003

「戻りました」


「お待たせ」




 ほどなくして、後発組が戻ってきたようだ。




「あと3時間近く暇なわけだろ。おい彰、ちょっと付き合え」


「ちょっ! ビックリしたぁ!」




 今まで昼寝していた健斗がいつの間にか起きて立ち上がり、靴を履いていた。


 声と急な行動に、一緒に寝ていたかえでが飛び起きる。


 それを横目に彰が呆れた声で言う。




「流石に制服で汗を流す気はないのだが?」


「んな硬いこと言うなよ。食後の運動って言うだろう?」


「今まで寝ていた人の口から出る言葉ではないですねー」




 かえでに誰も突っ込むことはなく、健斗は自分のリュックを漁りだした。そして大きな巾着を2つ取り出した。それは彰も見覚えのあるもので、




「おい、人のものを勝手に持ってくるんじゃない」


「いいじゃんか、どうせ暇になること分かってたんだから」




 健斗が持っているのは2人分の練習着だった。


 いつもは頭の働かない健斗とは言え、制服で動くことを断る手段は読んでいたらしい。




「はあ、仕方ない」


「おや、珍しい。こんなに早く落ちるとは」


「かえで、一言多い」


「時間があるのは事実だからな。第一、暇人にしたのはどこのどいつだ?」


「ごもっとも」




 昼過ぎに来ても星が見えるわけがない。それに提案者のかえでが文句を言う筋合いはもっとなかった。




「おっしゃきた。ほら」




 そう言って、健斗は体操服を投げ渡してくるので受け取る。




「じゃあ、3人とも申し訳ないが留守番頼む」


「はい」「ああ、行ってこい」「いってらー」




 再び2人は展望台へと向かった。トイレで着替えてくるのだろう。


 さっさと着替えて戻ってきた2人は少し離れた断崖近くへ歩いていくと、組み手を始めた。


 彼らは中学時代に知り合った爺さんから武道を教わっていた影響で、こうしてたまに身体を動かすことがある。中学の夏休みに3人で山籠もりをしに行って、ボロボロで帰ってきたことは流石にインパクトが強かった。下山する途中でクマに襲われたというのだから本気で心配したものだ。


 そちらに視線を向けつつ、沙友里が言った。




「あちらは始めると長いですから、こちらはお話でもして時間を潰しましょうか」


「そうね」「ああ」




 3人は2人を眺めながらのんびりとした時間を過ごした。


 いつの間にか組み手にギャラリーが出来ており、他の観光客ですっかり囲まれてしまっている。誠はその光景に眩しさを覚えた。運動が苦手な自分にとって、彼らのような体育会系の強さにどこか惹かれている節がある。並みの高校生では太刀打ちできない友人たち。自分にはないものちからを彼らは持っている。そのことに誠は羨ましい気持ちを抱いていた。


 2人はギャラリーを気にした様子もなく組み手を続けている。


 ちらりと横にいる女性陣を見やる。おしゃべりに興じながらも、ギャラリーのできた場所へ視線を向け続けている。2人のその表情はうれしそうで、それを見た誠は心の中で何かが燻るのを感じた。その正体は自身でもよくわかっている。




「ただの、醜い嫉妬だ」




 そして時間はあっという間に過ぎていった。




            *




 話が一区切りしたところでかえでは腕時計を見ると、午後5時40分を過ぎていた。気付けば空も日が落ち始め、薄っすらと月が顔を覗かせている。彰と健斗も1時間ほどで組み手を止め、制服に着替えてすでにシートへと戻ってきている。


 夕暮れということで陣取り合戦は終息し、皆思い思いに談笑して過ごしていた。




「時間が経つのが早いねー」


「そうですね、もう18時前ですよ」




 楽しいことはすぐ時間が経つものだと実感し、誠は周囲を見る。




「人が増えてきたな」




 誠の言葉に釣られ他のメンバーも周りに視線を向けると、確かに広場は人で埋まっていた。




「この地域は夏でも夜が早いからね」


「それが夜景スポットとなった由来でもある、と」




 あと30分もすれば夜が訪れることだろう。




「さて、そろそろこいつを起こそうか」




 誠が背中を指す。そこには運動して眠くなったのか、すやすやと寝息を立てている健斗がいた。




「本当にこいつは良く寝るな」


「寝る子は育つといいますし」


「確かに身体は育っているな」


「だけど頭は別だよねー」




 健斗に対して辛辣な幼馴染たちだった。




「……仕方ない」




 嘆息気味に彰は呟くと、健斗に向って近づくと、顔面目掛けて拳を振り下ろした。




「何だっ、敵か!」




 ガバッと健斗が飛び起きて、彰の拳をからめとる。瞬時に彰の背後に移動し、手際よく腕を拘束された。更に首にも腕が伸ばされ、ぎりぎりと首が締まっていくのを彰は感じた。急速に彰の意識は遠のいていった。




「お? おおっ? なんだ、彰じゃねーか」




 我に返った健斗は首を振って周囲を見るが、近くに座っていた人たちは変なものを見たような表情をしていた。彰を除く3人は非難の視線を彰に向けた。無論、本人には届いてないが。




「はあ。健斗、恥ずかしいから座りなよ。あと、彰が死んじゃうから放してね」


「お、おう。ってか、脅かすなよな!」




 健斗は締め付けていた彰を無造作に放すとその場に腰を下ろした。


 今日は巨体がよく伸縮する日だった。


 気道が確保でき、血の巡りがよくなってきたところで、倒れ込んだ彰は顔を上げた。




「彰、流石にそれはどうかと思います」




 近づいてきた沙友里がちょこんと彰の袖をつまんで言った。その後、彰の顔や首を触って異常がないか確認してきた。




「ああ、すまない。……だがこいつを起こすにはもってこいだろ」


「いや、僕らも冗談だと分かっていても寒気がするからやめてほしいかな」




 かえでと沙友里もうんうんと頷いている。




「起こすならもうちょいまともにしてくれ」


「まあ、叩いても起きない健斗が悪いけど……なるべく控えてほしいかな」


「考えておく」


「あ、次もやる気だ」




 反省の色なしと結論付け、一同はため息をついた。それから10数分ほど話で暇をつぶしているうちに、気づけば広場は人で溢れ返っていた。よく見ると、同じ部活の人間がちらほらと見て取れた。部長たち3年のグループと、その他1、2年の混合集団もあった。しかし、お互いに近づくことはせず、好きな場所を陣取っている。


 ある意味で放任主義な先輩たちだし、宿は一緒だが点呼などもない。合宿という名目で来ているはいるが、時間をどう使うかは個人たちに任せるというものだ。顧問も一応ついてきているし、3年のグループと混じっているのを確認した。


 人数がいるため部として成立しているものの、部の中で本当に天体が好きな人間は数人という実態である。年に1度、学祭に部誌を発行すればなにをやるのも自由。そんな部だった。




「こりゃあ、早めに来て正解だな」


「結果論だけど、あと1時間遅くてもよかったね」


「次回来るときゃそうすればいいさ。何事も体験が1番だ!」




 先ほどまで文句たらたらだった健斗が手のひら返してまともなことを言っていた。恐らく身体を動かしたことでストレス発散ができたからだろう。素直な性格と考えのなさが相まって思いついたことをすぐ口にするので、健斗の言動はわかりやすい。




「せんぱーい」




 雑談で時間を潰すなか、違うグループから男子がやってきた。




「ん? 島本か。どうした?」




 声に彰が反応した。


 小柄で黒髪、糸目と地味だがどこか飄々とした面を持っており、誰にでも声を掛けることに臆さないタイプだ。同じ天文部のなかで最も話す後輩がこの島本だった。




「いやー、先輩たち早いですね。僕ら端っこになっちゃって……」




 失敗失敗と自身の後頭部をぺしぺしと叩いた。




「組んだ方たちが自由奔放なものでして、僕が早く行きましょーって催促しているのに無視ですからね」


「彼らは天体なんぞ興味ない集団だから、そりゃ無理だろうな」


「かえでが早く来るべきつって、それに乗ったんだよ」


「ああ、佐倉先輩がですか。なら、納得ですね。感がいいようですから」




 島本はかえでの運の良さは感と思い違えているようで、面倒ごとを避けるためにあえて修正しないでいた。




「要件があるわけではないですが、ちょっと向こうに居辛くなりましてね。ですからこちらに遊びに来た次第です」


「なにか気に障ることでも言ったからだろう?」


「えへへ、よくご存じで。ほら、僕ってつい口が滑っちゃいますから」




 これだ。島本は部に限わらずいろいろなコネクションを持つくせに、口が軽いので信用されていないという欠点を持つ。更に空気を読めないというおまけつきで。


 かえでが気になって彼の行動を観察していた時期があるのだが、どうやらそれは誰にでもやっていることではないと分かった。相手によって性格を変えているというべきだろうか。とても面倒な性格であることが判明してからは、彼やその周辺に極力情報を与えるような行動は控えるようにしている。


 因みに、学園でひそかに浸透している彼のあだ名は歩く地雷原だ。




「とはいえ、先輩たちのところも居づらいので素直に引き下がりますね」




 そう言って、島本は別の1、2年の混同グループの方へと向かっていった。


 こちらが警戒していることを向こうも察しているようで、深く関わってこなくなった。そのため彼とは軽いやり取りで終わることが多かった。




「相変わらずよくわかんねー奴」


「そうね」




 唯一健斗だけが彼のことを理解していないのだが、かえでが敢えて賛同していることに優しさを感じた。


 狐のような後輩を見送ること数分後、夕日が水平線に沈み始めた。


その光景に周りは自然に静寂を保つようになった。そして、空には一番星をはじめ、満点の星が主張を始めた。




「うわー」「すげえな」




 広場のあちこちから感嘆の声がどっと沸いた。それは彰たちも同様だった。なかなかに幻想的な光景に夜空へ視線が釘付けとなった。




「あ、流れ星!」




 かえでが空の一点を指した。


 他の観光客も気づいたようで、驚嘆の声が上がっていた。




「流れ星が見られるとはラッキーじゃん」


「ああ」




 健斗の呟きに、誠は頷く。


 それを眺めていると、彰はふと違和感を覚えた。


 光がこちらに近づいてきている。そして、轟音を立てて頭上を過ぎ去った。


 轟音が響く。地面が波打ち、身体を持ち上げた。




「隕石だ!!」


「これ、まずいよな」


「みんな、走れ!」




 先ほどまでとは打って変わり、喧騒が広場を埋めつくした。


 周りも気づいたのか、広場の入口へと


 彰の掛け声とともに、4人は下り坂へと一目散に駆け出した。


 彰もその後を追いかける。




『ウッーーーーーー!』




 警報が一帯に鳴り響く。


 その後、強い衝撃がその場にいたすべての人たちに襲い掛かった。




 翌日、死者32人、行方不明者2人、意識不明16人、重軽傷59人を出した隕石落下による地割れと広場の崩壊は、SNSやニュースで大々的に取り上げられたのだった。

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