷いた。
「身に着けていたものだけがこちらに飛ばされたみたいです。あとはハンカチくらいでしょうか」
「皆財布はリュックの中と」
金目のものも、身分証明ができるものもないとすれば、手詰まりだ。
「まあ、メリッサの魔眼を疑っちゃいないが、こいつらの言っていることが本当かは後でクリスタに詳しく確認させる。とりあえず街に向かおうや」
「わかりました」
6人は近い街に向けて歩き始めることにした。
道半ばで立ち止まったメリッサは数歩先を行く子供たち4人をもう一度魔眼で見た。
「……おかしいわね。やっぱり4人とも魔力を持っている。だけど、魔法を使えないことを本当だと思っている。本当にどういうことかしら。魔石は宿していないようだからその点は安心できるけど……」
メリッサは自分の魔眼が真実を示しているのか、心配でならなかった。
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